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十五、とても綺麗ですね
十月になると冬服を強制されるものの、まだまだ袖が重たく感じられる。
朝の廊下が、中間試験の成績掲示でざわめいている。ベストテンのどこかに、常に春日の名前があった。春日より下の成績でも国立大を外部受験する者がいるというのに、春日は内部推薦で付属大学に進学することが確定している。
「人生イージーモードのくせによ」
確かに誰かがそう毒づいた。陰キャラ共の嫉妬で片付けられてしまう呟き。
実のところ、俺も似たようなことを考えてはいるのだ。お前は人生を怠惰に生きようと思えば生きられるのに、どうして。
おおい春日、と誰かが彼を呼んだので、俺もそちらを見た。学校のホームページにモデルとして採用されそうな制服姿の春日が、小学校からの付き合いのある連中に取り囲まれる。成績表を指さし合って、ああだこうだと言っている。
「伊集院に負けた」
春日が俺にふっと笑いかけてきた。何だろうと思えば、文理共通の英語の成績のことだった。俺は学校で春日に話しかけてもらえたことにどぎまぎしながら、思わず本音を口走ってしまう。
「春日は、国立行こうとか思わないの。これなら、今からでも間に合うんじゃないの」
「ん」と、春日は表情に仮面を付ける。
「……うち、創立者と付き合いあるしね」
今時、皇室だって学習院以外の所に行く時代なんだぞ。
「それに、やっぱ、学校の試験とは違うよ、入試は」
んなわけあるか。俺の問題集斜め読みして、先に答えが分かったことあるくせに。
「春日は……」
俺は更に話しかけようとしたが、春日は俺を振り切るように背を向けて、傍らの取り巻き共に何か話しかけながら、教室に入っていった。
「なに、春日サマに絡んでんだ、お前」
ポコンと気の抜けた音で後ろから殴られた。筒にした参考書を手にした篠井だった。
「いや、だって、もったいないじゃん、こんなに頭が良いのに」
付属大学も、入試で第一志望に選ぶ者がいる程度にはレベルの高い大学だが、春日の実力は明らかにその上にある。
「春日の親父も祖父さんも、ここの大学の工学部出てるんだぜ」
何故、篠井がそんなことを知っているのか謎である。俺はそんな話聞いたことないのに。
「有名じゃん、ここの大学の工学部が、ハル電機と共同開発した掃除機」
「なんでそんなに詳しいんだよ。篠井、ひょっとしてハル電機に就職したいとか?」
「俺の志望は?」
「経済学部……って、そんなことまで興味持つの、お前」
俺が驚くと、篠井は自慢と嘲笑混じりにふふんと鼻を鳴らした。
「身近にこんな面白いネタがあって見逃すかよ。ま、春日の八方美人もここまで徹底してりゃ大したもんだ」
「そんな言い方あるかよ」
春日が人にいい顔するために勉強しているとは思えない。春日なりに、自分の人生に目的を持っているのだと思う……そこまで突っ込んだ話は、したことがないが。
「なんだよ、なんでそんなに怒るんだよ」
「怒ってないよ、別に。ただ、なんか、篠井の言い方はあんまりじゃん」
篠井が、春日のことを嫌いなのは分かってるけど。春日をどうしても好きになれない奴がいるのも仕方ないけど。
「いや完全にムカついてんじゃんお前。なんだよ、なんでそこまで春日の肩持つの」
「そんなんじゃないって、ただ春日の」
「俺が、何だって?」
そちらを見れば、春日が教室からひょいと身を乗り出していた。最高に白けた顔をしている。
「さっきから春日がどうとか丸聞こえ」
「いやぁ、絡んできたの、伊集院の方だよ。春日の成績で内部推薦はもったいないとか」
おいこら篠井。何こっちに振ってきてんだ。
「篠井は俺の家のことに詳しいね?」
が、さすがに春日はごまかされなかった。
「なあ春日くん。ご学友のよしみで、ハル電機の株、安く譲ってくれよ」
篠井も負けじとやり返した。
「一株千二百円ぐらいでどう?」
「それ昨日の終値じゃん、半額にまけてよ」
ついには二人で大笑いする。ってか、こいつら仲良いんだか悪いんだか分からん。俺は胃が痛くなってきた。
「ああ、そうそう、伊集院」
すっと笑いを引っ込めた春日に声を掛けられ、俺の心臓が跳ねた。
「え、なに」
「余計なお世話」
凍てついた声で吐き捨てて、春日は教室へと戻っていった。
俺は髪が逆立つ思いだった。
「ほーら、言わんこっちゃねえ。あんな奴のこと心配して何になるんだよ」
俺は篠井を置いて教室に憤然と入っていった。春日はもう取り巻き共とお喋りに興じており、俺のことなど一瞥もしない。
席に鞄を投げ捨て、スマホを取り出し、春日にメッセージ。
(さっきのはどういう意味だ)
(余計なお世話とは何だよ)
(心配するの当たり前だろ)
(お前いつも何か我慢してんじゃん)
(無視するなよ)
俺からの着信に優先通知設定入れてんだろうがよ!! 見ろよスマホ!!
