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十三、大胆すぎるぐらいです

 フロントはなかった。代わりに、大画面のディスプレイに部屋の写真が並んでいる。ここから選べってことか。思ったよりも部屋の内装が凝っている。春日が手慣れた様子でタッチパネルを操作するのを阿呆のように見守る。  部屋に着くまで、一言も喋れなかった。頭の中が真っ白である。  部屋の中は、写真で見た時よりはやっぱり安っぽく見えた。でも、ベッドは春日の部屋ほどに大きいし……いやいや、何を思い出してんだ俺は!  春日は風呂場に引っ込んでしまった。壁がガラス張りで中が丸見えだが、むしろ部屋より作りが良さそうだ。風呂目当ての客が多いんだろう。湯船にお湯を張っているのか、ドドドと勢いよい水流の音が聞こえ始めた。  ベッドの手前にソファとテーブルがある。これはちょうどいい。俺は鞄をテーブルに置き、ソファに腰掛けて、ペットボトルの余りの水を飲んだ。そして、単語帳を取り出した。そろそろこの本も覚えきったかなぁ。 「何やってんだオメーは」  うつむきがちに単語の暗記をしていた俺の額が、ぺしんと軽く払われた。 「え……あの……やることがないので……」  俺は額をさすりさすり、春日を見上げる。銀色の細いブレスレットをジャラリと鳴らして、春日は憤然と腕を組む。 「ラブホで受験勉強始める馬鹿があるか」 「だってその……展開が早すぎてついてけない……」 「会いたいって言ってきたのそっちじゃん!?」 「えぇー……そんな、いや、そんなつもりは」 「なかったの?」  春日の黒目に猜疑が満ちた。 「……なかったわけでもないんだけど、あの、そこまで期待していたわけでも」 「ったく」と舌打ちして、春日はアクセサリーを外し始め、あれよあれよという間に、俺の前で全裸になってしまった。暖色の強い部屋の照明が、春日の肌を艶めかしく彩る。 「先入ってるよ、もう」  春日はそう言って、風呂場へ行ってしまった。  ガラスの壁の向こうで、春日がシャワーを浴び始めた。いかがわしいイメージビデオを見ている気分だ。春日の明るい栗色の髪が──少し脱色はしてるんだろうが、そこまで派手ではない──ピタリと頭に張り付いて、頭蓋の形をくっきりと露わにする。人が身体を清める時には、ひどく無防備な姿を晒すことになるのだなと、俺はこの時知った。  春日の肌を伝う石鹸の泡を眺めていると、春日が冷めた流し目で俺を見た。ああ、分かったよ。俺もそっちに行きますってば。  いそいそと服を脱いで、俺も風呂場に入った。春日はもう湯船に入っている。足でジャグジーの泡を蹴って遊んでいた。 「ん……何、これ」  洗い場の壁に、スノコではなくビニールのマットが立てかけられていた。 「志門くん、そういうの好きじゃないの」 「え、何か使えるのこれ?」  春日は返事をしてくれない。正体不明のマットを眺めながら、俺も一通り身体を、いつもよりは丁寧に洗った。雑に洗ったら怒られそうなので。 「あの……それじゃ、失礼します」 「はい、どうぞ」  春日はジャグジーを止めて、少し身体をひねってくれた。空いた場所に、しずしずと入った。長い足を悠然と伸ばして風呂につかる春日に向き合い、俺は膝を抱えて湯船に沈む。 「って、何やってんの、志門くん」 「え……いや、だから……その……」  困った。死ぬほど恥ずかしい。  春日が何度目かのため息をついた。そして、くるりと身体の向きを変えてきた。  体育座りで縮こまっていた俺の身体が、春日の両腕に抱き寄せられた。俺の肩にこてんと春日の頭が乗った。  