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七、いじわるばかりするのですね

 ワゴン車の中で、女の内の誰かがショッピングモールに行きたいと言い出す。この別荘地には高級ブランドのテナントを集めた有名な場所があるらしい。旧跡名所巡りもそう面白いものではないし、行きたい行きたいと騒ぐ女を止める男もいないんである。  そちらに車を回してもらうが、駐車場から降りた所で、その外観に気おされる。イオン的なものを想像していたが、黒光りする堂々たる外観は、明らかに金持ってないと入れない施設に見える。高校生集団が入っていいのか? 「観光客の方もよくいらっしゃいますから」と車を回してくれる使用人が言ってくれたので、社会科見学に行く心持ちで建物内に入った。  さすがに篠井と二人行動は取る気になれない。篠井も同じらしく、班の集団に遅れないよう、つかず離れずという感じでそろそろ歩く。デパートの一階の化粧品売り場を見て、「ああここ俺入っちゃいけないんだなあ」と思うあの感覚が、歩いても歩いても延々と続くんである。どれが売り物でどれが店の装飾かも区別がつかん。値札もないし。  と、班の前方が足を止めて、ドドドと衝撃波を食らい、たたらを踏む。 「おいこら、高田、てめえ」  春日が高田の首を腕で軽く絞めている。もちろん、ふざけているが、目はちょっと怒ってる気がする。 「人ん家をラブホにすんな。金取るぞ」 「って……なんで俺だけ!?」 「俺は女の子には優しいのよ」  春日は高田の横にいた秋本にウィンクするが……ああ、うん。やっぱ怒ってるぞ、これ。 「でもさ、そうなるって分かってただろ、ヤリ部屋ぐらい用意しておけよ、気が利かないな」  ヤリ部屋。ちょっとそういう単語止めてもらえませんかね。股間に来るんで。 「うーん、今回使ってない部屋は、もう親の寝室だけだなぁ」  ああ、春日、ナイス。その方向でお願いします。俺もそこまで玄人じゃありません。 「お前の親の寝室とかヤバそうだな」 「うん、三角木馬とかある」 「えっ、そっちのヤバいなの!?」 「んなわけあるか!」  春日は高田の額をピシャリと叩いてから、解放した。 「ホントに頼むよ。そういう使われ方すると友達呼べなくなるから」 「う……すまん。じゃあ外でならいい?」 「苦労するね、秋本も」  春日はわざとらしく嘆息して、肩をすくめた。言われた秋本はくすりと笑ったが、幸せそうなバカップルの片割れでしかない。  俺たちの班は春日を吸収して、またのっそりと動き出す。先頭が高田と春日になり、自然と会話がそこを中心に展開される。 「家をラブホにするなってだけで、わざわざ俺を探してたの?」 「そんなわけあるか、偶然だよ。ってか、何でここに、し」  し? 「……お前ら、いるんか分かんないけど。土産をここで探すの?」 「そういう春日は、ここでお買い物?」 「まあ、そんな所……どうせ見るならグルメ街見なよ、いろいろ買い食いできるよ、土産物ん所よりうまいし」  という春日の提案で、「いやまだ高級ブランドを見るだけ見たい」組と、「どうせなら美味い物食い納めで行こう」組に分かれることになる。で、俺が前者に混じれるわけもなく、エスカレーターにごうんごうんと運ばれて、地下のグルメ街に降りる。  春日は食い納め組の引率となって、俺たちをジェラート屋に連れてきた。ショーケース脇にあったテーブル席は、瞬く間に俺たちが占領した。乳製品の濃厚さとさっぱりした果実の甘みが混ざった、本物のジェラートだ。 「うっわ、さっきのソフトクリームよりうまい」  篠井はジェラートに嬉々としてがっついている。どうも篠井は甘党らしく、ソフトクリームを遠慮した俺を、信じられない者を見る目で見ていたっけ。 「あの名物って言ってる奴だろ? 俺が子供の頃にはなかったぜ」 「ああ、観光地にありがちな感じ」  春日と篠井が隣り合って席についてしゃべるのを、俺は向かいの席で呆れた気持ちで見ていた。「春日、苦手なんだよ」と言っていた、あの篠井はもういない。 「し」  その音は、春日から発せられた。なんだ、まただぞ、『し』って、篠井? 「……伊集院、調子悪いんじゃない?」  言いかけた何かを引っ込めて、春日は俺に声を掛けた。 「ああ、そうそう。メシ食った後は少し元気そうにしてたけど。花火とかメチャ混みだろうけど、大丈夫か」  ああ、そういう設定だったっけ。 「ん……いや、良いよ……調子悪いってそこまで……ッ!」  太股にどんと踵が落とされた。  向かいに座る春日は足を組んでいた。靴はサンダル履きで、ちらと床を見ると半足投げ出されていた。  爪先がぴんと伸びて、くるりと太股の内側に──俺は足を閉じようとしたが、タイミング悪く春日の足を挟み込んだ。  