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十、貴方をうまく愛せませんが

 春日が差し出したコンドームの着け方が間違っていたらしく、一枚無駄にした。 「付け方知っとかなきゃだめでしょ」と、春日は悪戯っぽく笑って俺に付けてくれたので、知らなくて良かったんじゃないかと思った。 「ほら、おいで」  春日は四つん這いになって俺に尻を突き出し、尻肉を掴んで広げてみせた。  胸の頂よりも濃い褐色の窄まりだが、広がった先には内臓の赤い色が見える。 「先だけ入れてごらんよ」  い……入れるんだ。入れていいんだ。  俺は膝立ちにその前に立つ。まずはそこに当てるが、ぷるぷる震えてうまく当てられない。手を添えて、先をぴとりとそこへ当てる。むにゅりと、肉厚な感触。 「先だけ入れたら、後は入れてあげるから」  俺は竿を持つ手をきゅっと締めて、先端を穴へ押しつける。春日も指で広げていてくれるのだが、中が濡れていて、滑ってうまくいかない。俺のために洗ったんだよな、ここ。それで潤滑油でも入れたのかな。 「ん……もうちょい、前に出ろ」  春日が少しつらそうな声を出した。俺はもう一歩前に出て、先端を肉へ食い込ませると、肉穴が俺の先端の輪郭の形を捕らえた。 「ん……いい、そのまま、動かないで……」  その光景はとってもいやらしかった……春日は横から手を添え、尻を持ち上げ、俺のものを飲み込んでいく。  中は熱かった。熱でコンドームが破れないか心配になる。内股から太ももの皮膚がじんじんと痺れて、じんわり汗が滲んでくる。 「気持ちいぃ……?」  四つん這いの春日は、俺に横顔を向けてくる。眦がぽうと桃色に染まっている。あの、そんな顔されたら、すぐイっちゃうんですが。 「気持ちいいんだろ、すごく」  ああ、俺は、この春日がめちゃくちゃに乱れるところを見たい。でも、動く余裕なんてないんですけど。だって、だってこれ、動いたら……。  俺は少しだけ腰を引いてみようとしたが、臍から針のような快感が突き刺してきたのに堪えるのが精一杯だ。 「ん……いいの、このままで……」  そう言った春日は、ゆったりとした口調で、俺を夢見心地に誘った。 「このまま……動かなくても、いい……」  春日の背が魚のように左右にうねる。俺はその背筋につと指を這わせた。春日がびくびくと痙攣して動きを止める。  俺は春日に覆いかぶさった。胴に腕を回し、長い襟足をかき分けて口付けた。 「ん……」  春日は鼻を鳴らして、俺を振りほどこうとしてきたので、胴に回した腕で胸に触れた。 「ん……あ……何も、しなくても……!」  だけど、春日が俺に犯されてめちゃくちゃになるところを見たいんだよ!  俺は腰を打ち付ける動きをしようとした──が、腰骨が電撃に打たれて、全身の力が抜ける。 「あ……」  春日のそのため息は、明らかに失望のそれであった。俺は愕然とした。 「昂奮しすぎだって……志門くん、もう……」  春日の微笑と苦笑の混じったつぶやきが、俺をいっそう惨めにする。  力を失ってしまった己を春日から抜く。使命を果たした避妊具──別に避妊はする必要ないけど──が情けなく垂れ下がっていたので、引き抜いて口を結ぶ。無駄に広いベッドに、春日から背を向けて寝っ転がる。 「ねえ」と、声を掛けられても、返事しようもない。 「志門くんってば」 「……悪かったな」  俺は謝ったつもりが、どう聞いてもガキが拗ねているそれだった。春日はくくくと笑った。 「一回で終わりのつもり?」  ……なんだって?  俺の背後に寄り添う春日の手が前に回ってきた。こちょこちょと股間をくすぐってくる。 「ほら、こっち向いて」  どぎまぎしながら春日の方へ寝返りを打とうとすると、春日は俺を仰向けに倒した。 「元気出して」  春日が俺の腹へと被さった。ふにゃふにゃのそれがすくい取られた。  舌の感触がくすぐったくて、胸の奥が甘酸っぱくなる。口寂しさを紛らわすような子供の指しゃぶりにも似た行為。四肢が虚脱する代わりに、股間だけに力が籠もっていく。  春日が口を離して深呼吸した吐息が掛かる。