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十七、どうか、いつまでも

 静謐な図書室の片隅。背の高い本棚が林のように並ぶ中、俺たちは司書の死角を狙って定位置を決めた。  センター入試に備えて、俺はストップウォッチを回して過去問に取り組む。が、こうも選択形式ばかりだと、飽きてくる。  スマホのタイマーは残り十分。俺はちらりと隣の春日を見た。春日は革のカバーをかけた文庫本を読んでいる。  本棚と机の木目と、髪の栗色と、ブレザーの濃い茶と、ブックカバーのブラウンと。文学少年然とした佇まいをしているが、俺は知っている……春日が読んでいるのは、ライトノベルだ。カバーは派手っちいアニメ絵を隠すためだ。しかも、何十巻もシリーズが続いてて、春日がお気に入りなのは第二シリーズで、漫画版ともども何度も読み返しているのだ。  と、春日が俺の視線に気づいて、本から顔を上げた。タイマーの残り時間を見て、(こら)と軽く俺を叱ってくれた。でも、もう問題解き終わっちゃったよ。  お互いにくすりと笑い合うと、俺はタイマーを止めて、自己採点を始める。春日が俺の手元をじっと見てくるので、緊張してしまう。  春日のスマホが振動すると、春日はそちらに気を逸らした。 (ねえ、卒業アルバム)  俺たちの他に人はいないが、春日は声を落とした。 (あの写真、載るみたいよ)  春日と女子の制服を着た俺とが、手を繋いでいる、あの写真か。 (ああいう時は大胆だよな、春日は) (だって、ああしたら絶対アルバムに載ると思ったもん)  なんだよ。確信犯かよ。  そこで、春日が俺の肩に頭を乗せ、甘えてきた。 (何点取れた?) (八十八点) (ん、数学苦手なのに、頑張ったじゃん)  俺の手は机の下へ引きずりこまれ、春日の指が絡んでくる。明らかに、もっと濃厚な接触を求めている。  他の学年は授業中だし、図書室には俺たちしか利用者はいないわけだが、それでも一応、カウンターには司書の先生がいるんだけどな。  二人きりの時間が長くなると、春日は火が点いてしまう質なのだと、ようやく分かった。俺はむしろ落ち着く方なんだけど。  春日が時折漏らす吐息が、本のページを繰る音が、椅子に座り直した時の軋みが、何もかもが全て、俺に必要だった。  高校を卒業して、大学に進学して、就職して、その先も、その先もずっと。  大げさすぎると、春日に笑われるのが怖くて言えなかった。でも、こうして一緒にいると、ふと言いそうになってしまう。  それを堪えるのは、取れない棘の痛みを我慢するようなものであった。  センターの結果は上々だった。篠井が滑り止めの私大に落ちたものだから、慰めるのに苦労した。しかし、本命の国立大の前期入試の前に卒業式である。  中学校の卒業式で、俺は藤岡と別れた。内部進学は認めてもらえたらしいが、あいつが選んだのは公立高校だった。俺は泣いてしまい、級友たちには興醒めだという顔をされ、当の藤岡にまで笑われた。  コンサートホールのような風格が漂う講堂に、俺たちは中学の時と同じように集まった。在校生も卒業生も、心なしか、中学の時よりも真剣な顔つきをしている者が多いような気がする。やはりほとんどが同じ大学に行くのだが、どこからか鼻をすするような、嗚咽を堪えるような、そんな音が時々聞こえてくる。堅い木の椅子の背にもたれて、俺は式次第のプリントを眺め、賓客の送辞を聞き流していた。 「次に、卒業生からの答辞です。卒業生代表、春日秀司くん」  はい、とよく通る声で返事があった。来賓に会釈して、春日はひな壇に颯爽と上がっていく。 「二月も半ばを過ぎて、春の気配もすぐそこにまでやってきています……」  手元に原稿こそあるが、春日はそこへ目を落とすことはなく、淀みなく喋り出す。