そろそろと足を伸ばすと、春日の足が爪先から絡んできて、くすぐったい。 「志門くん」と名前を呼ばれて、春日の濡れた髪が揺れる気配にそちらを見る。瞼は閉じていて、なんでこいつ睫毛長いんでしょうね。唇はぷりぷりと果物のようだし。しかも、信じられないことに、その麗しき唇は俺に差し出されているのだ。  少し顔を傾けてかぶりつくような感じで春日と唇を重ねる。ちょっと鼻息が荒くなってしまって格好悪い。  春日はじんわりと俺の肌に馴染ませるように、俺へと体重を預けてきた。胸も、腹も、太股も。互いの皮膚が溶け合って行く。  硬くなった春日の股間が、俺に懐く小動物のようにすりすりと寄ってくる。それは俺も同じことだったが。  口づけを離してはみるが、すぐに惜しくなってまた求め合うの繰り返しで、俺たちは昂ぶりながらも、その先の行為になかなか移れなかった。キスだけで十分というのはさすがに嘘なんだが、でも春日がそうしていたいというなら、俺はそれでも構わないのだ。 「志門くん」  唇が離れた合間に、春日が話しかけてくる。 「あの……俺、ずっと、好き……志門くんのこと、好き……」  春日の陶酔しきった眼差しが、ただ俺だけに向けられている。  俺は春日の唇をついばみながら、胸から腹、更に下へと這わせていこうとして、その手が掴まれる。 「もっと、いいこと、しよ」  春日が風呂を出て行ってしまった。そして、壁のマットが床に下ろされて、俺はそれが何のためにあるのかを理解した。  ボディーソープより一回り大きなプッシュ式の容器から、透明な粘液が春日の手に落ちていく。マットの上で大股に膝立ちになって、ことさらそれを見せつけるようにしながら、春日は胸から腹、太股へローションを塗りたくる。風呂上がりの火照った身体が、みるみる内に、てらてらと妖しく光る。 「おいで」  目の前の光景に、甘いキスでそそり立っていた俺の股間が、固さを増してズキズキし始めていた。それを刺激しないように、そっと風呂から上がる。  俺もローションを身体に塗ろうと、容器の押しボタンに手を伸ばすが、春日が素早く俺を組み敷いて、自分の身体を擦りつけてきた。ぬめぬめとした感触をまとった男の肉体が、俺の身体を組み敷いて、圧迫してくる。  春日が全身で俺を責め立ててくるのをかいくぐるようにして、その胸を撫でた。ん、と春日が鼻声を上げて、わずかに身じろぎする。  両手を春日の脇へ滑らすようにして、胸に触れる。親指と人差し指で乳首の周辺を軽く揉む。 「ん……良いって、俺が……」  春日は眉をひそめ、少し迷惑そうだ。が、俺がその先端に触れず、回りの皮膚だけにローションを擦り込む動きを繰り返す内、悔しそうに唇を噛み、ぷるぷると震え出す。 「あ……やだ、いじわる……」  もう少し焦らそうかと思ったが、春日のその声にぐっと来てしまったので、ご褒美とばかりに先端を親指でくいと押した。そこはもうすっかり尖っていた。 「あ、だめ」  固くなった先端をコリコリと上下左右に動かしてやる。ゲームでもやってる気分だ。 「んッ……やだ、俺が……」  まだ何か不満そうである。俺は滑る身体をくりんと回転させて、春日と上下を入れ替えた。 「え、ちょっと、志門くんが、するのは」  ぎょっと目を見開いた春日を組み敷いて、ローションをボトルから出すと、春日の胸から腹へと、でろりと伸ばしていく。  そしてもちろん、俺以上にがちがちになっているそこへも、手作り菓子にクリームでデコレーションするように、たっぷりと。 「ああッ……!」  ローションの感触に、春日は怯えるように身体を引きつらせた。 