えぇい、同じ空間にいるのにまどろっこしい。かくなる上は強行突破だ。
俺が立ち上がったその拍子に、太股で机を下から跳ね上げて、ひっくり返した。
「どわっ!?」
半開きの鞄の中身が床にぶちまけられて、高田が片付けを手伝ってくれた。目の端に春日が教室を出て行くのが見えた。
ばらまいた物をあらかた回収し終えたところで、スマホがジジと揺れた。
『バレるだろ馬鹿』
で、返信がそれですか。
(大学の話するの変か?)
『俺に首突っ込むような真似をするな』
『とにかく他人のふりをしろ』
(さっきのはちょっとひどいと思った)
『それは悪かったよ』
(キスさせてくれたら許す)
『人の話を聞けよ!』
と入力している春日の表情を想像したら、少しだけ溜飲が下がった。
「伊集院、何ニヤニヤしてんの?」
はっと我に帰った。目の前に高田が立っていた。俺のシャープペンシルを持っている。回収しそびれていたらしい。
俺はスマホを机の中に押し込んで、慌ててシャープペンシルを受け取った。
「お前さあ」
もう俺に用はないはずなのに、高田は畳みかけてきた。
「彼女できただろ」
「へっ!? なんで!?」
「学校の奴と噂ねえし、塾だな。女子校の奴でも捕まえた?」
高田は背もたれをまたぐ格好で椅子に座り、俺へ身を乗り出す。
「いや、そんなのいないって……」
「嘘こけ。しょっちゅうラインするわ、返信見てニヤニヤするわ、完全に付き合い始めのそれじゃん。で、ハルカちゃんはどこの学校の子なんだ?」
うぐ。高田の野郎、人のスマホを覗き見してんじゃねーか! っていうか、春日は本当に賢いな! ラインの表示名を変えておけってこういうことかよ!
「いや、まさか伊集院に彼女とはねえ」
高田がしみじみと言ったのが、にわかに周囲の席に伝播する。
「えっ、マジで。伊集院に彼女? 写真見たい!」
なんで普段ろくに話もしない女子が反応するんだ?
「うそーやだー、伊集院ヤバい」
また別の女子がケラケラ笑い出すが、お前の笑い声の方がやべえんだよ!!
「それでどうだったの」
高田が意味の分からない質問をしてきた。
「夏期講習でお前は何のお勉強をしてきたんだ?」
この会話は遠巻きにクラスメイトに見守られ、俺の次の言葉がじっと待たれていた。
ちょっと待って。
いや本当に待って。
あのね、そのハルカちゃんがですね、教室に戻ってきてですね、俺を見てるんだよ。
俺を八大地獄のどこに落とすか考えている閻魔大王の顔で! 春日が! 俺を!