背筋をピンと伸ばして、スポットライトに照らされて、いったい春日以外の誰が、今日この日にそこへ立てたというのだろう。ダークブラウンのブレザー姿も、二度と見ることはできないだろう。見納めだとばかり、食い入るように見つめている女子が何人もいるのに、俺は気づいていた。だが、彼女らは知らない。知るわけもない、つい数日前に、あそこに立つ春日が、ブレザーもズボンも脱がされて、美術準備室でめちゃくちゃに犯された──なんてことは。  バレンタインデーに、家族に作ってやるふりをして準備したトリュフチョコを自習の合間に渡したら、いたく感激されてしまったのである。 「志門くんから、もらえるなんてこと考えたことなかったし……俺は何度か考えたよ、靴箱に入れてさ、匿名で」  もじもじとそう語る春日からも、とんでもなくお高そうなチョコをもらったのだが、こんなのが靴箱に匿名で入っていたら何かの間違いとしか思わなかっただろう。  図書室で飲食はできないので、休憩するというので外へ出た。人気のなかった美術室に入って、トリュフを一口で丸ごと食べた春日に、文字通り甘い味のキスをされて。 「ねえ、チョコレートって媚薬の効果があるって、知ってる?」  後はもう、衝動と欲望だけが全てだった。何かの用事で、教師や他の生徒がいつやってくるか分からないというのに、春日は大いに乱れた。壁に手をついて尻を俺へ突き出し、折り畳んだハンカチを猿ぐつわにして、鼻の穴を丸くして、俺に二度も犯された。  割れんばかりの拍手で、白昼夢から醒めた。股間に妖しげな熱が籠もっている。俺をそうさせた本人は、きびきびした動作で退場しているところだった。俺と情事にふけったことなんて、まるで覚えていないように見えた。  卒業証書は、一人ひとりが名前を呼ばれては正面に出て受け取ることになっていた。太股に力を入れ、深呼吸して、馬鹿げた妄想で膨らんだ股間を静める。  卒業証書を受け取った後に、ひな壇で一言挨拶せねばならない。「本日はありがとうございます、大学へ行っても頑張ります」とかその程度のことだ。まだ進路が決まっていない俺は、卒業証書を見ても何の実感も湧かなかった。予行練習では「大学では弁護士を目指して頑張ります」という下りがあったのだが、俺は「本日はありがとうございました」で打ち切ってしまった。  卒業式が終わって教室に戻ると、もうお祭りムード一色であった。春日は色んな奴に取り囲まれて、俺なんかが近づく余地がない。  担任が戻ってきて、一旦は着席して、最後の挨拶。数学教師らしい神経質そうな中年男性で、俺はこの担任の授業のせいで数学にやや苦手意識が出たように思うが、それでも俺たちへ別れと励ましを語る担任を見ていると、何となく寂しくなってきた。  そんな担任にサプライズで花束が用意されていて、渡すのが誰って、やっぱり春日なのだ。はにかむ担任は意味もなく目をこすっていた。もう何度もそういう経験はしているだろうに、春日が相手だと教師も勝手が違うのかもしれない。  花束を手にした担任とクラス全員で写真を撮るというので、黒板の前にわらわらと集まる。春日は担任の横へ来いとみんなが前と押し出した。俺は隠れるように後ろの方に回った。 「おぉい、伊集院、顔が暗いぞ」  カメラをセットしている高田が余計なことを言ってきた。  俺の前にあった頭がくるっと回って……それは篠井だった。 「二次試験の心配か? お前だったら大丈夫だよ、ちくしょう」  まだ機嫌が直っていないらしい、完全に突っかかられている。 「二人とも、もっと自分に自信持てよな」  春日はクラスのリーダーとして俺たちに声を掛けてきた。それに追従して安直な励ましの言葉が飛び交うが、篠井は「お前らがそこまで言うならやってやるよ」と、満更でもなさそうだった。 