「ん、やだ、やだって、いやだ……!」  腹をさすっていた手で怒張を掴むと、春日は高く啼いた。かぶりを振る様子は、まるで俺の愛撫を嫌悪して抵抗しているかのようだった。 「俺に触られるの、嫌?」  そう俺が問いかけると、春日は髪を振り乱すほどに頭を左右に振った。 「ちが……違うけど、もう、こんなの、違う、違うってば、おかしく、なっちゃうの、違うから、違う……」  怒張をしごく度に、ずぷずぷとローションが音を立てる。亀頭は高級品種の苺のように堂々たる姿だ。つくづく隙のない男である。鈴口をつるつると指先でなぞってやると、ローションに混ざって、別のねっとりとした粘液が指についた。 「しもんくん……もう……」  春日の眦は下がり、俺に許しを乞うていた。その唇を唇で塞ぎ、口を開けろと舌で催促する。躊躇いがちに開かれた中に舌を差し入れると、ちゃんと俺に応じて大胆に絡めてきた。  亀頭を手で包んでぐちゅぐちゅと揉むように刺激しながら、ひたすらに春日の口を貪る。俺自身の怒張は、春日の太股に擦りつける。太股は筋肉で硬いが、肌はすべすべで気持ちいい。  春日がやんわりと俺の胸を押してきたので、俺は春日の口から舌を抜いた。唾液が糸を引いて俺たちを結んだ。 「しもんくん、ねえ……あの……」  春日が腰をくねらせ、俺の昂ぶりに手を添えると、自分のものへと引き寄せる動きをした。ああそうか、そうすれば良かった。  俺は春日の腰にまたがって、裏筋同士を当てるようにして、春日と己を密着させた。離れないように手を添えて、腰を振る。ビニールが軋んで耳障りな音を立てる。理性を麻痺させる熱で、視界がチカチカした。 「あ、あ……あっ……やっ……志門くん、すごいッ……固いよぉ……」  春日がそんなことを言うが、お前のだってめっちゃ固いし、熱いし、だめだ、腰の動きが止まらない。ちんちんでちんちん擦るの、こんな気持ちいいだなんて知らなかった。 「ん、んあ……ああ、良い……出る……出ちゃう……」  春日の裏返った声が、玉袋をぎゅんぎゅん揺さぶってくる。俺も出てしまいそうだ。奥歯を噛みしめてギリギリの所を我慢する──いや、愉しんでいる。まだ出したくない。 「いや、いやだ、出ちゃう、出ちゃう……」  そんなことを言いながら、春日が腰を浮かせる。反り返る春日の竿から、ビリっとした電気のようなものが確かに伝わってきた。 「ん……ああ……イッ……俺、イかされ……ちゃった……」  俺の腹から自分の腹へと白濁を撒き散らしながら、春日はどこか落胆しているようであった。やった。春日に持久力で勝ったぞ。 「もう……俺が、しようと思ったのに」  春日は自分の精子を指でこねくり回しながら、ぼそりと言った。  そして、ギロリと俺を睨む。 「志門くん、マット知らないの嘘でしょ」 「……うん、まあ」  俺は生返事をした。ギンギンなのに我慢しすぎて、頭痛くなってきた。そのせいで、春日が俺の下からするりと抜けるのも止められなかった。 「んじゃ、ベッド行こうか」  マットで膝立ちの俺は、立ち上がった春日の尻と見つめ合った。 「待……ちょ……」  そんな悠長な状態じゃないんですけど、こっちは。 「どしたの?」  人を見下した声音の春日に、己の立場を思い知らされる。つまり、言えと。何をして欲しいか、言えと。 「あの……もう……我慢できないんで、抜いて欲しい……です……」 「手で良い?」  良いわけねーだろ!! 口だよ!! しゃぶれよ!! 「あの……口で……」 「どうして欲しいの?」 「……口で……春日の口で……」  春日が俺の前に戻ってきた。マットに座って、俺の股間を見ている。 「口で?」