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【おまけ】伊集院くんと春日くんの一泊二日/前

 地獄の夏期講習──去年は教わる方だが今年は教える方──が終わり、その甲斐あって俺の預金通帳にはがっつり資金が貯まった。そう、春日と旅行に行くのだ!  俺の大学近くの喫茶店Cは、すっかり春日との待ち合わせスポットになっている。モノクロ映画に出てきそうなアンティークさ、大学関係者しか立ち寄らぬ静謐さが、お互い気に入ったのだ。ついでに最寄りがゲイタウンの沿線だという事情もあるが。  春日のお気に入りはカフェオレだった。白磁器のカップに満たされた淡いブラウン、それと同じ色のニットを着ている。今年の夏に髪型を変えて、ミディアムボブからショートボブにした。髪を短くしたら男っぽくなったというか、お兄さんぽくなった。高校では禁じられていたピアスホールを開けたので、それが分かる髪型にしたかったらしい。今も細い金のフープが左耳で光っている。 「春日、今年のクリスマス、どこ行く?」  さざ波のような年輪が刻まれた木製テーブルに、駅前の旅行代理店から取ってきた国内旅行のパンフレットを並べていく。 「ずいぶん色々持ってきたね」 「クリスマスプランもいろいろあるよ……リゾートホテルでディナーとか。でも春日の口に合うかな」  オーナメントも華やかなクリスマスツリーの下で春日と過ごすクリスマスを思い描き、ちょっと顔が熱くなってくる。が、春日は憮然としている。 「志門くん。男同士じゃそういうプラン使えないって」 「え? なんで。差別じゃん」  俺の脳裡に法学部の授業が甦る。同性愛者の利用を拒否した宿泊施設は、裁判で敗訴したのだ。 「そりゃそうなんだけど、実際問題、同じ部屋に泊まれるかどうかも怪しいよ」  なんてこった、それじゃ何のために旅行に行くのか分かんないぞ!? 「パンフ見て、行き先の見当つけて、個別に当たった方が良いかもね」 「そっか。それならそれで、もっと高級な所にしてもいいよ」 「いいよ、そこまでしなくても」  春日はリゾートホテルのパンフレットをさっと横へ流してしまう。残ったのは温泉宿のものばかりだ。 「俺、あんま温泉とか行ったことないし、こっちがいい」  春日と二人、しっぽりと……温泉だと、クリスマスというより新婚旅行っぽくないか? 「何ニヤニヤしてんの」  案の定、顔に出てたみたいだ。 「春日と旅行に行くのだけを楽しみにバイト頑張ったもん。あと、クリスマスプレゼントも良いの買えるよ」  春日はカップからカフェオレをすすりがてら、ふうとため息。 「だから、俺のことばっかりじゃなくて、自分のために金使えって」 「自分のためにって、うーん……じゃあ、ジャケットは新調しようと思ってるから、一緒に買いに行こう」 「うん、それはいいけど……ああ、カニがおいしい所がいいな。かにすき食べたい」 「おっ、いいね。あとさ、露天風呂付きの部屋がいいんだけど」 「言うと思った」  春日がニヤリと笑い、テーブルの下で軽く足が蹴られた。ああもう、エロ目的だと思われてる。 「だって、そっちの方がゆっくりできるじゃん、春日は人目気にするしさ」 「はいはい、わかったわかった」  冷やかし口調で言って、春日はスマホを取り出す。 「うん、温泉なら、男二人でもOKっぽいな」  スマホがテーブルに置かれた。ネットの検索結果に『男二人旅の温泉』と出ている。温泉なら、男友達同士で行くかもな。  試しに宿の名前をタップすると、カニの写真が全面に出てきた。足を揃えてハサミを掲げたお馴染みの姿。  