「はいはい、んじゃそろそろ行くぜ、これが本当に最後なんだから、景気いい顔してくれよな!」  タイマーのセットを終えて、集団に急いで戻ろうとする高田が、途中けっつまずいて、ドッと笑い声が起こる。「早く!」と声が飛ぶ。俺はそのやり取りをどこか遠くから見つめている気分だった。  卒業パーティーだか何だか、そういった催しがあるらしかったが、俺は遠慮した。篠井までそっちに行ってしまったので、駅までの道も一人だった。帰宅ラッシュからズレた午後の電車は程よく混んでいた。ざらざらした肌触りの電車の椅子に座って、ふらふらゆらゆら、頭が働かない。スマホを見ても、そこには何の通知もない。俺は『ハルカ』の表示名を『春日』に直した。  夕飯も終わった頃に、ようやく春日から連絡があった。 『二次試験終わったら、ご飯食べに行こう』 『おごるよ、今日来なかったし』  俺の小遣いでは収まりきらない店にでも連れて行くつもりだろうか。春日なりに俺に尽くそうとしているのだとは分かっているのだが。 (いいって、別に、普通に会ってくれれば) 『なんか今日、元気なかったね』 (自信がなくなってきた)  それはもちろん、春日には受験の話として伝わる。 『志門くん、プレッシャーに弱い? むしろそういうの気にしない方かと思ってた』 (受験って、中学受験以来だしね) 『そっか。最後の追い込みの邪魔したくないし、志門くんの方から連絡して、待ってる』 (うん、分かった)  とは返事したものの、俺が次に連絡したのは、二次試験の二日目が終わった二十六日の夕方だった。 (多分、落ちた) (後期試験があるから、もうちょっと放っておいて欲しい)  春日は『頑張ってね』とだけ、返信をくれた。  合格発表は篠井と見に行く約束をしていたが、当日になって(一人で見に行く)と送った。篠井は『大丈夫だと思うけどな』と返してきた。俺とは逆に、二次試験で自信を取り戻した篠井は妙に人当たりが良くなっている。  ベッドから出る気がせず、昼過ぎまで寝てしまった。その間に入学書類でも届かないかと思ったが、配達はなかった。母に「見に行け」と叱咤されたので、俺はとうとう、外に出た。  今日は少し暖かいようだったが、俺は冬物のジャケットを羽織った。篠井から『番号を教えろ』と連絡が来ていた。そうか、お前、受かったんだな。  付属大学のキャンパスに比べると、国立大のキャンパスは色あせて枯れた雰囲気に思えた。黒山の人だかりは、受験生だけでなく、新入生を歓迎する気の早い大学生やら、過保護な保護者やら。  受験票を手に、掲示板の前に進む。三桁目の数字が同じ列を探す。次に二桁目。それで一桁目が同じものが。 「あった」  そんなことをつぶやいてはいけなかった。たちまちの内に、むくつけき男子大学生が俺に殺到する。 「合格おめでとうございます」  止めてくださいと言うよりも早くに、俺は勝手に胴上げされてしまう。いや、あの。これで落ちて怪我でもしたらどうなるんだ。  アメフト部のチラシをジャケットのポケットにねじ込まれたが、ここだけには絶対入らないと誓った。スマホの振動を感じたので取り出すと、自宅からの着信。入学書類が届いただと。やれやれ。  悲喜こもごもの人混みからぺいと吐き出されるように、俺はキャンパスを離れた。これからどうすれば。ええと、入学書類は母に任せて良いんだろうか。  ──ああ、そうだ。春日に連絡しないと。  俺は通話を選んだ。恐るべき速さで繋がった。 『受かったね?』  で、第一声がこれ。俺から連絡したんだから、分かるか。 『志門くん、本番に弱すぎ。どうすんの、司法試験』 「あの……頑張ります」 『頑張ってくれないと困るよ』 「え、それって」  俺はその言葉の意味を突っ込みたかったのだが、春日は話を進めてしまう。 