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十一、それでも真剣なんです
バン、バンと。火薬の破裂する重低音。さては花火大会が始まったな。
汗だくの俺たちは人間らしい形を失ってその場にグダグダになっていた。そうしていても不快にならない空調も効いているし。本当に憎たらしい場所だな、この別荘ってのは。
「……志門くん、花火見たい?」
「ここから見られるの?」
「うん、外出てもいいし。中からなら、渡り廊下の所が良い」
ああ、あの絵はがきみたいな所か。
春日は胸をティッシュで拭いて、バスローブを着直すが、俺は……どうしよう。真っ暗でパンツの在処が分からん。
「電気付けるよ」
その声と共に、部屋の電気が付いた。リモコンか何かか?
ワインレッドの部屋が現れる。白いシーツに、潰れたコンドームが二つ。春日がひょいひょいとごみ箱に回収。三つ目も手渡す。
脱ぎ捨てたパンツとスウェットを身につけて、俺も人間に戻った。
「行こ」
真っ暗な廊下を、春日はスリッパで、俺は裸足のまま、ペタペタと歩く。
「廊下の電気は?」
「付けたらバレる」
ああ、ここには、病気で寝てる俺だけがいるという設定なわけね。
ガラス張りの渡り廊下から見渡せるのは、夜の海、街の岬、空に咲く光の花の数々。やっぱりホテルに売ってる絵はがきみたいだ。
「良い眺めだ」
春日は見飽きてるだろうが。
渡り廊下の手すりを掴んで、鉄棒のように身体を浮かせて、足をぶらつかせる。
「なあ、春日」
「……今度は何だよ」
春日の口調は、用もないのに声を掛けた俺を咎めるような……そんな雰囲気で。
俺はちょっと、その先を躊躇ってしまう。
「あの……春日……くん……?」
「なんだよ、気持ち悪いよ」
「あの……つ」
言え、俺。
「付き合ってください……」
言った。
「今、彼氏いないんでしょ……だったら、俺じゃだめですか……あの、クラスメイトは無理……? 年上でないとだめとか……? その辺どうなの……?」
立て続けに光が瞬いた。その後に、パンパンパンと炸裂音。
俺はそれを夢中で見ている振りをして、春日を見ないようにした。
すると、春日が手すりに腰掛けるようにして、俺の顔を覗き込んできた。
「ッ……や、やっぱいいです、その、あの……」
わたわたする俺を、春日は心底呆れ返った顔をして。
「いじゅーいんくんって、ホモなんですか」
「ええと、あんまり考えたことなかったんだけど、多分そう」
「そうなの!?」
春日が素っ頓狂な声を張り上げ、俺はびくびくする。
「……ってか、ホモでなけりゃ、あんなことしなくない……? 俺、俺、完全に、その……あの……なんていうか……」
だって春日で抜いちゃったしなぁ。それどころか春日とやっちゃったしなぁ。むちゃくちゃ昂奮したし気持ちよかったし。
「それに、あの、春日が、その」
あの時考えたあのことを、春日を傷つけないように言うには、どう言えば良い?
「か……春日が、他の男と付き合うの、俺はちょっと嫌だなって思うんだけど……それは、どう……?」
おそらく、そういうことなんだと思う。俺は春日を独占したいのだ──恋人として。それってつまり、俺は女を好きにならないかどうかはともかくとして、とにかく男の春日が好きなのだ。好きになってしまったのだ。
春日は、俺の絞り出すような告白を、能面のような無表情さで聞いていた。
あ、これ、全然まるでだめなやつ? 俺のことは好きだとか言ってなかったっけ? でも、やっぱ恋人は無理か?
「あのさ、志門くん……あの……」
春日が、俺の胸にぎゅっと顔を押しつけてきた。何でだと、その顔を見ようとして、顎をぐいと押されて上向かされる。
「あのなぁ! こんなテキトーな奴だって、俺は思ってなかったの!」
てきとうとは何だ。俺は真剣だぞ。
「ちんちんしゃぶったぐらいで男になびくとか、どんだけ性欲でしか物考えねえんだお前はよ!」
「いや……それはどうかな……たとえば高田にされても、俺は何とも思わない」
「なんで高田が出てくんだ!」
「いや、あの……秋本がうまいらしいので」
「彼女からフェラテク盗むノンケなんかいねえよ! ちょっと黙ってろ!」
胸を拳で殴りつけられた。痛い。
「だから……志門くんは、志門くんは……俺が、告白したって……どうせ、笑って断るって……思って……」
何の話だ?