春日の指が写真をスワイプすると、皮を剥かれて白く輝くカニの身、殻ごと鍋に放り込まれて赤く茹であがったカニの足、黒々としたかにみそ……これでもかと料理をアピールしてくる。 「やっぱり、ちょっと奮発しよっか」  春日でも目で見て欲しくなることはあるんだな。 「もちろん。どうせなら、メシのうまい所で、ゆっくりしようよ。何泊する?」 「えっ……あ、ごめん。俺、一泊しか無理」 「あ、そうなの」  カップルで初めての旅行ならばそんなものかと思いつつ、でも春日と旅行に行くのなら二泊三泊という青写真も思い描いていた。  俺の表情に失望が出るのは避けられず、春日も静かにうつむいた。 「親が、ちょっとね……クリスマスの時期に友達と旅行って言っても、女隠してると疑われそうだしさ」  春日の親は、恋人がいるなら紹介しろとうるさいらしかった。ハル電機の御曹司も大変である。 「じゃあ、イブに行くのは止めた方がいい?」 「うん……できれば。ごめん」 「いいよ、日はそんなに気にしてないし」  何より重要なのは春日と一緒に旅行へ行くことなんだから。  日程と宿を絞りこんで、さて果たして男二人で同室の予約が取れるのかという話だが、あっさりと予約は通った。あとは大学が冬休みになるのを待つばかりである。  旅行当日の朝、天気予報では「全国的に大雪」だという。家を出ると、既に雪の小さな粒が風に混じっていた。新調した紺のダウンジャケットのフードをひっかぶる。  平日だから、バスも電車も通勤客がほとんどだ。まだラッシュの時間ではないが、旅行用のショルダーバッグはいかにも邪魔だった。膝に抱えて座り、電車に揺られる。早く春日に会いたかった。  特急列車の発着するターミナル駅で、三々五々に散らばる人々をかき分け、待ち合わせ場所に向けて自然と歩調が早くなっていく。 「志門くん」  改札の脇でひらひらと春日が手を振ってくれていた。グレイのロングコートに、キャメル地のチェックのマフラー。足元には黒のボストンバック。 「今日、それで寒くない?」  俺が首に何も巻いてないのを見て、春日が言った。 「クリスマスプレゼント使おうかと思って……前のはボロっちくなったし」  俺たちはプレゼントをする時には相手のリクエストを聞く。俺はマフラーで、春日はコレクションしているピアスだ。 「じゃあ……あげるよ、もう」  春日は鞄から紙袋を取り出して、俺の胸にぐいと押しつけた。 「念のため、駅弁買っとこ。電車、雪で遅れるかもだし」 「うん、良いけど、マフラー見たい……ああ、春日ってば」  春日は逃げるように駅弁屋に向かう。これは何かあるなと、紙袋をごそごそとやって……。 「あっ、春日ってば、ねえ春日」  駅弁屋の列に並んだ春日の隣にひょいと入る。 「お弁当、どれにするの。まとめて買うから、早く」  春日の口調が刺々しいのは、まぁ照れ隠しなんだよな。俺のマフラーはブルーグレイを基調としているが、チェックのデザインは春日と同じだった。 「あの……うれしい」 「お弁当は?」 「じゃあ、あそこの幕の内で」  春日にお金を渡して、横入りしてしまった列から抜ける。かぶりっぱなしだったフードをおろし、首に巻き付ける。マフラーの肌触りはすべすべで、俺を心地良く包んでくれる。 「ああもう、うっとうしい」  俺がマフラーの幸せに浸っていると、弁当を買ってきた春日は、その箱で俺の脇腹を小突く。 「だって、嬉しい」 「これ人気あるブランドだから、デザインかぶっても別に普通だし」  春日はごにょごにょと言い訳して、つんと顔をそむけた。  改札を抜けてホームに入ると、年配の人間が多いが、俺たちと同じ大学生らしき男女もいた。