俺は休み時間に便所の個室に籠もり、せっせと謝罪を送信。
(ごめんなさい)
(でも、みんな女だと思ってるみたいだし)
(俺、絶対春日のことは言わないし)
(もう学校でも話しかけません)
(ごめんなさい)
(許して)
昼休みに何とか既読はついたけど、それだけ。ため息ついた所を、高田にまた突っ込まれる。篠井には裏切り者呼ばわりされる。「受験に落ちろ」と言われた。ひどい。
午後の授業の最後はロングホームルームの時間だ。議題は文化祭で行う高三卒業研究発表について。高三卒研は、内部推薦組にとっては結果を左右する重要な要素の一つである。外部受験の俺はざっくりと済ませてしまったが。
「……で、研究発表会については以上です。あと、秋本さんから提案があるそうです」
話はほとんど聞き流していた。何か新しい話になったようで、教室がざわついている。
「では、やりたい人」
壇上の秋本が決を採っていた。黒髪に三つ編み、卵形の小ぶりな輪郭に丸い目、少しおちょぼ口。校則の厳しい高校に通うくそ真面目な女子高生にしか見えないんだけど、フェラチオがうまいらしい。春日とどっちがうまいんだろう。絶対に春日だと思う。
あ、春日が手を挙げてる。教室が大爆笑してる。良いぞとか囃し立てられてる。秋本が「ええ」とか目を白黒させてる。みんな春日のこと好きだよな。でも俺が一番春日のことが好きだ。春日は俺のものだ。
だから俺も手を挙げた。
教室が水を打ったように静まりかえった。
春日が魂を引っこ抜かれた顔してる。
と、前の席の高田が、挙手した俺の手首を引っつかみ。
「はい! 伊集院くんも追加!」
「ちょっと待って、なんか話違ってきてない?」
彼氏の言葉で、秋本の口調が素に戻った。
「広樹も行っとけ! やれ!」
「俺も!? じゃあ俺も!」
男子の野次に乗せられて高田広樹もハイハイと手を挙げた。
「行け! 高校生活最後の思い出だ! 男子諸君、勇気を持て! 伊集院志門に続け!」
何の話だ。
何が起きているんだ。
俺は助けを求めるように、対角線上の春日を見た。春日は眉間を揉んでいた。そして黒板を見ろと指さしていた。俺にちゃんと気づいてくれたのが嬉しくて、わくわくしながらそっちを見ると。
『文化祭 自由参加 模擬店 メイド喫茶』
つまりこういうことだ。
秋本がメイド喫茶の模擬店をやりたいと友達同士で盛り上がって、人手を求めてクラスを巻き込んだ。メイドやってみたい人いますかという質問に、春日がウケ狙いで手を挙げたと。
そこまでは良かったんだけど、俺が手を挙げたのに目を付けた馬鹿男子共の悪ノリで乙女の夢が崩壊。女装メイド喫茶が爆誕。
……どうしよう。
春日にはラインで散々になじられた。春日の挙手は本気でただの冗談のつもりで、というのも変だが、つまり女装なんか嫌なのだ。しかし、この話の流れでは参加は確定。
『俺の女装とか見たいわけ』
どうだろう。似合う気はするんだけど。並みの女より綺麗なんだからさ。
『俺、女になりたいわけじゃないよ』
その文字列がひどく重たい。分かってるよ、と簡単に返事をして良いのだろうか。
(俺は男の春日が好きだよ)
と返信してみたが、そこで会話は途切れた。今週末は公開模試で、元々春日とデートはできなかったんだけど、でもちょっとぐらい会いたいと……言い出せなかった。
当初のコンセプトも崩せないというので、メイド喫茶は男子の部と女子の部に分かれた。男子の部は、俺と春日と高田、あと悪ノリ連中で総勢八人。衣装の都合もあって四人入れ替え制。衣装代を徴収されて、週が明けてすぐに衣装合わせとなった。
放課後の教室に男子と女子が居残って、メイド服を着るのは男子だけ。何か不公平じゃないか?