「そうか、お前ホモなんだって、びっくりしたって言って、それで……それで終わりだって……」
俺が春日から告白されたら。
まあ、確かに春日がホモだと知らなかったら、驚いたな。高二の時だったら断ってたんじゃないだろうか。恋人欲しいとは思ってなかったし。
ん? ちょっと待って、本当に何の話だ、これ。
「だから……すごいチャンスだと思って……でも、理性飛んじゃうじゃん、あんなエロい所見たら、何にも考えられないじゃん、もう……」
胸がゴリラのドラミングとばかりにぶっ叩かれる。止めろ、俺は人間だ。
「それがなんだよ、ヤることで頭いっぱいになって、人の告白スルーして、挙げ句付き合ってくださいって……え!? お前要するに、俺とこれからもヤりまくりたいだけだろうが!!」
──まあ、そうなんだけど。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
怒ってる。
だが、俺を殴る拳に力は入ってないし、その声は涙に震えている。
そうか、問題に対する答えが簡単すぎると分からなくなるという、あの現象か。
春日がなんで俺に性的なちょっかいを掛けてくるって、春日が俺のことを好きだったからなのだ。ずっと前から、ずっと。
「……ごめんな、春日」
「謝るな、馬鹿」
「でも、やっぱり春日だから受け入れたんだよ、俺……」
「うるさい、黙れ」
「誰とはもう言わないけどさ、春日以外の奴だったらこうはならなかったって」
「だから、もう……喋るなって……」
俺の胸にしなだれかかる春日の顎を取った。泣いている顔なんて絶対に見られたくないだろうから、目は閉じた。
その口づけは、頭から爪先までがじぃんと痺れるぐらいにすごく気持ちよかった。春日と今までしてきたどんな淫らな行為よりもずっと気持ちよかった。
春日が俺にしがみつくようにして抱きついてきた。俺も春日を深く抱き寄せた。
「志門くん、大好き」
そんな春日の声を聞いて、こりゃけっこう、ガチで藤岡の奴に嫉妬してたんだろうなと、気づいてしまった。
で、まあ。
残念ながら交際宣言をするわけにはいかない。俺一人がホモでしたって言っても、「ふーん」で済まされそうな気がするが、春日はそうは行かないだろう。
ともかくシャワーを浴びて──一緒に風呂入ろうって言ったらだめって言われた──俺は体調が悪いので寝ていたことにして、春日もどこかに出かけてしまった。
で、花火大会から戻ってきた連中と、ガヤガヤ騒ぎながら、再び戻ってくるわけである。「春日くんどこ行ってたの」とみんなに言われてるし。春日はな、俺にイかされてたんだよなどと下らないギャグを思いついたが、これは春日にぶっ殺される奴だな。面白すぎて。
「土産」と称して篠井が屋台の食い物を持ってきた。晩飯を食いっぱぐれてることにようやく気づいたので、食べることにする。春日は……どうにでもするだろう。
「災難だったな、伊集院」
高田まで同情の色を浮かべて声を掛けてくれた。
「いや、花火はここからでも見えたから、ちょっと見たよ」
「そうか、この別荘ならな。すごいよな」
誰と見ていたか言ってやりたい気もする。花火なんざ、秋本なんかよりずっと良い男とチューしながら見てやったわ、ざまあ見ろ。いや秋本は女だけどさ。
「何ニヤニヤしてんだ伊集院、気持ち悪いぞ」
高田が不審者を見る目で俺を見ていた。考えていることがダダ漏れのようだ。春日の前で普通でいられるかな、俺。
「おーい、お前ら、荷物はもう今晩中にまとめておけよー」
と、春日がひょっこり顔を出したので、俺は布団の中に頭を突っ込んだ。
「伊集院、体調は大丈夫そう?」
春日がいけしゃあしゃあとそんなことを言ってきた。
「さっきタコ焼きと焼きそばとフランクフルト、ベビーカステラの余りも全部食ったから大丈夫だと思う」
篠井の言葉に、春日は失笑した。
「ははあ……ずいぶんお腹空かせてたみたいだね、伊集院は」
だ、誰のせいだと……!
「じゃあね、おやすみ」
パタパタと春日の足音が遠ざかっていく。
「春日の部屋、見せてもらえなかったんだよな」
高田がちょっと悔しそうに言った。
「それやるとみんなが出入りするようになって落ち着かないからだろ。春日のプライベートぐらい守ってやれ」
篠井が言うが、布団にくるまっている友人がそこに堂々と出入りした挙げ句、部屋の主と三発も致したなどとは知る由もない。
……というか、こんなこと考えてもピクリともしなくなったから、さすがに搾り取られ切ったんだろうか。
スマホをつけてラインを開く。春日とはクラスのグループには入っているが、友人にはなってなかったと思う。試しに追加要求を送ってみることにしたら……一瞬で承認が返ってきた。
(明日、春日も帰るの)
『俺は少し残る』
(んじゃ戻ってくるのいつ?)
『二十日』
スケジュール表に画面を切り替える。えぇと……。
(なら、次の日デートしたい。十時にT駅)
『良いよ』
良いんだ!?
『あと何かある? 俺寝たい』
(部屋行ってもいい?)
『だめ。誰も来るなって言ってあるから』
(キスしたい)
それまでの即レス状態が止まった。
『馬鹿野郎』
ですよね。
『一階の食堂の裏』
え……。
そろそろ消灯だというところを、トイレを行く振りをして外に出る。一階の食堂には使用人が一人いて、穏やかな態度ながら「どういたしました」と声を掛けられた。
「あの……春日、くんに、お水飲みたかったらここで、と……」
「ああ、先ほど秀司さんがおっしゃってた、どうぞ、そちらの方に」
使用人は春日の名前を呼んだ。俺もそう呼んでやるべきか……春日が嫌がるような気がする。
食堂の裏に回ると、俺の家の台所には絶対入らない大きさの冷蔵庫の前に、春日がいた。海辺でもらった瓶詰めのミネラルウォーターを持っている。
「ほらよ」
差し出されたのを受け取ろうとすると、肩を引き寄せられて、頬に軽くキスされた。
「おやすみ」
って、ええー、これだけ!?
俺の手に瓶が押し込まれる。
「俺も我慢してんだから、我慢しろ、馬鹿」
春日は額をこつんと当ててきた。
そう言われては、俺も言い返せないというか……自分でも頬が緩んでくるのが分かる。
春日が俺の両頬をぎゅっと掌で挟む。
「お前、その締まりのないツラ何とかしろ」
そして、春日は食堂を出て行ってしまう。
俺はその場でミネラルウォーターの瓶の中身を片付けた。美味しかった。うちの近所でも、買えるものだろうか。
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