到着した特急列車は外装も内装も新幹線そっくりだ。 「でもさ、温泉に行くなら、昔っぽい電車の方が、風情あるかもね」  俺が思ったことを春日が言った。  車両に俺と春日、二人きり。窓に吹き付ける雪に、クッションの薄い座席、名も知れぬ駅と駅の間をのろのろと進む電車……でも、二人身を寄せ合っていれば、凍える車内でも快適で……。  ──などという俺の妄想は、その一部が現実のものとなってしまった。 『電車が遅れ、大変ご迷惑をおかけしております……現在、この列車は、大雪のため、徐行運転となっております……』  もう言われんでも分かっているわと怒鳴り返したくなる車内放送が再び流れる。 「すごい、真っ白」  でも、春日は窓の外を見て、なんだか嬉しそうなんである。 「この雪じゃ、観光できないかも」  温泉街の手前に旧い城下町があるので、見て回るつもりだったのだが、雪に埋もれてそうだ。 「あ、映画持ってきたよ。ゲームも」  ……中学高校とテニス部のお坊ちゃんが、これで意外にもオタクのインドア派なんだから、世の中分からない。 「それじゃ家で遊ぶのと変わんないだろ、まったく」 「どうする? お弁当食べちゃう? お昼までに着くのはちょっと無理そうだし」  観光中にいろいろ買い食いしようなんて話をしていたが、確かにもう腹は減ってきた。 「うん……でも、ここまで来たんだから城下町にも寄ろうな」  春日のプレゼントしてくれたお揃いのマフラーで、一緒に雪国の街並みを……あ、そうだ。春日にプレゼント渡してないや。  ということで、弁当を食べ、お茶で一息ついてから、春日にプレゼントを渡す。 「はい、プレゼント。付けてみせてよ」  春日は怖いぐらい真剣な面もちで、箱からピアスを取り出した。ブラックダイヤモンドをあしらったシンプルな片耳ピアスだ。 「似合う?」  春日は頭を傾けて、右の耳朶を少し持ち上げてみせる。そこに黒々とした煌めきがあった。俺は思わず顔を背けた。えぇい、グッと来てしまうだろうが、そんなことされたら! 「なんだよ、その反応」  春日の声が低く不機嫌に染まる。なんだよ、なら、ほっぺにチューとかしていいのか!? 外でイチャつこうとすると嫌がるくせに!  すぅっと特急列車が動き始める。加速がつき、徐々に本来のスピードを取り戻していく。 『大変長らくお待たせいたしました、本日は大変ご迷惑をおかけしております、先ほどの駅を二時間遅れで発車しました……』  アナウンスする車掌の声は疲れた様子だが、少し柔らかくなっている。どうやら状況は好転したらしい。 「やっとか……もう、座ってるのも疲れてきた」  春日がぐっと背伸びをするのを、俺は頬杖ついて見守る。今日は一日、ずっと、春日と一緒だ。  城下町は、空も道も建物も曖昧に、灰白色で塗りつぶされていた。空気が突き刺すように冷たい。俺は春日にもらったマフラーを顎まで持ち上げた。 「ほら、ほら、志門くん、足跡すごい」  春日は、道の脇に積み上げられた雪に踏み入った。長い足を包むレザーのブーツで、雪をくり抜いて喜んでいる。 「止めろって、ガキだな」 「だって、こんな雪見るの初めて」  頬に朱を差した春日が笑うと、大輪の花のようだった。無性に抱きしめたくなるから、そういう顔はしないで欲しい。  俺たちは城までの大通りをのろのろと歩いた。悪天候だが往来する人々は多く、時おり雪風が吹き付けると、わぁと悲鳴が上がる。  立ち並ぶ土産物屋をちょこちょこと冷やかすが、女向けの小間物が多かった。酒はまだ飲めないしなぁ。と、春日が漬け物屋の前で足を止め、キュウリの一本漬けを買った。  キュウリにかぶりつく春日を見て、俺も何か食べたいと思った。