『で、会える?』 「うん、会いたい」 『Cって喫茶店、分かる?』  それ、この大学の近くにある有名な店じゃなかったっけ? 『……そこにいる』 「今行く!!」  俺は通話を切って駆け出した。  春日は喫茶店でノートを広げていた。内容はもう高校の勉強ではなく、機械の回路図とか、そういった何かだ。手には俺がプレゼントした多機能ボールペン。 「いつからいたの?」 「昼飯ここで食べて……何となく、午後にならないと、出て来ないだろうと思ったし」  春日はカリカリとボールペンのキャップを噛む。群青のニットに薄い青のデニム、耳には銀のイヤーカフが見えた。既に大学生に見えた。これで工学部って、逆に浮くんじゃないのか?  年輪が黒く染みこんだテーブルに、俺の注文した酸味のある香りのコーヒーが置かれた。 「良かったね」  春日はぶっきらぼうに言った。 「うん」  俺も小さくうなずいて、コーヒーを飲む。  春日はノートをしまい始めた。 「飲んだら出よ」と言ったので、俺はきゅっと飲み干してしまった。 「ゆっくりで良いのに」 「良い。出よう」  俺は席を立った。春日が「ちょっと」と言いながら、まとまりきらない荷物を腕に抱えて、後に続いた。  店を出て、早歩きに最寄り駅までの道を進んだ。 「伊集院」と、春日が俺の名字を呼んだのは、あるいは知り合いに目撃される可能性を考えてのことか。 「おい、待てって」  春日が小走りに追ってくるのを、振り切るように更に早足になって。 「春日、だってもう、俺……」 「分かってるけど」 「ちょっと早くどこかに」 「分かったってば」  春日はついに俺の手を取ると、振ってきた。 「落ち着け、馬鹿」 「おっ……」  落ち着いていられるか。  俺、もう三週間近く、春日とセックスしてないんだぞ!! 無理だ!! 「もう、もう、俺、破裂する」  春日に手を触れられたことで、つむじが火照るほどにカッカしてくる。最寄り駅、K線通ってるし、Y駅まで我慢しようと思ったのにな!! 手なんか触ってくるからな!! この野郎!!  俺は春日の両肩をがっちりと押さえ込む。春日がぎくりと硬直する。 「ちょ……待て、あの、行くから、大丈夫、分かってるし、そのつもりだったし」 「春日、もうこの辺で良くない?」  俺は周囲をきょろきょろ見回すが、飯屋に文具屋、印刷所……ええい何だ、これじゃまるで学生街だろ! 「落ち着け、伊集院」 「あそこに電話ボックスあるけど」 「ねーよ!!」  ぽかりという擬態語が相応しい拳で頭を殴られた。 「だって……もう死んじゃう」 「死なないから……分かった、じゃあちょっとだけだからね」  春日が俺のジャケットの裾を掴んだ。スマホで地図を見ながら、春日がずるずると引っ張りこんだのは、公園だ。けっこう大きい感じの。ええ、まさか、あの茂みでとか……。 「こっち!」  裾を引っ張られると歩きづらいのだが、俺は春日に必死で付いていった。そして、やっと目的地を把握する。  公衆便所にしては比較的綺麗な部類だ。外壁はタイルのモザイクで彩られ、男女の他に障害者用の広いスペースのものもある。春日の手は障害者スペースの引き戸を開けていた。え、そっち? 「早く入れ」と言われ、尻を蹴飛ばされた。素早く春日も身を滑り込ませ、鍵をガチャリと掛けた。 「あの……ここは、車椅子の人の……」 「うるせえ、抜いてやるからさっさと出せ、このケダモノ」  ひどい言われよう。  俺は洋式便器の横の手すりに腰をもたせかけて、かじかんだように強ばった手指で、ズボンを下ろして、張り詰めたそれを引きずり出す。春日がその前にしゃがみ込むんだけど、そうじゃなくてね。 「かすが……ヤりたい」 「は!?」 