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7.裏庭へ
さて、パーティーから数日経った。
日常を取り戻した屋敷はいたって平和であった。ただし、この男を除いては、である。
満を持して開催されたパーティー。しかし、大いに期待していたにも関わらずまったく収穫が無かったライルの機嫌は、数日経った今でも最悪なのだ。
それは隣を歩く男にもひしひしと伝わってきて、なんとも居心地が悪かった。
「なぁライル様、いい加減機嫌直してくださいって。切り替えてこうぜ?」
「私は機嫌など悪くない」
「どの口が言ってんだか……」
呆れるカルイを尻目にライルは大股で屋敷を歩く。
確かにライルの言うとおり、日頃から鋭い目つきのライルだった為、周囲はライルがいつもと変わりないように見えた。
だが、幼い頃から共にいるカルイには分かる。分かるからこそ厄介なのだ。
いっそ周りと同じようにライルの不機嫌に気づかなければ気を遣う必要も無かっただろうに。
「……ところで、お前はさっきから何を咥えている」
「ん、これ? 飴だよ。ターちゃんから貰っ……貰いました」
「……」
カルイは先程から咥えていた細い棒を出し先についた飴をライルへ見せた。
ここ数日頻繁にカルイから耳にするようになったターちゃん。
どうやら最近仲良くなった友人らしく、カルイはたいそう気に入っているらしい。
「ライル様もいります? イライラには甘いもんが良いですよ。それかターちゃん紹介しましょうか? けっこう面白いヤツだよ」
「けっこうだ」
ライルの返事に「あっそう」と返して話は終わったとばかりにまた飴を食べ始めるカルイ。
業務中に飴を食べるカルイを今更注意する気にもなれず、ライルは見なかった事にしてさらに足を速めた。
かと言ってライルは目的地があるわけではない。屋敷内を散歩するのが日課なのだ。
眉間にシワを寄せて生き急ぐように歩くライルはとても散歩なんてものには見えないが、本人いわく散歩なのだそうだ。
「……朝から熱心だな」
「ライル様!? はいっ、あの……私の仕事ですので……っ」
途中、床を拭く少女に目を止めライルが話しかけた。話しかけられた少女はまさかこんな場所に屋敷の次期当主が現れるとは思わず目を丸くする。
しかも自分が話しかけられているではないか。慌てて頭を下げた少女はどもりながら返事をした。
「そうか、今後も宜しくたのむ」
「は、はいっ!」
ライルに急に話しかけられて緊張したものの、目にかけてもらえて嬉しかったのか瞳を輝かせながらライル達を見送る少女。
そんな少女を見てカルイは苦笑いを浮かべた。
ライルが屋敷内を散歩する理由。それは使用人達に声をかける為だ。
それだけを聞けば良い主に感じるが、真の目的は使用人達とのコミュニケーションではない。
ただただライルは、声を探しているだけなのだ。
パーティーで空振りに終わった声探し。ならば今度はこちらから声をかけよう。
向こうから来ないのであればこちらから行くしかない。そんな思惑から散歩と称して目に付く使用人達にライルは声をかけ続ける。
そうとは知らない声をかけられた使用人達は、ライル様からお声をかけられたと喜んだ。
なんとも罪つくりな男だとそばで見ているカルイはまた笑った。
「なんかさぁ、最近ライル様は目覚めてから前より優しくなったって噂されてるよ」
「興味ない」
「だろーね」
知らぬ間に周囲への好感度が右肩上がりになっているなど、当の本人は知りもしないし興味もない。
けれど本人に興味があろうが無かろうが周りはライルを放っておかない。
大富豪の跡取り息子、端正な顔立ち、商いの腕も確か。唯一近寄りがたいという欠点があったが、最近では緩和されつつある。
そうともなれば周りが放っておかないのは当然だろう。
元々は婚約者が居たが、寝たきりになった際に白紙に戻った。
目覚めた後に相手方が再度婚約を結ぼうとしたらしいが、ライルがそれを拒否した。
つまり、将来有望な美丈夫がフリーな状態なのだから、年頃の女性は浮足立っているのだ。
「こりゃー早いとこお姫さん見つけないとどんどん騒がしくなるなー」
「分かっている」
ライルも状況を把握していて、立場もわきまえずアプローチしてくる者にうんざりしている。
かと言って、止めるわけにはいかないのだ。ライルが探すのを止めれば二度と探し人には出会えないだろう。
それに話しかけやすい雰囲気が流れているのであれば好都合でもあった。
図々しく話しかけられて鬱陶しくもあったが、多くの者の声を聞くチャンスもそれだけ増えるのだから。
「まだ私が足を運んだ事がない場所は何処だ」
「えーっと、裏庭とかですかね? 草むしりしてる使用人とか居るよ」
「そうか」
ライルは自分の家にも関わらず足を運んだ事が無い場所は多い。
なんせ広大すぎるのだ、この宮殿のような屋敷は。
それでも、知らない場所には知らない者と出会える。そこに僅かな可能性があるのならばと、ライルは迷うことなく足を進める。
「わ……っ」
「っ!」
そこで飛び込んできた声に、ライルは目を丸くした。聞き覚えのある声だった。
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