そうして俺をちらりと目だけで見上げる。乱れた髪を手ぐしで直してやった。 「あの……きもちいい、です……」  俺が言うと、春日は穏やかに微笑んだ。  腰を抱え込む形で俺に抱きつき、春日は俺のものを貪るようにくわえ込む。唾液が品のない低い音を立てる。春日の口の中で俺は完全に反り返っていて、口の粘膜の柔らかさに頭の天辺まで痺れきっていた。 「きもちいぃ……それ、いい……」  根元から、うずうずと溜まらないものが込み上げてきそうになる。と、春日は俺からぱっと離れた。 「志門くん、動かなくて良いから」  どこから取り出したのか、春日の手にはコンドームの新しい袋があった。指でちぎると、哺乳瓶の口のような精液だまりを口にくわえた。  春日はコンドーム越しに俺の亀頭へ口付ける……と、その唇が開いて、ゴムの膜が亀頭をすっぽりと覆った。あれよあれよという間に、口が竿を飲み込む動きで、コンドームが落とされていく。 「ね」と、コンドームを指で整えながら、春日はどこか得意げですらあった。  俺は肘をついて上体を起こそうとしたのを、人差し指でつんと胸を突かれて止められる。 「動かなくて良いんだって」  春日の手に黒いチューブがあった。透明なジェルを手に取り、コンドーム越しにそれを塗りつけていく。火照ったそこに、ジェルはひんやりと冷たすぎて、神経が尖った。 「俺が動くから」  春日は俺にまたがり、狙いを定めて、静かに腰を落としていく。にゅるにゅるという感触で、俺は春日に侵入していった。俺がそうした時よりずっと手際が良い。 「ん……すごい……」  すべてを飲み込んだ春日の顔はご満悦といった風で、舌で唇を湿していた。俺はそれを呆然と見上げた。 「すごいよ……これ……」  春日の太ももに力が入る。尻から体重を押しつけられて、ぎゅっぎゅと上下に動き始める。ベッドのスプリングが、この動きを助けるように跳ねるのには参った。 「あ……ん……たまんな……」  春日は瞼を閉じて、睫毛を震わせて、眉をしならせて、唇で富士を描いて、全身で快楽に身を委ねていた。  部屋は夕暮れから徐々に薄暗くなり、春日が性に耽溺する姿は、サイドテーブルのランプが何かのイベントのように照らし出している。 「や、や……こんなの……やだ……すごい……」  春日はいやいやと首を振り、肩をいからせ、背から腹をSの字に反らす。俺と繋がっている場所がきゅうと窄まった。そこは何があっても離さないとでも言いたげに。 「志門くん、気持ちい……いいよ、こんなの……」  春日は背を屈めて俺の頭を引き寄せてきた。あっと思う間もなく、俺は春日に唇を奪われていた。しかも、唇同士が触れておしまいではなく、舌でベロベロと舐められた挙げ句、唾液が混ざるくらい何でもないという、舌も絡ませ合う濃厚な奴を要求される。  春日に上にのしかかられてそうしていると、俺が春日に抱かれているようで、それも悪くないというか、こんなことがクラスの女子共にバレたら俺は確実に殺される。いや、ひょっとすると男子にも妬まれるかもしれん。あの春日とベロチューしながらセックスだぞ。有り得ん。 「気持ちいい?」  キスが終わって、囁きかけられた吐息も生々しく唇に掛かる。俺はこっくりとうなずくしかなかった。 「俺も、すごく、いい」  春日の眦がとろりと下がっている。うう、確かに悪くないんだが、できれば俺がこいつをそうしたかった。まあ、春日に主導権を握らせておいた方が良いのかもしれない。春日はセックスだって上手に決まってるんだ。初めての時だって俺より要領よくやっただろう。  ……そうだ、こいつはもう今までに散々男に抱かれてるんだったな。少なくとも三人。春日はそいつらにメロメロにされまくったんだろうか。突っ込んだだけでイく雑魚となんか付き合わないだろうし。  胸がつきんと痛み、俺の昂ぶりが凍り付いてしまう。しまったと思っても、もう遅い。それは弱々しくなり、崩れ落ちていく。 「……志門くん?」  春日は二度まばたきしてから、しゅんとなってしまう。俺は自分がどれだけ馬鹿げたことを考えたのか思い知らされたが、どう言い訳していいのか分からない。 