と言った息が掛かって、それだけで達しそうになる。俺の先端が、だらしなくつぅと涎を零した。 「春日の口でイかせて……お願いだから……」  春日は自分の親指をカジカジとして、俺を見上げている。だーかーらー。 「春日に俺のちんちんしゃぶって欲しいです!」 「ん」と、春日はうなずいて、でろんと舌を出すと、竿をすするように口の中へ招き入れていった。  俺の後頭部から尻に掛けて、チリチリと炸裂するものが突っ走る。だが、射精は──許されなかった。春日の右手指が、俺の陰嚢の裏に食い込んで、精液を止めていた。 「かすがぁ……それ、止め……」  既に射精の域に達している竿に、容赦なく唇と舌の肉感が襲いかかる。快楽が強烈すぎて、股間が縮み上がりそうな苦痛と錯覚してしまう。 「お願……もう、イかせて……おかしくなる……」  唾液の量をわざと増やして音を立て、左手で俺の内股はローションを塗りつける動きで優しく撫でられる。俺の足はガタガタ震えた。膝立ちの姿勢すら保つのが難しくなっていく。 「い……いぁ……あぁ……かすがぁっ……出させて……」  春日は俺を吐き出した。舌先を尖らせて、裏筋をチロチロとくすぐってくる。その愛撫に俺は恐怖した。俺の肉棒に巡る血は、皮膚をぶち破って噴き出るのではないか。  俺の根元を押さえている春日の指を外そうとしたが、指がかじかんだようになって動かない。ああ。じゃあ、どうすれば……。 「おねがい……出させて、せーし出させて、かすがぁ、ちんちんおかしくなる、せーし出したい、出させて、出させて……」  俺は春日にみっともなく射精を懇願した。春日は亀頭に軽く口付けてきた。一瞬、目の前が白くなり、ついで真っ黒になる。 「かすがぁ……ちんちんイきたい……」  春日がぱくりと亀頭をくわえこんだ。ついで、根元を押さえていた右手の指が緩んだ。俺の四肢からどっと汗が噴き出て、玉袋がぎゅうと収縮して、やっとのことで為された射精感は、快楽よりも徒労が濃い。 「あ……はあ……」  それでも、竿の中にある管に、液体が這う感覚は、何とも言えず意識をうっとりさせる。竿がじんわりと柔らかな熱に包まれて、全身が弛緩した俺は、春日に下半身を擦りつけながら、その口に注ぎ込み続けた。  ……っていうか、なんか、射精にしちゃ長くないか。  俺は恐る恐る、下を見た。春日があっかんべえをするように舌を出している、そこに俺が放っていたのは、精液ではなく── 「ちょ、ちょ……」  俺は慌ててシャワーのレバーを押す。水圧の高いシャワーが勢いよく出て、俺たち二人にぶっ掛かる。シャワーヘッドを掴み取って、春日の顔を洗おうとするが、春日は手をひらひらして笑ってる。 「なんで言わないんだよ!」 「ん……良かったから、すごく」 「何がだよ!」  春日は俺からシャワーヘッドを受け取り、口をすすぎ始めたが、俺は気が気でない。人間の顔に小便ぶっ掛けるとか、俺は無理です! 「春日が我慢させすぎるからだろ……」  俺は後ろめたさを誤魔化すように、春日を責めた。 「ふふ」と笑う春日は、とってもとっても愉快そうだった。人に小便掛けられて何が良いんだ。 「もうちょっと、普通にしてもらえないでしょうか……」 「普通って?」 「いやだから、普通の、普通の……普通のセックス」 「って、何さ?」  春日の不思議そうな様子に、俺はだんだんイライラしてくる。 「だから、もうイくって分かってるのに変な我慢させるとか、ションベン出させるとか止めてくれって言ってんの」 「じゃあケツの穴でやるのも止める?」  ──うん。俺、春日に勝てない。  春日が俺の胸にシャワーを掛けてきた。