「すぐ済むから、多分……お願いします……したいです……」  春日がわなわなと震えている。顔が激怒の色で紅潮している。「はあ」と吐いた息は炎の勢いで。  春日は、ベルトのバックルをガチャガチャ鳴らして、春物のジーンズを下ろした。何と下着が黒のTバックで、春日の股間をもっこりと強調していた。うう、後ろを向け、後ろを!  洋式便器の蓋に膝を置き、貯水槽へ手を当て、尻を俺へ突き出す。尻肉の割れたラインに黒い下着の筋。てらてらと光る引き締まった双丘。  春日はバッグに手を突っ込むと「ほら」とあのローション付きのコンドームを差し出した。これを持ってるってことは……こういうことになると、分かってたんじゃないのか?  俺はローションを指に取って、尻に食い込んだ下着をずらして、穴を抉るように塗りたくっていく。 「ん……ちょっと、痛い……」  春日が痛みに悶える姿に股間が震えた。暴発寸前の股間にもローションを塗りたくる。ぽかぽかとあったかい。あの、じゃあ、良いですかね。 「志門くん!!」  春日が叫んだ。今の、外に聞こえたんじゃないの? 「あ、だめ……ちょっと、ゴム……」 「え?」  もう亀頭は春日の艶めかしい肉の穴に収まっている。粘膜の絡みつくような感触が、ぷくぷくに膨れた亀頭をくすぐってくる。 「だめ……生、だめ……」  そんなこと言われても、もう入れちゃったし。俺は春日を突き崩すように、更に中へ進んでいく。  春日の腸壁は微細な動きで俺の竿をくすぐってくる。少し腰を引くと、粘膜がずるずると竿の皮膚を引っ張ってきた。 「あ、ああ……やぁ、抜くの、だめ……」  春日が涙声で言うので、今度は腰を進めて奥を狙う。直腸を抜けるとぽっかりと広い。そこから突き当たる壁に、亀頭をつんと押し当てると、脳みそまでじぃんと痺れた。  亀頭を突き当てたまま、そこの壁を引っ掻くように腰を使う。ローションがぬちゃぬちゃと音を立て、春日の尻が俺の腰の骨を揺さぶってくる。 「や、突かないで、止めてぇ……あ、ああ……いや、こんな、の……したら、あぁん」  また腰を引いて、腸壁が俺の竿に追いすがってくる感触を楽しみ、裏筋をこすりつけるようにして、前に進み出る。  襞の絡みつき方がいつもと違う。皮膚に直接感じる温もりと粘つき。勢いを付けたら粘膜を傷つけてしまいそうなので、臍に力を入れて我慢して、優しく、あくまで優しく、前後に往復する。  歯を食いしばった端から、だらりと涎が垂れてしまう。知性も理性もぶっ飛んだみっともない面をしているのが自分でも分かる。気持ち良すぎる。 「い、いぃ、志門くん、いぃ……いぃよう……ああ……」  春日の身体から、むわっとした桃色の蒸気が立ち上ったのを、確かに見た。俺は春日の股間に手を回してそれを確認する。 「パンツん中に出しちゃった?」 「ん……だって、志門くんの……」  春日は生唾を嚥下する音を立てた。 「久々の、ちんぽ、生とか、おかしぃ……生、やだぁ……気持ちいぃよぅ……」  俺も貯水槽に手をつき、春日の背にのし掛かる。ストロークは短めに、しかしピストンは少し速めにして、奥を突く。柔らかい肉襞に、亀頭をぐりぐり押しつけて愉しむ。 「あん、あん、それだめ、動かないで、動いちゃだめ、動いたら、あ、あぁ、あ……」  春日の膝が便器の蓋からずり落ちそうになったので、慌てて膝裏に手を回して、姿勢を保たせるように膝を支えた。そのまま下から上へと突いてやると、春日の全身が雷で打たれたように固まった。 「ん……い、いぐ……い、い……いぐ……あ゛ぐぅ……」  雌の悦びの絶頂に、雄が嗚咽を漏らした。 「あー……だめ、もうだめ、だめだから、抜いて……志門くん、俺もうだめ、だめだから、抜いてぇ……おかしいから、もう、おかしい……」  だが、俺の股間の猛りが感じているのは、外へ出ていくなという、直腸の押さえ込むような収縮だ。