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九、長い夜が始まりました
別荘に着くまでの間、春日は振り向きさえもせず、俺も春日から離れること二歩、その距離を縮めることはしなかった。
春日がカードキーで別荘の鍵を開けている間に、俺は海を見ていた。夕日を反射して橙と白に明滅している。もうそんな時間か。静かな夏の夕べの海。贅沢な空間だ。
「何ボサッとしてんだ、締め出すぞ」
春日は、劇場の扉のような玄関のドアを、背で支えて半開きにしていた。
俺がその隙間に滑り込むように中へ入ると、春日は力任せにドアの引き手を戻した。閉じると共に施錠の音がした。
「一階のシャワールーム分かるな、そこでひとっ風呂浴びてこい。タオルはあるの使って良い。終わったら俺の部屋」
春日は言い捨てて、広間の中心で螺旋を描いている階段の方へ行く。
俺はそれを呼び止めようとした、何を言うかは考えてなかったが。
と、階段を三段ほど上がった春日が足を止めて、手すりに肘を掛けて頬杖ついて俺を見る。
「そのくっせえちんこ洗ってこいっつってんだよ」
俺を鼻で笑い、階段を颯爽と駆け上がっていく。
……えぇと、まあ、無臭ではないとは思うけど、臭かったんだろうか。っていうか、何のために俺はそんなことしなくちゃなんないんですかね。まあ、早めに風呂を入るのは悪くないかな。今日も汗かいたし。
一階のシャワールームは砂浜で遊んだ者が身体を洗う場所として案内されたところだ。タオルは持参のものを使えという話だったが、今は棚から使わせてもらって良いらしい。見た目からして高級そうだけど、触っても気持ちが良いくらいだ。一枚欲しい。
シャワーは五つ、他に誰もいないので何となく真ん中の間仕切りを選び、身体の疲れを癒す絶妙な水流を身体のあちこちに当てる。
俺の股間はじくじくと疼いていた。その疼きが股間を締め付けてくるので、却って立ち上がることができない。もっとも、今はまだその時ではない。めくるめく甘美な展開を、余すところなく堪能するには、こんな所で一人、先走ってる場合ではないのである。
でも待てよ。俺を弄んでいるだけではないのか。今日の俺は、放っておかれたし。でも、口の中で射精させてくれだの、出したものを飲めだの、春日は俺の言うことを基本的には聞いてくれる。ということは……いや。そうだ洗うんだった。洗わなければ。洗おう。
股間の違和感と戦いながら、シャワーを浴びた俺は、春日の部屋に行く前に、割り当てられた方の部屋へ行った。下着を替えて、寝間着のスウェットに着替えて……なんか、もうちょっと格好いいパジャマでも買っておくんだった。
そしてついに、春日の重役部屋みたいな扉をノックする。
「勝手に入って」という言い草も、本当にどこかのお偉いさんだ。
扉を開けた向こうは、金持ち特有のワインレッドの部屋だった。左手の壁には花瓶の静物画、右手の壁にはガラス棚にいろいろ飾られてて、酒瓶みたいなのも見えるんだけど、金持ち無罪じゃないだろうな。
「それ父さんの。置くスペースないからこっちに置いてるだけ」
俺がその方向を見て何を考えているのかすぐ分かったのだろう、春日が説明してくれた。
さて、部屋の奥に置かれているのが天蓋付きベッドだったら完璧だったんだけど、そこは違った。でもダブルベッドぐらいの大きさで、ベッドカバーは落とされて純白のシーツはまるでケーキのようだ。
そこに横たわる春日がバスローブ姿なのは想像通りである。ベッドにうつ伏せに横たわり、何かの雑誌をペラペラと読んでいた。
俺が近づいていくと、雑誌はパサリと閉じられた。それはサイドテーブルに置かれ、代わりにランプの明かりがつけられる。