ローションにまみれた胸が撫で回されて、洗われていく。そして、俺の額に、額をちょんと当ててきて。 「ごめん。あんまり志門くんがエロかったから、もっとエロいところ見たくなったの」  俺、そんなにエロいんかなぁ。 「んじゃ、後は志門くんの言うこと全部聞いてあげるから、ね」  そんなことを言われてですね、ほっぺにちゅっちゅとキスされながら身体を洗ってもらってですね、俺が何を言えるっていうんだ。 「ベッド行こ」  春日の白い裸身が、仰向けにベッドに横たわる。橙の照明は、湯で火照った肌の色をいっそう暖かなものにしていた。 「志門くん……好きにして、良いよ」  それこそ、俺がその喉首を絞めても、今の春日なら抵抗しないのではないだろうか。 「来て」  あれだけ無謀に責め立てられた俺の一物は、眼前の光景に反応して、既に臨戦態勢だ。我ながら、無節操すぎる。  春日の顔近くに膝立ちでにじりより、コンドームの袋を突きつける。 「春日がつけてよ……口で」  俺の要求に、春日は上体をひねって起き上がり、コンドームの袋を歯で切った。精液だまりをくわえ、俺の亀頭に口付ける。みるみる内に、ゴムの膜が伸びて、俺を包み込む。同時に、俺は春日の口に根元まで挿入していた。 「少しだけ、舐めて……裏筋の方……あんま激しくしちゃだめだ……」  春日の口から俺の物が引き抜かれた。竿を反らせるように手を添えて、舌先が細かく裏筋を撫でていく。  ゴム越しの行為はもどかしく、却って背徳感を煽った。春日は目を伏せ、悲しげに眉を下げて、ひたすら舌を上下に動かす。生の肉茎を舌で愛撫できないことに、春日は失望している。 「もう、良いよ……それで……」  春日が上体を起こした姿勢のまま、猫のようにつんと座って俺を見る。 「あの……えっと……この間と……違う格好でやりたいというか……あの……」  悪かったな! セックスの体位なんか詳しくないよ! 正常位に後背位に騎乗位ぐらいは知ってました! でも他はもうよくわかんない! 「志門くん、ここ来て」  春日が横長の枕をポンと叩いた。俺がそこへ腰掛けると、春日が俺の前に回って跨がろうとする。俺は騎乗位を思い出してヒヤリとした。あの、それ、ちょっとトラウマなんですが。 「入れるよ」  春日の手はジェルを握りこんでいた。それを俺に擦りつけてから、尻肉に挟んで、ゆっくりと腰を落としていく。ジェルの滑りもあって、俺は春日の奥へ奥へと侵入を果たす。  軟体動物の口のような蠕動で、肉棒がほぐされていく。ピリピリと爆ぜる熱が、敏感な場所の皮膚を刺激して、避妊具の中がこそばゆい。 「ね……もっと、こっち、来て……」  春日が俺の腕を腰へ巻き付けるように導いていく。俺にまたがる春日の顔が目の前に来た。近すぎて、目が変になりそうな距離だ。 「ぎゅってして」  いつもより低い声だった。けれども、媚態をたっぷり含んだ、甘くしっとりとした囁き。  俺は春日の背に腕を回して、本当にぎゅっと音が出そうなぐらい、春日を熱烈に抱き寄せた。 「ん……」と、かすれた鼻息が、俺の耳元に吹きかけられた。  少し腰を持ち上げ、春日の中を突き上げる……うん、なんか、いまいちだな。むしろ掻き回す感じかな。こう、尻を前後に動かせば……春日の勃起してるのが、俺の腹にがっつり当たってくる。 「ああ……んん……」  たまらないという息を吐いて、春日が俺にしがみついた。尻をきゅっきゅとすぼめるような動きで、中の俺を擦っていく。根元がきゅうきゅうと締め付けられて、竿が溜め込んだ熱が股間から内股へ、さらに腹へと拡散していく。  密着して互いの性器を擦り合うことで得られる、むずむずとくすぐられるような快感に、俺たちは声もなく夢中になった。