でも、肉がいいな。 「何見てんの?」 「え? 俺、何食べよっかなって」  俺の答えを聞いて、春日は「フフン」と嫌味な笑い方をする。 「やらしいこと考えてたんじゃないの?」  食いかけのキュウリを口元に突きつけられ、俺はむっとする。 「そんなことばっかじゃないよ、俺」 「んじゃ、あーん」  あーん?  俺はキュウリを前に止まってしまった。春日は「なんだ」と鼻白む。 「いいよ、もう」  キュウリはすっと遠ざかり、春日の口にきゅっとくわえこまれた。あの、変なこと言うから、変なことを……ではなくて! 今ひょっとして、食べさせようとしてくれた?  しかし、春日はその後、キュウリを一人で食べ終えてしまった。ああ、俺のばか。春日の貴重なデレを逃すとは。 「この天気じゃ、お城、登れないかもね」  春日はキュウリの串をぶらぶらさせながら、残念そうに言った。春日は高い所が好きなのだ。地図と見比べては、どこに何かあるかを見つけて、俺にも教えてくれる。  俺は手元のガイドブックをペラペラめくり、行けそうな場所を探す。 「じゃあ、この神社なんかどう? 竹林の参道がきれいだってさ。少し歩くけど」 「うん、じゃあ、そこ行こ……寒ッ!」  不意に吹いた北風に、春日はぶるりと震えた。暖めてあげたいが、人目があると手も握らせてくれないからな。  神社の方へ向かう小道に土産物屋はなく、地元の住宅が並んでいた。踏み固められた雪の足跡は参拝客のものだろう。それをたどって、竹林を目指す。  昔話に竹林はよく出てくるが、実物を見るのは初めてだ。青々とした竹がびっしりと生える様は、思っていたより迫力があった。 「竹ってこんなんなんだ、ちょっと怖いね」  春日は空を見上げていた。すらりと伸びる竹は天をも覆うほどだ。  参道は細く蛇行していた。竹林は雪を抱いてしんとしている。声を出すなという警告表示はなかったが、何となく黙り込んでしまう。  隣を歩く春日を見た。寒さのせいか瞼は重たげで、瞬きする度に長い睫毛がちらちら動く。頬が少し青ざめていて、俺と同じ柄のマフラーを手で引き寄せている。もちろん暖を取っているのだろうが、愛おしげに頬ずりしているようにも見えた。俺がプレゼントしたピアスは、歩く度に雪明かりをちらつかせて──ああ、もう、だっ……抱きしめたい!  どうせ拒絶されるだろうと思いながら、俺は春日の肩に手を回した。春日の半身を少し強引に俺の胸元へ引き寄せると、春日の温もりがふわりと伝わってきた。あんまりべったりすると歩きづらいけど……でも、春日は歩調を合わせてくれて……あれれ? 「だって、寒いんだもん」  春日は文句を言う口調で言ってきた。俺は自分の頬を春日の頬にぺたっとくっつけた。冷たい。しかも、春日は俺にされるがままだ。 「あったかい?」 「……うん」  こんな調子で神社を参拝した俺が、何を願ったのかは言うまでもないだろう。  俺たちの泊まる旅館は比較的新しめの所だった。数寄屋造りとでもいうのか、純和風の豪邸めいた門をくぐり、チェックインを済ませる。  予約した部屋は二人には広すぎるくらい、青い畳も新鮮でモダンな和室だ。障子のデザインをした扉の向こうに、檜造りのテラスと檜の湯船がある。 「俺、身体洗ってからにする。先入ってて良いよ」  春日はシャワーブースに引っ込んでしまった。俺は濡れた衣服をあくせく脱いでハンガーにかけ、タオルを持って外に出た。さ、寒い! 一人じゃ寒いって!  慌てて湯にざぶんとつかって、まずは一息。本来ならば、このテラスから城下町が見えるはずなんだが、雪に煙って何も見えない。  春日を待つ間、タオルを湯につけて、ふにゃふにゃ泳がせて遊ぶ。