そこは出て行くものを抑えることもできる場所だから、当然の動きだろうか。しかし、雄を求める雌ですら、ここまで貪欲ではないだろう。  俺を締め付ける春日から、ゆっくりと引き抜く動きをする。雁首がずるりと腸壁を掻いた瞬間に、春日が「ああ」と絶叫する。今の、外に聞こえてるだろうなぁ。 「ちんちんで、めくんないで、めくっちゃ……壊れちゃぅ……お尻、壊れる……」  今の動きがお気に召したようなので、俺は雁首で腸壁を擦る生々しさを意識しながら、春日に腰を打ち付けた。 「ふぁっ……あん、あぁん、しもんくん、カリがぁ、カリ気持ちいぃ、中に引っかかるぅ……カリ引っかけないで、気持ちいい、変になっちゃ……」  少し腰を引いて、春日のペニスの裏の膨れ上がった所に亀頭を乗せ、裏筋でごしごしとこすって互いの性感帯を刺激し合う。 「あぁっ……そこぉ、そこ、イイ、最高なの、生ちんぽ、イイ……ああ、もう、いぐ……またイく……いいの来ちゃう……ああ……」  春日の喘ぎが、俺の揺れる玉袋の中身を締め付けていく。 「ん、んん、あ、あぁん、しもんくん、ちんぽすごい、最ッ高……あぁん、気持ちいい……!」  春日の暴れようは、猟師の罠に掛かった哀れな子鹿のようで。黒のTバックのラインが電球に照らされて、てかてかと光って。 「いぐっ……いぁ……しもんくん……イってる……俺、俺……すごい、イッてる……」  春日の手がついに貯水槽を離れて、上半身を洋式便器に投げ打った。俺は春日の尻を引き寄せて、自分の射精のためだけに腰を振った。力が抜けきった春日は、俺に揺さぶられるがままになってしまう。  別荘の便器に春日の幻を被せて自らを慰めた、あの背徳感の比ではない。俺は公衆便所に春日を押し倒して、正真正銘、ただの性欲のはけ口にしているのだ。 「あ……あぁ……中に、出し、出しちゃ、ああ……出ちゃう……志門くんの、せーし、中に……中、出ちゃ……やだ……」 「違うだろ」  俺は春日の耳殻に挟まったイヤーカフを噛んだ。カチリと冷たい金属音。春日の背が弓なりに、カタカタと歯を鳴らして。 「う、あ……出し、て……志門くん、俺の中に、出して……」  その要求通りに、玉に溜めに溜め込んだ性欲の塊を、春日の中へぶちまける。欲棒の芯を伝う淫らな迸り、それを春日の内臓に染み渡らせる征服感。俺の四肢もくたくたと力を失い、春日の上へ覆いかぶさった。春日の身体に腹を這わせ、小洒落たニットを揉みくちゃにしてやる。 「あ……中に、出したぁ……馬鹿ぁ……」  外にぶっ掛けるわけにもいくまい。  後は言葉もなく、洋式便器に折り重なって、お互いにハァハァと息を弾ませていた。  動いたのは、春日が先だった。 「くっそ……合格祝いだからな、特別だからな! 次からゴム着けろよ!」  春日は俺を引きずり落とすように、身体を起こしてしまった。俺は公衆便所の床に、みっともなく尻餅をついてしまう。 「あの、そんなつもりじゃなくて、その……飛んじゃった……」  情けない言い訳をする俺を、春日は睨みつける。Tバックの前が先走りと精液でぐっちょり濡れて、黒が淫猥に濃くなっている。 「そんな下着持ってるなら、いつも履いてよ……」 「二度と履くか」  春日はGパンを脱ぐと、Tバックを足から引き抜いた。うお、ノーパンになるのか、と思ったら、替えのパンツ持ってましたね。 「ったく……すごい量溜め込みやがって」  春日はパカリと便器の蓋を開けると、尻をそこへ突き出し、指を突き立て……。 「な、なに、して」  俺の放ったものが掻き出され、ボトボトと水溜まりに落ちていく。あまりのことに、俺は目を逸らした。 