「来れば?」
ベッドのど真ん中に仰向きに寝っ転がり、枕に肘を乗せ、春日は俺を誘った。
何故か俺はベッドに会釈してから、その上に乗ろうと──
「その貧乏くさい服、脱いでくれる?」
ちょっと早すぎませんか展開が。
「脱げ」
逆らう余地などなかった。上を脱いで、下も脱いで、これどこに置こう。とりあえず畳もう。あとは下着だけなんですが、これはちょっと、勘弁してもらえませんかね。
「なんで勃ってないの?」
雨の日に「なんで傘持ってないの?」みたいなノリで訊くんじゃない。
「まあいいよ、来いよ」
俺は四つん這いに春日の元へ這っていった。春日の肌から柑橘系の香りがした。髪も洗い立てのさらさらした流れになっている。ああ、春日もどこかでシャワー浴びたのね。
「気持ちよくしてよ」
「え、はい?」
「俺のこと。そのくらいしてくれても良いでしょ」
春日はバスローブの襟を広げて肩から落とす。上半身の裸なら、昨日も水着姿を見たのだが、俺は目のやり場に困った。湯上がりの肌にほんのりと立ち上るのは蒸気だけはない。
「こっち見て」
「いや、あの……何をすれば、良いのかが……」
「じゃ、乳首でも舐めて」
俺は視線だけをそこへ走らせた。春日の胸。平たくて筋肉の厚みがある、その先端はミルクをふんだんに入れたコーヒーみたいな色をしている。そこを舐めるって、いやいや、別に甘くはあるまい。
「ほら、おいで」
春日は俺の首に腕を回すと、自分を下に、俺を上に、ぐいと引き寄せた。
俺は覚悟を決めて、胸板にそっと手を添えると、顔をうずめて、舌をその先端に付けた。味はしなかった。敢えて言うなら他人の皮膚の味である。
舌先で何度か弾くようにすると、そこの皮膚は他よりは薄く柔らかいらしいと分かってきた。俺は舌を何度も往復させる。その内に舌をべろんと出して、乳首の周囲の皮膚も巻き込んで舐めていく。
唾液が音を立てるのをうまく止めることができず、じゅぱじゅぱと品のない音を出してしまう。左がすっかりべちょべちょになってしまったので、今度は右を。
濡れた胸を手で撫で回しながら、右の胸に顔を近づけると、早鐘のような鼓動を感じた。そうか、春日からすれば、こちらは左だな。人の心臓に近い部位に触れるのは初めてだ。先端を舌で絡め取ると、少し弾力があって、固くなっている気がした。
ずっと舐めるのも口が飽きるので、今度は乳首の周辺の皮膚ごと唇で吸う。
「ん」と、春日が眉を八の字にして唇を噛み、わなわなと震えていた。俺はひやりとした。人の心臓の近い所に変な刺激を加えてはまずかったか。
なるべく優しく、唇で軽くつまむ程度に、左胸の乳首を吸いつつ、舌を使う。右胸の乳首を親指で軽く押したら、そこもころんと固くなっていた。そういえば乳首は勃起するんだったな。
俺は一度顔を離し、春日の両乳首を親指と人差し指の間で挟むようにして、胸を揉む。といっても、こいつは胸筋が盛り上がっているわけでも、脂肪でたるんでいるわけではないので、胸周辺の皮膚を大きくさすっていると言った方が良い。
春日は眉根を寄せたまま、目を伏せて、俺にされるがままになっている。
「なあ、気持ちいい?」
胸を揉まれて気持ちが良い男の反応なんて俺には分からないんだぞ。
「なあ、春日ってば」
ぐりぐりと親指で乳首をこねくり回してやる。
「ん……けっこう、上手……」
おお、春日が俺を褒めたぞ。ちょっと嬉しいかもしれない。
ふと俺は下を見た。バスローブとやらの帯が蝶結びになっているので、引っ張ってほどく。
「え、何してんの」
「気持ちよくしろって言ったじゃん」
バスローブの前身頃をはだけさせようとして、春日の手が邪魔をする。
「そっちは、良いってば……」
「なんで、見たい」