顔や首にピシャリとつけて温める。鼻先まで潜っては浮き上がる。  ……なかなか来ない。何やってんだ? いや、何してるのか分かる気がするんですけど……あいつ、ひょっとして……尻洗ってんじゃないのか……。  春日がそこを綺麗にする所をまだ見たことはない。一度冗談めかして「見たい?」と言われたんだが、見たいとも見たくないとも言えなかった。俺が春日にそうさせている責任(?)はあるんだから、見るべきなんだろうか……でも、そんな所を見て万が一昂奮でもしてしまったら、なんか、その。いや、何の話、これ!? 「志門くん」  窓がカラカラと開いた。春日が白い肢体を俺の前に惜しげもなく晒している。寒さからか、胸の頂がツンと尖った形をしていた。 「早く来なよ」  俺が呼びかけると、春日はこっくりうなずき、湯船の縁に足をかけ、遠慮がちに身体を滑り込ませてきた。  湯に触れた先から、春日の肌がほんのりと上気していく。うなじから耳へ視線を走らせると、俺がプレゼントしたピアスを付けっぱなしだった。  俺は春日の耳朶をピアスごと軽く噛んでから口づけた。春日は少し身をよじったが、ぴったりと俺へ身を寄せてきた。  胸板にカリカリと浅く爪を立て、春日は俺に「したい?」とささやく。返事をしないでいると、物言いたげに頭をコツンとぶつけてきた。  つまり、したいのは春日の方である。  俺は春日を掻き抱いた。両手で股間をまさぐると、少し膨らみかけている。掌で竿を包んでやるようにして、しごいていく。 「んッ……あったかい……」  春日の顎が上を向き、睫毛が震えた。首筋から耳に繰り返しキスを落としていくと、俺の身体も芯からじんわりと熱を帯び始める。 「ね、早く」  春日が俺の股間に尻をぐいぐいすりつけ、上下に揺すぶる。むっちりした尻肉に、股間が反発する。 「志門くんの、スケベ」  言葉こそ俺をなじっているが、切れ長の眦は垂れて、とても嬉しそうだった。  春日の手が、固くなり始めた俺を、下から上へ撫で上げる。手の動きに合わせて湯もゆらゆら揺れて気持ちいい。 「志門くん、フェラしたげる」 「え、寒いからいいよ」  この雪の中、身体を外に出すのはつらい。 「お風呂入ったままでいいの」  春日は俺の足の間に入った。俺は春日にまたがる格好になり、そこから腹を反らせば、確かに春日の口に股間が届くんだけど……。 「んむ」と、春日は鼻で息をしながら、俺の竿をするすると飲み込んだ。  竿の根元近くまで春日の唇が降りてきて、目の前がちかちかした。舌がゆっくりと竿の裏を撫で、尿道に熱いものがこみあげてくる。  手が玉袋を掴んだ。やわやわと揉みほぐされながら、春日の頭が上下する。唇から空気が漏れ、唾液が泡立ち、品のない水音が辺りに響く。  じゅく、じゅく、じゅぽ、じゅぽ──と、明らかに俺を挑発する目的で、故意に音は立てられていた。春日の身体を挟み上げた両足はがくがく震え、臍がちくちくしてくる。 「あッ……かす、がぁ……いぁ、あんま、あんまし……いっぱい、しないで……」  俺が裏返った悲鳴を上げると、春日の動きが止まった。口から一度竿が吐き出されるが、春日は竿を手に持ち、亀頭の裏に唇を吸い付いつかせた。 「うっ……それ、気持ちいぃヤツ……」  ちゅうちゅうと音だけは可愛らしいが、快感は凶悪だった。裏筋を舌でくすぐられ、血管が疼きすぎてチリチリ痺れる。 「かすがぁ、イッちゃう、出ちゃうって、イク、ちんちんイク……イク……」  先端がドロドロと濡れているのを感じた。春日の唾液ではなく自分が放っているものだ。快楽に仰け反る上半身は湯船から引き上がっていたが、真冬の冷気ごときでは欲情の熱は冷めない。 