「とりあえず、これで良いや」  トイレットペーパーがカラカラと回され、衣擦れの音がして、視線を戻すと、いつものボクサーパンツ姿の春日がいた。脱いだTバッグを指でつまんで、しかめっ面になっている。 「ここまで汚されると思ってなかったんだけどさ」 「要らないなら……記念にください」 「あ・ほ・か!」  春日にデコピンされた。尖った痛みに目がつんとした。 「いつまで便所の床で腰抜かしてんだよ、汚いよ」 「あの……た、立てない……」  春日はあんだけイって、どうして平気なんだよ。 「腰抜かすほど気持ち良かった?」  今度は額にキスしてくれた。 「うん……あの、うん……」  俺はそこで手すりの存在を思い出し、それを掴んで自力で立ち上がった。いや、セックスで腰抜かした男のための手すりではないんだが。 「ちんちん綺麗にして手洗ったら出るよ」  ラブホなら春日が綺麗にしてくれるんだけどなぁ、ここでは自分でやらなきゃだめそうだ。  俺が始末している途中で、春日は外の様子を窺う顔になり、「先に出てるよ」と、出て行ってしまった。まあ、二人一緒に出て行って、トイレを真っ当な用事で使用するつもりの人に出くわすというのは、男のカップル云々以前に決まりが悪い。  手も洗って、ハンカチで拭きつつ、外に出ると、春日の姿がない。左右を見回すと、少し離れたベンチで、自販機で買ったミネラルウォーターを飲んでいた。  その前に、のっそりと立つ。 「えぇと、それで……今日は……」 「おしまい」  ですよね。これだけめちゃくちゃやればね。うん。 「……と言いたいけど、Y駅行こ。ラブホ入る」  やったぁ。 「テメェが中で出したのちゃんと洗いたいんだよ、クソが」  立ち上がった春日に、頬にベチッとペットボトルをぶつけられ、小さい声で罵られた。 「う……俺もお風呂入りたい」 「でしょ。だから行くよ」 「あともう一回」 「うるせえ」  春日は吐き捨て、ずんずん歩いて行く。ああ、その尻にまだ、俺の精液が残ってるかと思うと、もうね。  と、春日が振り向いたのだが。 「全部顔に出てるんだよ! 何考えてるか! その弛んだツラで近寄るな!」  あ、はい、すいません。  近寄るなというので、俺は春日から三歩ほど離れて、駅まての道をてくてく歩く。あ、そうだ、篠井に連絡するの忘れてた。(受かったよ)と送信……『知ってた』だと。冷たくない?  駅に着くと、春日はICカードで颯爽と改札を通過、俺は残額不足で突っかかり、春日に「どんくさい」と笑われた。  駅のホームに下りる階段を歩いて、ふと思う。Y駅なんかじゃなくて、もっともっと遠いところに、二人で一緒に行けたら良いのにな、と。  Y駅方面の電車が来るまで時間があった。隣に立つ春日は、俺から少し距離を置いて立つ。恋人ではない、友人の距離。手を繋いでいたいと思ったが、人の多いところでそうするのを春日は嫌がる。 「なあ春日。旅行、行こう」 「卒業旅行はもう無理でしょ」 「夏休みとか。良いだろ」  春日は少し困った様子で、うぅん、と曖昧な相づちを打った。 「なんだよ、その反応」 「一晩中付き合わされそうだなぁと」  お泊まりで……春日と……。 「って、それだけじゃないってば」 「ん」と、春日はまたうなずいているのかどうか分からない反応をして。 「……分かってる。良いよ」  春日の日本人離れした濃茶の瞳に、到着した電車が映り込み、キラキラと明滅する。その輝きに、俺は吸い込まれそうだった。  電車に乗り込む流れのドサクサで、俺は春日の手を取った。「こら」と小さく言ってきたが、ちゃんと握り返してくれた。電車の混雑に、俺たちの手を繋ぐ姿は埋もれた。

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