春日は時々、感極まって、俺の肩や首に歯を立てた。それ、痕になりそうなんだけど。  俺が少し腕の力を緩めると、春日の腕が俺の首へ巻き付いた。俺は腕を春日の脇へくぐらせた。そうしてまた、唇に吸い付いては離れ、離れてはまた吸い付き、舌は唇を舐め歯を舐め唾液をすすり、思いつく限りのことは一通りやった。  口づけがふと離れて、春日と見つめ合った。気恥ずかしさに目を逸らしたくなったが、いや、今は、見なければ。 「気持ちいい」  春日が己の怒張を俺の腹に押しつけてくる。 「志門くん、気持ちいい?」 「うん……」  俺は敢えて動かずに、春日の中を堪能していた。そうしていると、人を安堵させる温もりと快さが、ずっとずっと続く。 「俺、ずっとこうしてたい」  その気持ちを、俺は口にした。 「え……?」 「春日とずっとこうしてたい……」  俺は春日の頬にキスをした。そして、春日の背を大きく両手で撫で回し、さする。 「春日とずっと一緒にいたい」  だが、春日は、眉間を狭くして、そこに憂いを宿していた。 「あの……春日?」  と、春日が動き始めた。尻を浮かせては落とす、俺の射精を促そうとする激しい動きだ。 「え、かす、が……」  もうちょっと、このままでいたかったのに。  春日の動きはさすがにこなれていて、俺の怒張はぴくぴくと痙攣し始める。腸壁の収縮に巻き込まれ、燃え上がるような昂奮が引きずり出されていく。  ベッドは春日の家のものより安物なのだろう。甲高く軋む音が耳障りだった。  俺は腰を蠢かす春日の腰を支えながらも、その凜々しいペニスを力任せに掴む。 「あ、あ……触ら、な……」  春日の面が当惑に曇る。だが、俺の上で腰を振る動きは止めず、俺の手にもしごかれるがままだ。 「ん……しも、ん、あ、手、離してぇ……」  そんなことを言われては、絶対に俺の手で達してもらわねばなるまい。火の点いたような穂先を、掌で磨き上げていくと、その頂からとくとくと淫らな水が湧き出す。 「だめ、だめ……イく……あぁ……」  ペニスを刺激された春日は、膨れ上がる俺をきゅんきゅん締めつけてくる。俺は掴んだ春日のものを支点に、ぐいぐいと突き上げる腰づかいをした。雁首にぷりぷりとした肉が突っかかってくる。臍から溶岩が流れ出るような快楽が俺を襲う。 「いぎっ……そこ、だめ……だめ……そこや、やだ、いぐ……いっちゃ、い、ああ、そこ突くのだめ、い、いぐぅ……ああ……」  春日がぶるぶると戦慄いて、俺の手に真珠の雫をボトボトと落とす。 「あ……あぁ、やだ、ちんちんイくの、おかしくなる……ああ……」  ぐにゃりと崩れていく春日の尻を掴み、尚も俺の上で腰を振ることを強制する。射精した春日は筋肉が強ばってしまったのか、俺をキリキリと締め上げたままだ。 「しもんくん、許して……イッてる、イッてるよ、俺すごいイってるから、イッてる……」  幼子がむずかるように嫌々と首を振る春日に、俺はただ己の射精を手伝えと迫り続け、その奥を突き上げる動きを止めなかった。 「あ、あん、おかしい、やだ、もうイッたから、許して、許して、しもんくん、おかしぃ、奥だめ、そこダメ、ダメなトコだから、突いたら、こんな、こんなの……」  春日が力の籠もらぬ指で俺の胸を掻いた。そのこそばゆくもかすかな刺激で、水を詰めすぎた風船のように膨脹していた俺の意識が、破裂した。 「ああ、ん……志門くん、俺の中で、イッてる……嬉し……」  春日は、己の中で果てゆく俺に、愛おしそうに呼び掛けていた。俺は精を吐いた直後の絶望とも後悔ともつかぬ昏い思いに引き込まれていった。