「うっわ、下がスースーする」
高田は、スカートをヒラヒラさせて大はしゃぎである。黒のワンピースに白のエプロンというお決まりの衣装が、ここまで間抜けな着こなしになるとは。
「広樹、トランクス見えてる」
秋本が憮然とした表情で突っ込んだ。世界一嬉しくないパンチラだよな。
「ストッキング履いた方が良いんじゃないの、黒い奴」
メイド服を着せられた春日が机に頬杖をついて憂鬱そうにしていた。女子どもが真っ先に着替えろと迫ったのは言うまでもない。わざとらしい白フリルから、肌色だけの足がすらりと伸びている。黒の提灯袖のラインが肩幅の広さで窮屈そうに伸びている。
「春日、意外と似合わんな、お前」
高田は顎に手を当て、春日をじろじろ見る。それは俺も同感で、春日のメイド服姿は、『男が無理矢理に女の服を着ている』感が半端ない。それでも高田のような滑稽さはなく、倒錯的な美しさはある。
「伊集院も着ろよ、やりたかったんだろ」
高田が衣装をぐいぐい押しつけてきた。女子どもは春日にどんな化粧をするかで盛り上がっていた。春日はニコニコしてるが目が笑ってない。俺はサイズを確認したらとっとと退散することにした。
男子トイレを更衣室代わりに使う。サイズはOKだ。それでまた制服に着替える……前に、一応はみんなに見せた方が良いのか、この姿を。
「あの、着替え終わりましたけど……」
みんな春日の所に集まって、ああでもないこうでもないと楽しそうだ。化粧された春日の顔がちらと見えた。Y駅で見かけるオカマみたいになってる。すっかり女子のオモチャだ。これはもう絶対に後でめちゃくちゃ八つ当たりされるな。
「あ、伊集院も……」
秋本がひょいと俺を見た。そして、つかつかと俺の方にやってきて。
「ここ座って」
近くの空席に押し込まれた。
「ウィッグ買ったよね?」
「あるある、これ」
秋本が言うと、別の女子がセミロングのそれを持ってきた。で、頭に乗せられた。
「縦に巻いた方が良いな」
ロールブラシを手に秋本がぶつぶつ言っている。
「ナチュラルメイクか、やっぱ」
「アイメイクはちょっと濃いめで、もうちょっと睫毛欲しいな」
春日を取り巻いていた女子が、俺の回りにわらわらと集合。
「伊集院ちょっと眉剃るよ、ああ形整えるだけだから」
「これ秋の新色なんだけど、どうかな?」
次から次へと、女子の手が俺の顔やら髪やらに襲いかかり、俺は為すがままにされた。
高田がひょこひょことやってきて、ぽつりと一言。
「やれるわ」
何の話だよ。
「私のお姉ちゃんの制服持ってこよっか。お姉ちゃん太いから、男でも着られる」
「あ、そっか制服か。似合うわ絶対」
女子は更に恐ろしい計画を立て始めていた。
「あの……塾が……」
俺がそろそろと席を立とうとすると、女子が大ブーイング。
「えー、せっかく可愛くしたのに」
「バレないって、これなら」
「バレないって何が!!」
俺はとうとう怒鳴ってしまった。
女子の群れの向こうに、机に伏せて全身を震わせている春日が見えた。時々机をコンコンと拳で叩いている。どんだけだよ。でも、少しほっとした。
翌日には、俺のメイド姿の写真がクラス中に回されて、俺は前々から女装願望があったのだという話になっていた。せっかく出来た彼女に幻滅されるぞと煽られるわ、女子の制服を着てみせろと迫られるわ。篠井に至っては「いるのは彼女じゃなくて彼氏だろ」と真顔で言ってきた。おい、止めろ、結論だけ合ってるから否定しづらい!
春日は当初こそ面白がっていたが、その後はだんだんと不機嫌になっていった。というのも、
『女子にチヤホヤされて楽しそうだね』
ということらしい。俺が女子に構われていることに嫉妬しているのか、注目を俺に奪われて嫉妬しているのか……多分、両方。
で、文化祭当日、一日目。女子の用意した手作りパウンドケーキが粉っぽいのが気になった。くそ、生地の混ぜ方が下手なんだよ……でも、お菓子作りになんか口出したら、女装願望どころか女に生まれたかった願望にまで話が突き進む気がするので、目をつぶるしかなかった。
緑の黒板の存在が強烈すぎて、メイド喫茶の店内はいまいち垢抜けない。プログラムの『男の娘メイドいます』の宣伝文句で、客は続々と来た。俺は「おとこのこ」なる読みを篠井から教えてもらった。なんでそんなことまで詳しいんだろうな。