「志門くん」  春日は俺の股間から口を離してしまう。どこに隠し持っていたのか、手にはちゃんとゴムがあった。 「しよ?」  俺は春日からゴムを奪い取ると、引きちぎるように袋を開け、ぴりぴり爆ぜるペニスに装着した。 「このぉ、かすがぁ、後ろ向け!」  春日が湯船の縁にもたれて尻を突き出すと、俺は両手で臀部を割るように鷲掴みにした。 「痛いって」 「言っとくけど、すぐ出すからな!」  フェラチオでの射精をお預けにされた苛立ちから、尻穴に亀頭を押し当てると、貫く勢いで侵入した。というか、やっぱりシャワーでほぐしてきてるし! 風呂でふやけて柔らかくなってるし! 俺の太さに合わせて中は窄まってくれるし! 「ん、あッ……や、激し……急に、動くの……だめ」  春日は湯船にすがりつきながら、下半身をずるずると湯に潜らせていく。それに合わせて、俺は春日へ覆いかぶさり、ピストンの動きに体重を乗せる。どうも最近、奥の感度が良くなっているようなので、深いところにしっかり突き当ててやる。 「はぁん、あぁ、あぁん……おく、奥、突かないで、奥、奥すごい、すごい、すごい感じちゃぅ……!」  春日がじたばたと暴れると、湯がざぶざぶ揺れた。飛沫は檜のテラスへ派手に散って、黒々とした跡を残す。 「あぁ、あぁん、奥、突いて、突いたら、イク、すごいイク、イッちゃう、奥でイク、奥でイクぅ」  春日の中がうねうねと動き、侵入者の俺へ軟体動物のように絡みついてくる。 「志門くん、奥すごい、奥でイク、奥でイクの、イクの好き……あ、あぁ、イク、イッちゃう……あ、あぁ、イク……」  絶頂の収縮に合わせて、俺も堰を切った。勢いは緩いがだらだらと長引く粘っこさがあった。 「はー……もう、志門くんのせいなの……俺、奥でイク癖ついてる……」  挿入をほどいた春日は、膝を立てて身を丸くして、湯の中に沈んでいく。  コンドームの始末をつけているとくしゃみが出た。事の最中は頭に血が上っていたが、やはり寒い!  俺も肩まで湯につかった。這うように春日へ近づくと、丸めている身体をぎゅっと抱きしめる。 「なんだよ~、露天風呂でそんなにしたかったのかよ~」 「それが目当てだったんじゃないの?」 「俺は春日とこうしていられるだけでいいもーん」  抱きしめた春日の背中をさすり、髪の毛に鼻を突っ込んで嗅ぐ。シャンプーの爽やかな香りがした。 「志門くんさぁ、ここ」  春日は俺の腹をまさぐる。 「ちょっと運動不足」  腹の皮膚をむにむにとくすぐられた。危うい場所を刺激されて、俺はもぞもぞしてしまう。 「かっ……春日、どうしてんの?」 「俺、テニス続けてるよ。志門くんもやる? クラブ紹介するよ」 「春日とテニスなんかできるかなぁ、俺」 「コーチしてあげる」  春日は俺の肩を枕にするようにもたれてきた。俺は春日の肩を抱き寄せ、後は言葉もない。辺りはすっかり真っ暗で、風呂の水面が室内の明かりを反射してきらきら輝いている。曇天では見えぬ星明かりのようで、綺麗だった。  さて、湯につかっている内、だんだんと頭がぼやっとしてきて、外の冷気がすっかり快適になった。 「これじゃ我慢大会だよ、俺もう出るよ」  春日が音を上げて風呂を出て行ってしまったので、俺もその後に付いていった。 「志門くん、浴衣ってこれでいい?」  襟合わせがあやふやなのか、春日は顎を引いて胸元を見ている。合わせは正しいが、だいぶ弛みがあったので、俺が着付けを直してやることにした。 「春日、あんまり浴衣とか着ないの?」 「持ってないもん。志門くん、よく着るの?」 