土踏まずの位置に、俺の股間のものが収まって、ぐいと上向きの力が掛けられる。 「ほら、我慢するなよ」  頬杖をついて俺を見る春日の笑みがいつもと違う。俺が──俺だけが知ってる笑み。 「花火だったら、別荘からでも見られるしさ。送ってってやるよ。ここからなら、歩いて帰れるし」  踵がぐりぐりと左右に動き、爪先が開いては閉じる。足の裏が股間の肉を揉みほぐす。全身の毛穴がゆるみ、むわりとした熱気が俺を包み始める。 「なんだ、んじゃ春日と一緒に戻ったら」  篠井の言葉と共に、春日の足の裏が股間をぎゅうと踏みつけにした。それを押し返そうと、股間の盛り上がりも頑張っていた。  他のテーブルに座っていた連中が、誰ともなく立ち上がる気配を見せる。 「ああ、悪い。伊集院が調子悪いってさ。俺、ちょっと別荘まで一度戻る」  春日が言うが、連中の反応は「そっか」程度の淡泊なもので、次々に店を出て行ってしまう。  それでも、篠井は席を立つのを少し躊躇っていたのだが、 「あんまり悪いようだったら、ちゃんと医者呼ぶし」  という春日の一言で振り切れてしまった。 「ああ、伊集院、お大事にな」  篠井だけは俺への気遣いを言い残してくれたが、却って絶望的な気分にさせられた。  団体客が立ち去ったテーブルに、俺と春日だけが座ったまま、新しい客もちらほらと入ってくる。 「ほら、行くよ」  春日は足を下ろしてサンダルを突っかけて立ち上がる。が、俺は立ち上がれるような状態じゃない! 「トイレ行く?」  俺はTシャツの裾をぎゅうと引いて下ろし、春日の後ろに隠れるように立った。 「連れてけ!」  早口で耳打ちすると、春日は歩き出す。  高級店の煌々とした照明が、いつ俺の生き恥を暴くのかと怯えながら、俺は春日にトイレまで連行された。 「んじゃ、行ってらっしゃい」  と、出入口の所で春日は足を止めた。 「え? あの……」と、その後は言葉に出来るわけがなかった。 「まさかついてこいって? オムツ取れたばっかりのガキかお前」  いや、そうじゃないだろ。ガキじゃないから大変なことになってんだろ。しかも誰のせいでこうなったと思ってる!? 「ああ、そうそう。俺、買い物頼まれてたんだった。ひとっ走り行ってくるから、ごゆっくり」  春日はさっさと食品街へ歩き去ってしまう。それを追うことには、今の俺にはできない。  すごすごとトイレに引っ込む。小便器の使用者もいなかったので、俺はとっとと大便所の個室に引っ込んだ。  ズボンのボタンを外してジッパーを下ろすだけで、下着をぼっこりと膨らませているそれが顔を出す。 (なんで、あんな真似……)  なんで人前で、しかも足で、そんな、どうしてそこで俺も反応するんだ。  パンツのゴムを引っ張るだけで、亀頭がびんと顔を出す。先が少し濡れていた。これを、また、口で。いや、足で続きをしてくれても。  惨めな気持ちで一杯だったが、これを鎮めないことには、ここから出ることすら出来ない。  口で手を塞ぎながら、竿をしごこうとするが、手に力が入らない。視界がにじんでくるのを、どうにかして止めたい。  手の甲でぐしぐしと目頭を押さえながら、そそり立っているものを乱暴にこすっていく。背筋にビリビリと電気が走って、最悪の気分なのにやっぱり気持ちいいのだ。  結局は両手で己を包み、個室の壁に背を逸らし、そこを犯すように腰を使い出す。  そして俺は、また春日の幻を見ていた。幻は俺に許しを乞うていた。俺はそれを冷酷に責め立て──ようとするんだが、なんだか胸の奥がつんと痛くなってくる。 (なんで、こんなこと、するんだよ……)  どうも俺はその手の凶暴な妄想では抜けない質らしく、幻はふわふわとほどけていく。適切な刺激をくわえた肉棒は、先端からどろどろした白濁を垂れ流していたが、もう既にそれを放った後悔が押し寄せて、俺の四肢がずんと重くなった。  とりあえず人前に出て問題ない姿に戻れたので、トイレットペーパーで始末してから、服装を直して手も洗って、外に出る……と、春日はいた。 「すげえ長グソだな、お前はよ」  なんか、こいつ、言葉汚いよな。 「んじゃ、帰りますか」 「いや……花火行くよ、体調悪かないし」 「今の調子で、人混みに揉みくちゃにされて、我慢できるの? 花火大会に出た痴漢が俺のご学友じゃちょっと困るんだよね」  それは……残念ながら、否定できない。浴衣姿の若い女性にでも押し当ててしまったら、俺の高校生活どころか人生にまで深い陰を落とす。 「だから、お前は帰れ」  瓶だか何かを入れたエコバッグを肩に引っかけた春日は、くるりと踵を返し、すたすた歩き出す。俺はよたよたとその後を追った。

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