案の定、メイドの春日は、他校の女子にキャーキャー言われてた。逆ナンされてた。それはいい。よくないけど、いい。
問題は俺だ。
「可愛いね」
「今日はいつから暇?」
「ライン教えてよ」
と声を掛けてくるのが全員男。いや、女も写真撮っていいですかとか声掛けてくるんだけど、ナンパしてくるのが男。
もちろん、大半は悪ふざけだ。が、しつこく食い下がってくる奴もいた。大学生っぽい奴で、低い声で「分かってんだろ」と耳打ちされた。彼氏いますって言いそうになった。怖かった。
昼飯の時間になり、午前から働き通しの俺は、模擬店の売り上げに貢献すべく、クレープだの焼きそばだのを購入。持ち込み食堂として開放された教室に入ろうとすると。
「伊集院、ちょっと」
同じく昼休憩に入った春日が、これもメイド服のまま、俺を呼び止めた。
「こっち来て」
と廊下を歩き出すので、もしや喫茶店に何かあったのだろうかと、付いていく。
外部者立ち入り禁止の札を越えて、春日が来たのは資料室だったので、メイド喫茶ではなく、明日の卒業研究発表会の用事かなと思った。
窓のない小部屋に会議机とパイプ椅子、コピー用紙の積まれたスチール棚にコピー機。蛍光灯が少し古くて目がちかちかする。
「春日、飯は済んだ? 俺は」
机に飯を並べ、パイプ椅子に座ろうとする。と、肩を突き飛ばされ、壁際に追いつめられた。
「何、男に色目使ってんだよ」
春日の瞳の深いところで、炎が燃え盛っていた。
「い……ちが、俺は何も、向こうから」
スカートをたくし上げられ、太股丈の黒タイツに指を突っ込まれ、パチンと肌を弾かれた。
「めちゃくちゃモテてたねー、ほらあの、付属の大学から来たっぽい奴、志門くんのケツ触ってたし」
う。そこ見てたのか。
春日の手の甲が、股間を下から上へとなぞっていく。さすがにパンツはトランクスのままだ。女物を履けという提案は全力で拒否した。
「で、ここをギンギンにしながら考えたわけ? メイド服着たままケツをガン掘りされたらどうなるだろうって? 身体も心もメスになってイきまくりたいと?」
そんな空恐ろしいこと考えてません。むしろ縮み上がったし。
「最ッ低のクソホモ野郎だな、テメェはよ」
女子に『銀座のママさん風』とメイクされた春日の怒り顔は、まるで般若のようだ。なんか、角とか生えてきそう。
「あの、ホントに、俺は、春日のことしか」
俺は腰の辺りをもじもじさせた。まさか、春日は、俺を、ここで。いや、そっちは、春日は興味なかったんじゃ……でも、あの、春日がしたいなら、良いかな……。
春日の手がついに俺の股間を鷲掴みにする。血が集まって疼き始めて、その形を作り始めている。
「ほら、やっぱり」
「ちが……これは、春日が……」
春日の手がトランクスのゴムを引っ張り、力任せに下げる。タイツを伝って、するすると落ちてしまう。
「志門くん、すっげぇ可愛い。本当に女の子みたいな顔してるよ、今」
春日の五指がにちにちと俺の肉棒を責め立てる。指で作った輪で先端の皮を剥かれ、鈴口をつんつんと突かれる。
「ん……あ、それ、痛ぃ……」
敏感すぎる部分を雑に扱われて、苦痛が快楽を上回るが、雄の肉は硬く太く、中の芯を膨らめていく。
「志門くん、女の子なのに、ちんちん、おっきいね」
股間の昂奮が太股に伝播して、タイツの布地が蒸れてくる。膝が笑って、立ってられず、コンクリートの冷たい壁にすがった。
「ちんちん、気持ちいい?」
春日は全身を使って俺を壁に押しつける。春日の勃っているものがスカート越しに当たる。ああ、マジで。やっちゃうの、そっち。
「気持ちいい……かすがぁ……」
俺の手首が掴まれて、春日のスカートの中に突っ込まれた。強引に触らされたそれは、いつもより硬くて、鉄みたいだ。それに手触りが違った。下着が違う。サテンみたいなつるつるした手触り。
俺は春日のスカートをめくった。下着が……なんか……ピンク色のレース地で……女物のデザインに見えた。股間がぷっくらと膨らんで薄暗い。
「どう?」と笑う春日は、嫌味な金持ちが何かを自慢する風で。
俺は春日を机へ押し倒した。