「あの……急に、だから……びっくりして……あの……」 「うん、ごめん」  俺が唐突に萎えたことを、春日はどう解釈したのだろうか。俺の上から降りた春日は、ベッドの脇に落ちたバスローブを拾う。それを肩に掛けて、うつ伏せに寝そべる。  サイドテーブルの明かりだけが光源で、俺たちは闇の中に二人、白いシーツの上に取り残されていた。 「……ごめん」  なんで春日が謝るんだよ。俺が謝らなきゃだめじゃん。でも、俺が今考えたことは、何があっても、それだけは絶対、春日に伝えてはだめなことだと、それだけは分かる。 「ごめん。調子乗った」  春日は、顔の前に組んだ腕で、表情を半ば隠している。足が中空を蹴るようにバタバタしていて、こいつもちょっと子供っぽい所あるなと思った。  俺はのろのろとコンドームを外した。空っぽのままぐしゃぐしゃになったコンドームは俺同様に情けない。で、どうして良いか分からず、その場に正座などしてみる。 「あのー……ちょっと、お願いが……」 「うん、何?」 「えぇと……上に……乗られるとちょっと……びっくりしちゃうので……その……か、春日が下になって欲しいなぁと……」  多分にそういうことなんだと思う。いや、良いんだよ騎乗位でもさ。でも、俺は初めてなので、もうちょっと俺の希望も叶えて欲しいなと。だめかな。  春日は答えない。俺を見る目が座ってる。  もしかして、具体的に言わないとだめ? いつものアレ? 「あの……だから、正常位でやりたいです……だめ?」 「……それってつまり」  春日の声に抑揚がない。 「もう一発やりたいってこと?」  春日が起き上がり、くいと俺の顎をしゃくった。 「俺に下になってもらって自分がガンガン突きまくりたいと? それで俺が喘ぎまくるところでも見たいのかな?」  まったくその通りなのだが、そうですと返事もすることもできず、俺は太ももに置いた自分の拳と、シーツに伸びる自分の影だけを見ていた。 「……志門くんってさ」  今度はどういう恥ずかしいことを言われるのだろう。それとも言わされる方か。 「……いいよ、もう」  春日は諦めてしまったようだ。  そして、ベッドの奥にあった、やたら長い枕を引きずり出して、そこへ座る……と見せかけて、仰向けにベッドへ横たわる。枕は腰の位置を高くするために置いたらしい。それで、俺の目の前には、春日のペニスもアヌスもくっきりと晒される。  ……って、あれ? 「だから、早く勃たせて来いよ。ああ、はい」  春日はそれをぺっと投げてよこした。未開封のコンドームが俺の膝の前に着地。 「あと、これも」  ボトッと重たい音がして、黒いチューブも落ちてきた。 「やりたいんだったら早くして」  愛想尽かされてない? でもやらせてくれるの?  まあ、せっかく春日が盛り上がってたのに、こっちが昔のことを考えて萎えた上、体位が悪かったからもう一回だからな。  俺は己の手で何とか勃起を作り、コンドームも嵌めて、ジェルを塗った。  春日に向き直ると、相変わらず憮然としたまま。 「さっき、バックでやった時と同じ……先っぽ入れて」  俺は指に残っていたジェルを見た。それからチューブからジェルをひねり出すと、春日の肉の蕾を指で少し開かせる。 「ん……」  春日が打ち震えた。ここが心地良いというのは分からないが、感じる場所だから春日は受け入れてくれるはずなのだ。 「あ……」  ジェルを擦り込んでいくと、粘液がこねくり回される音が立つ。 「志門くん、もう……ほぐれてるってば、大丈夫だってば……」  ぐにっと指で広げて、亀頭をつんと突き刺す。通算三度目の挿入なので、最初よりは落ち着いて動かせた。  挿入を深くするのに春日の足が邪魔で、膝を掴んでぐいと広げた。腰を乗せた枕を引き寄せて、俺の方へ持ち上げさせる。 「あ……ああ……んん……」  春日の窄まりは俺を受け入れて緩んだというのに、何故か春日は苦しげに呻く。 「志門くん……ちょっと……待……」  俺は自分から奥へ進んでいく。きゅうと締まりの良い部分を通過すると、あとは広々としていて温かい。 