「田舎帰るとばぁちゃんが着せてくれるんで、覚えたよ……はい、できた」  身ごろの形を整えて帯を締め直し、完成とばかり帯の結び目を軽く叩いた。春日は紺の羽織を着ると、俺にくるりと背を向け、振り向き美人の構図で俺を見る。 「どう?」  和装の直線的なフォルムに、春日の肢体が持つ曲線が浮き上がる。自然と腰回りに目が釘付けになった。浴衣の生地は薄手だし、春日はボクサーパンツを愛用しているので、羽織の上からでも、尻の形がけっこうくっきり……。 「どこ見てんだ、スケベ」  知らず知らず前傾姿勢になっていた俺の額に、春日がチョップしてきた。痛くはないが、俺はそこを手で押さえる。 「春日が見せつけたんじゃん」 「さあ、どうだか」  春日はからから笑って座椅子に座ると、テレビを付け、ニュース番組にチャンネルを合わせる。天気予報を見たいんだろう。  ローテーブルを挟んで春日の向かいに座る。テレビを見る春日の背中と、浴衣の襟から伸びる首。湯上がりでひときわ白く抜けた肌。ああ……いかん。もやもやしてくる。 「失礼します」と、外から仲居さんの声が掛かった。晩飯の時間だ。  次から次へと卓に膳が並べられていく。カニ料理は和洋折衷、旬の魚の刺身もある。目玉はかにすき鍋だ。  料理の説明も一通り聞いて、おひつからご飯をよそって、後は食べるだけというところで、向かいの春日が物言いたげな顔をしているのに気づく。 「なに? 飲み物やっぱ頼む?」 「……そっち、行ってもいい?」  俺の返事を聞くより早く、春日は料理の皿を俺の方へ滑らせていく。数が多いので、俺の分を横にずらす必要があった。  きちんと並べられていた皿が少し雑然としてしまったが、春日が俺の隣に座った。 「食べよ」 「うん……いただきます」  んじゃ、お刺身から……うん、脂がのってる鰤だ。美味しい。蟹もあるけど、殻からうまく剥がせるかな。あんまり意地汚い食い方するのは、春日に見られたくないぞ。 「志門くん、何食べたい?」  春日が変な質問をしてきた。何食べたいって、今もう食べてるし。 「ええ? カニ食べたいよ……鍋、そろそろ良いかな?」  土鍋の蓋をちょいとずらして火の通りを見る。野菜はもう入れていいかな? 「じゃ、これかな」  春日の箸が俺の皿のカニシューマイを捕らえた。おいおい──と、その箸がついと持ち上がった先は、俺の口元で。 「あーん」  春日の口が可愛らしく開閉して、俺にもそうしろと誘いかける。  なんてこった。一日に二回も!? そこまでやりたいのか! えぇい、今度こそ! 「あ、あーん……」  俺は緊張してしまい、口を開けるのにもたついてしまった。シューマイがそっと差し出されたので、口をすぼめ、箸からシューマイを取る。 「おいしい?」  実際、蟹のすり身たっぷりで出汁もよく染みた美味しいシューマイだったが、そうではなく。 「俺もやる……春日、どれがいい?」 「んじゃ、俺もシューマイで」  俺は春日の皿からカニシューマイを箸で取った。 「か、春日……あーんして」 「あーん」  春日は口を開けた拍子にゆるく瞼を閉じた。その仕草にどぎまぎしてしまう。  箸が春日の口に挟まれて、シューマイが消える。 「ん、おいしい」  春日がにっこり笑った。俺は天にも昇る気持ちだった。 「志門くん、お鍋、お鍋。もう野菜入れないと」  出汁がグツグツ音を立て始めていた。春日はぽんぽん野菜を入れていく。 「鍋も食べさせてよ~」 「一度甘やかすと、すぐこれだ」  でも、春日は鍋の具も「あーん」してくれたのだった。母が子にするように息でちゃんと冷ますのも忘れずに。

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