「見……何言ってんの!?」
お前は散々人のものを見ておいて、なんだその反応。
春日は下着を付けていなかった。赤い亀頭と俺の目が合う。なんだ、ビンビンじゃないか。
「乳首だけで勃つんだな」
「うるせえ!」
春日も真っ赤になって吐き捨てる。
竿を掴むと、じんわりと熱い。軽くにぎにぎしてやる度、春日の身体がびくんびくんと跳ねて面白い。おお、春日も勃起するとこんなもんなのか。
胸を舐めていた体勢では、春日のそれをじっくりと鑑賞できない。俺は身を起こすと春日の足を割る位置に入って、太股から大きく開かせた。
「あ、あ……」と、春日はかぶりこそ振っているが、力を入れて抵抗はしてこなかった。
壮観である。あの春日が大開脚で勃起した陰茎を俺に見せつけている。もう少し持ち上げたら尻の穴も見えるぞ。春日からも少しむっとした匂いが感じられたが、それほど嫌な感じではない。
足は脱毛してたけど、こっちは普通に陰毛は生えるがままだ。堂々と隆起している姿は、童貞にしておくのは惜しいんじゃないのかと、自分のことは棚に上げて思う。
改めて竿を握り直して、ずりずりと擦り上げていく。春日はたまらず尻を浮かせ、玉袋がぷるぷると震えている。
「気持ちいい?」って、ここまでされたら、男は絶対気持ちいいはずだけど。
春日は答えない。それどころか両腕を顔の前で組んで表情を隠している。
人のものを握るのは初めてなので、力加減が難しい。もう少しきつめに握ってやった方がいいか。それとも春日に散々あんなことさせてるし、俺も……。
さすがに口に丸ごとは無理そうなので、姿勢を変えて顔を近づける。
「あ、や、何して……」
春日が悲鳴を上げた。それは歓喜ではなく恐怖の色があったが、無視して事を進める。
舌先で何度も何度も、怒張の裏の筋をねぶっていく。そうしながら、竿の先端を指先でくすぐり、掌で竿を挟み込んでしごく。
「い、や……やばい、それやばいって……ん……やばい……やだ……ッ!」
春日の声が潤んでいる。それに応じて先端も涙をこぼし始めていた。
「い……そんなの、だめ……や……!」
俺は舌を止めた。その瞬間を見たかった。
と、俺の手の中で春日がついに達して、それが吐き出した生臭い欲望の雫を、俺はまともに額から鼻へと受け止めてしまう。
「あ……な、何やってんだ、おま……!」
春日はどこからかティッシュを取り出し、俺に突きつける。
「拭けよ馬鹿!」
顔のあちこちをティッシュでゴシゴシするが、すごくふわふわしてて、布みたいだ。
「早く……ああもう!」
見かねたらしい春日が、俺の顔をティッシュで拭き始めた。
「なんで俺がお前に顔射決めなきゃなんねーんだよ」
「いや、顔に掛けたいと思ったんじゃなくて、ただ出す所を見たいと」
「同じだよ!」
春日は耳まで真っ赤だった。なんだよ、今までお前が俺にしたこと考えたら、大したことじゃないのに。
「……それで、し」
また春日は『し』を発音して、しまったという顔になってから。
「もう、めんどくさいから、志門くんって呼んでも良い?」
何が面倒だというのか。今となっては、俺をそう呼ぶのは母親の他……ああ、藤岡は友達付き合いをするようになって、俺をそう呼んだ。あいつのそういう所がちょっとガキ臭くて、疎んじられたんじゃないかと思う。
「良い?」
「良いけど」
断る理由はないのでそう言うと、春日に入ってた無駄な力がすっと抜けた。
「志門くん」
春日は、俺のパンツの前を引き下げた。もう春日の前でそうなるのは何度目か、質量を増したと錯覚するほどに膨らみきった欲情の証を引きずり出される。
「しよっか。セックス」
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