スカートをめくり上げ、下着を押し下げて、春日の股間にしゃぶりつく。いつも春日がそうしてくれるのを真似して、唇をすぼめて、春日の竿の皮を弛ませ、しごき上げる。その動きでピンクの塗料がこそげて、竿に痕を残してしまう。
春日は肘を付いた姿勢で仰向けになっているが、もう少し机に乗り上げて欲しいと、腹を押す。尻まで机に乗ったところで、足を開かせて、玉をベロベロと舐めて、唇で緩く挟んで引っ張る。
「うぅ」と、春日が手を口で押さえてうめき声を堪えている。ああ、こいつ、玉の方が弱いみたいだ。
「春日、足、そっち」
太股を押して膝を曲げさせて、春日の腕に抱えさせる。そうして、玉袋はおろか、尻穴までを俺に突き出させた。俺と同じように黒いタイツを履いた太股に、例の下着が引っかかったままだ。
玉袋から下の皮膚をちろちろ舐めながら、徐々にその窄まりを目指していく。
「そこ、そこはいいから」
ということは「やれ」という意味で、俺は菊にたとえられる場所をこじ開けるように舌先を動かした。
「い……や、舐めちゃ、やだ、そこ、やだ」
指で縁取るように撫で回すと、ひくひくと痙攣し始める。
「春日、ローション持ってる?」
息も絶え絶えの春日が、コンドームの袋を差し出してきた。ああ、ローションとセットになってんだ。便利だな。
俺はローションを肉穴へ垂らしていく。足を抱えた春日が、いやいやと尻を左右に振った。誘っているようにしか見えない。
スカートをたくし上げてコンドームを着けるのはちょっと変な気分だった。っていうか、この服、他の奴も着るんだよな。汚さないようにしないと。
「入れるよ」
と宣言しながら、ほぐれてしまったそこへ、パステルカラーの皮膜に包まれた怒張を押し当てる。はっきり見えていれば、俺からの挿入はすんなり行くようになった。
「あ……あぁ、いや……」
俺を受け入れた春日が高く啼く。女の化粧が汗で浮いて、男の美貌が損なわれていた。奉仕する女の衣装を着せられたまま、情欲に崩れ落ちていく男の姿に、俺のうなじがざわめく。
「志門くん、すごい……いや、こんな」
安定感のある抽送をするには立ちバックの方が良かったかなと思いつつ、机の上で悶える春日を見下ろすのは、最高の気分だった。
「あん……むずむずする……もっと、もっと……」
硬い板の上なので、緩めの動きで春日を気遣うつもりが、春日には却ってじれったい快楽になっているらしい。
「も、イッちゃ……あ、あぁ、だめ、イく、ちんちんイっちゃ、ああ」
俺は春日の亀頭を咄嗟に手で包んだ。どぷっと中で弾ける。危ない。春日が精液でメイド服を汚したとか噂になったらまずい。
俺の掌に放たれた生臭い欲望は、どろっとした粘り気が強く、濃かった。拳に握り締めて、流れ落ちないようにする。
射精で達した春日の腸壁が、俺をきつく締め上げた。自分の感じる場所を求めて、春日の腰が俺へとにじり寄る。
「ん、んんッ、あ、あぁ……止まんな……気持ちいいの、止まんない……志門くん、イかせて……イ、イく……」
春日の身体は射精の快だけでは満足できないのだ。いったいそんなに何を感じているのか、ちょっと気にならないでもない……いや、でも、そっちはあの。
「志門くん、もっとして、もっと」
春日はぼろぼろ涙を流して、いよいよ化粧は流れてしまう。乱れきった春日の姿に、自分の尻穴まで疼いてきた。それを忘れようと、一心不乱に春日を突き上げていく。男を犯して悦ぶ俺の剛直の付け根で、きゅるきゅると早回しに駆け巡るものの気配。
「出す、ぞ……」
俺は春日へ宣言してから、それを手放した。女の服を着て、雌のように犯されて、ぐったりとしている男の身体に、雄の体液を……直接、注ぎ込んだことはないんだよな……いつもゴムつけてるしな……。射精で醒めていく意識の中で、俺はちょっと物足りなさを感じていた。春日に中出ししたい。
春日は肩で息をして、まだ夢見半分といった風だ。使命を果たしたコンドームの口をくくって、ひょいと机に投げると、指でつついて遊び始めた。
「学校でセックスしないって言ってたくせに、メイド服で誘ってくるとか、どういう神経してんだ」
ハンカチで手を拭きながら俺が言うと、春日はのっそりと身を起こした。とろんと疲れた顔をしている。
「だって……志門くん、浮気するんじゃないかって」