「ん……ちょ、このままで……」  春日があんまり苦しそうなので、ちょっと動くのは止めた。というか、正常位ってめちゃくちゃ顔近くなるのな。なんか、恥ずかしいかもしれない。  今度は、さすがに動いただけで出すことにはならなさそうだ。しかし、どう動かせば気持ちいいのか、実際の所は分からない。 「なあ、春日」 「ん……なに、もう……」 「あの……どう、動けば良い?」 「え……?」 「だから、気持ちよくなる動き方、みたいな……」  春日は疲れたような息を吐いてから。 「ゆっくり動いて……あの……裏側の方……擦る、感じで……」 「裏側?」  どっちが表で、どっちが裏なんだ? 「ちんちんの、裏の方……」  春日は自分の卑語に恥じらってうつむき加減になってしまった。ランプが作る前髪が深く、顔のほとんどが見えなくなる。  やはり尻に入れても気持ちいいのはそっちなのかと、俺は妙に納得して、激しくならないように──激しくするとまた暴発するので──塗ったジェルを馴染ませるように、ゆっくりと腰を往復させる。  竿の根元は、引き締まった尻の筋肉がガッチリと捉えているせいで、軽く動かすだけでも血の巡りが加速していく。痒みのような疼きのような、一度味わえば病みつきになる感覚に、俺はそこを擦る動きに夢中になる。 「ん」と春日が鼻声を上げるので我に帰る。そうだ、俺は春日を感じさせなければならないのだ、しかし裏側ってどの辺だ。 「気持ち、いい……」  春日がぽつりと漏らした。今のでも良かったらしい。  こんなに近くにいるのだから、もっとよく顔を見せて欲しい。俺は春日の頬にひょいと手を当てた。すると、春日の両腕が俺の首に巻き付いてきた。  あ──あの、これ、キスしないとだめなやつだよね。俺の方から。  目を閉じて顔を近づける。春日も俺に近づいてきたので、問題なく唇を重ねることができた。春日の鼻息が俺に掛かって、何かくすぐったかったが、唇を更に挟み合うようにして深々と口づけを交わす。  そのまま、腰で裏側を探す。裏ってつまり、腹の方だよな。春日のペニスに近い方の腸壁に、全体を沿わせるようにしながら、じわじわと腰を振る。頭の後ろ側がぼうっと火照り、もっと激しい動きをしたくなる衝動に駆られる。  春日の唇が離れて、鼻先から額にキスが飛んだ。 「もっと……しても、良い……」  俺がその衝動と戦っているのを、春日は見抜いたのか、そんなことを── 「もっと」  否、春日は俺をただ求めているに過ぎない!  俺はついに理性をかなぐり捨てた。春日の内臓に、漲る雄の証をひたすら叩きつける。腰を突き動かすほどに昂奮で血は沸騰し、俺はいつしか春日のことなんて忘れていた。目の前にいるのは、俺の劣情に流されるままの── 「ん……すご……すごい……」  春日の瞳が、真っ暗闇の中、わずかな光でキラキラ星のように輝いていた。頬から首筋に掛けては薔薇色で、こんな時にまで気取った色をまとわなくてもいいだろうと、少し腹が立つ。  俺はその首筋に、頬に、何度も唇を落としてやった。その度に、春日は責め苛むように俺の竿をギチギチと絞り込んでいく。 「ん……もう……」  春日は俺から逃れるように首を振るが、俺が上なのだ、押さえ込むのは簡単である。 「志門くん、俺……俺……」  ついに声までが濡れてきた。俺はそこまで春日を追い込んでいるのか──いや、俺もけっこう追い込まれている──高級ベッドのスプリングは、俺が腰を使うのをよく手伝ってくるが、そろそろ疲れてきた、だって俺も、もう。 「あ……イきそ……」  俺の腹に、固い肉が当たっている。春日が勃起した己を擦りつけているのだ。 「イく……イってよぉ……」  春日は俺と自分の射精を求めて、腰を上下に使っている。 「志門くん、志門くん……!」  春日は俺の名前を呼んで乱れた。そのペニスを、俺はそっと掴んでやった。 「あッ……!」  手に触れられたというそれだけで、春日は達して、己の胸まで精液を散らした。  その淫靡な姿に、俺は征服欲を満たして、春日の中でどっぷりと果てていった。

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