それでも、春日を抱き枕のように抱えて、俺は横向きにベッドへ倒れ込んだ。  汗だくで気持ちが悪かった。もう一度シャワーを浴びた方が良い。でも、何もかもが面倒だ。今日はもう寝たい。ここ、泊まれるんじゃなかったっけ? 「……志門くん、そろそろ、時間」 「んー……時間って」 「延長料金掛かるよ」 「んー……別に良いよ……」 「良くないでしょ! 塾は!?」 「うーん、もう少し、このまま……」  俺は春日にガシッとしがみついて、左に右にとゴロゴロ──しようとして、春日が本当に嫌そうに身をよじるので、諦めた。 「もう、やった後の方がしつこいって、どういうこと」  春日はぶつくさ言いながら、風呂場へ行ってしまった。ついていくと怒られる気がしたので、目についた冷蔵庫を開けて、飲み物を買った。  汗をざっと流しただけなのだろう、春日が出てくるのは早かった。もう服に着替え始めてるし。切り替え早いな。 「出るよ」と言いながら、良さそうなブランド物の財布を出す。 「あ、ちょっと、お金いくらなの」 「良いよ、ホテル代ぐらい」  良くねえよ。 「俺も出すよ! 止めてくれよ、そういうの」 「ん……でも、志門くん、受験勉強でバイトもしてないでしょ」 「それとこれとは別だよ。俺の方から誘ったんだから、そういうことは止めてくれ」  俺はじとりと春日を睨んだ。春日は変人を見る目で俺を見ていたが、やがて肩をすくめて。 「……じゃさ、今度からもうちょっと安い所入ろ」  なんだよ、付き合い始めた途端に嫌な奴になったな、春日の奴。 「あのね、志門くん? 俺と一ヶ月に一度しかセックスしないつもりなら、ここを割り勘で使っても、良いと思うけど。どうなの、その辺の所はさ」  ああ、俺、本ッ当に、全ッ然、春日に逆らえないんだな。肝に銘じました。 「何ボサッとしてんだよ、さっさとシャワー浴びてこい、一発ヤッてきましたって全身で分かる汗かいてんだからよ、オメェはよ」  春日に急かされ、俺は湯をざっとかぶる程度のシャワーを浴びて、パンツを逆に履きそうになるほど慌てて服を着た。  精算を春日に任せて、ホテルを出たところで改めて割り勘。出て行った千円札の枚数を思った。これはキツい。お年玉貯金は母が管理していて、どんな用途にでも使って良いと言われているが、報告必須なのである。さすがの母も、ラブホテルの代金に使うことは許してくれないだろう。 「帰ろ」  春日は財布をポケットに突っ込み、そのままふらっと歩き出した。 「おい、春日」  俺は春日の手をポケットから引き出そうとした。春日は少し唇を尖らせたが、手を出して、俺の指をちょいと掴んだ。  ラブホテル街を抜けて、飲み屋の通りに出ると、ぽつぽつと行き交う人の気配があった。寝間着らしきTシャツ姿で立て看板を表に出しているのは、店の女主人だろうか。派手な金のマッシュルームヘアは古臭く見えた。  看板を置いた女主人がふっと俺たちの方を見た。厚化粧の面に違和感があった。中年らしきその人の輪郭のたるみ方が、明らかに女ではない──男だ。  俺は電撃に打たれたように呆けた。自分がどこにいるのか、春日がY駅に誘ったのは何故か、すべてを理解した俺は、春日の手を。 「なに、急に……痛いってば」  ぎりりと強く握ったものだから、春日には振りほどかれてしまった。それを見た水商売人が、ふっと息を強く吐いて笑うので、俺はそちらを睨みつけた。くそ、文句あるか! 俺は、俺は春日と一緒にいるんだ……どこへだって、一緒に。

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