「しないよ!! ってか、俺はそっちは」
少しの間を置いて。
「そっちは、興味ないです」
「嘘」
いや、嘘じゃない……と、思う。
「お腹空いた」
そして、春日は俺が買ってきた焼きそばを、パンツも履かずに食い始めてしまう。
「あー、それ俺の」
「後でまた買いに行こ」
そこで俺は壁の時計を見た。ちょっとメシ食ってくる、では済まない時間が経過している。
「春日、衣装、着替えて次の奴に渡さないと。ってか、化粧が崩れちゃってる」
「ん……志門くんが泣かすからでしょ」
メロメロに感じまくるからだろ。いや、不毛だ、止めよう。
「志門くん、この後どうすんの、まさか帰るの?」
篠井なんか文化祭ガン無視だし、帰っても良いんだけど。
「んー……いや、夕方までは一応、なんか見て回ろうかと」
「んじゃ一緒に回ろうよ」
「良いの?」
「文化祭ぐらいは……別に……」
やった。
俺はひょいと春日の頬にキスをする。頬にピンク色が残る。
「あ、志門くん、ちょっと」
首の付け根に口付けて、リップの色を移して遊ぶ。
「調子に乗るな!」
ぺしんと頭を叩かれて、ウィッグが少しズレた。
一日目の残りは、春日と『男友達』の体で文化祭を見て回った。春日に触れることができないのは残念だったけど、楽しかった。
二日目は、卒業研究発表会の当番だ。聴衆は保護者や教育関係者だらけ。適度な緊張感の元、俺は犯罪者の更生について喋った。春日はロボットについて発表していた。文系の俺には難しかった。
それで俺の文化祭は終わった。春日は別の奴と遊びに出てしまった。メイド喫茶の片付けがあるので、俺は図書室で時間を潰した。
夕方になって、客も引けたので、宴の後の教室に戻ると。
「お前、男にナンパされまくったってマジ?」
メイド服のままの高田の大層な挨拶に出迎えられた。
「悪ふざけだよ」
ということにしておきたい。
「いや、マジっぽい人いたよね」
「あー、あの大学生ね、すごい食いついてたよね」
女子どもが要らんことを囁き合う。
「あー、いたいた、伊集院」
秋本が手を振りながらこちらに来た。服を入れる、カマボコ型の薄手のバッグを持っている。
「ほら制服、着なよ」
今着てますが。
「女子の」
着ません。
「リナちゃんがわざわざ持ってきてくれたんだよ?」
秋本は明らかに俺を責めていた。何でだ。
「なんだ、着ないの? もう俺たち高三だよ?」
春日が耳元近くで話しかけてきたので、俺は飛び上がった。
「そうだよ、高校生も最後なんだからさ、こんな機会もうないんだよ?」
制服を押しつけてくる秋本の目が怖い。何が秋本をそうさせるんだ。
「俺、見たい」
──それを言ったのが、よりにもよって春日なので、俺はついに屈服した。
女子の制服を着てウィッグをつけた俺は、人生最大のモテ期を迎えた。
「可愛い」と連呼されて鏡を見せられたが、そこにいるのは若い時の母だ。高校生の時に全国規模の絵画コンクールで賞を取った母の写真は、今も家に飾られている。
「写真撮ろうぜ写真」
と号令を掛けたのは春日である。おい馬鹿止めろ。文化祭の後までネタにされるぞこれ。卒業アルバムに載ったらどうすんの。
まだメイド服を着たままの男子と女子に裏方も加わり、何故か俺が中央に引っ張り出されて、というか、俺をそこに連れ出したのは、春日だった。
「ほら」と、俺の手をしっかりと握って。それを目ざとく見つけた誰かが、口笛を吹き鳴らした。
ああ、そういう、悪ふざけか。そうだな、質の悪い、悪ふざけだ。
スマホが次々に机に置かれ、入れ替わり立ち替わりの撮影会になり、俺も一枚所望した。春日と隣り合って手を繋いだ写真を。
写真を撮ったら撮ったで、各々確認しては笑い合い、片付けが進まない。
「広樹、本当にメイド服似合わないよね、伊集院見習ったら?」
写真を見た秋本が彼氏を扱き下ろした。メイド服着たままの高田はへらへら笑って、秋本の頬にキスしていた。俺はそれを見て胸が痛んだ。
「春日」と、思わず名前を呼んでしまったが。
「それ、早く着替えてこいよ。それとも、これからその格好で学校来る?」
机を並べ直している春日は、俺を見ようともしなかった。
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