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9.休暇の過ごし方

  「イェーイッ! 休みーっ!」 「イェーイッ!」 「元気だなぁお前ら」  街に元気な声が響く。久々の休暇にはしゃぐルルと、そのノリに乗ったリクだ。  少し離れた場所ではロングが保護者のごとく温かい目ではしゃぐ二人を見守っていた。 「三人共休みが合って良かったわね」 「俺は同僚に休みを代わってもらったんだけどな」 「ロングさんナイスです」  パーティーの雑用係として仲良くなった三人。しかし、屋敷で何度か親しく話す事はあっても、共に出かけるのは初めてだ。 「ルルさんは劇が観たいんですよね」 「そうなの。リクは食べ歩きがしたいんでしょ」 「御名答です」 「じゃあまずは劇から行くか」  まだ出会って日は浅いがすっかり意気投合した彼らは、共に休暇を満喫出来る事を喜んだ。  向かう途中に各々飲み物などを買い、ルルの目当ての劇場に辿り着いた。  劇場といっても大きなテントで作られた簡易的な物である。看板には二人の男女が見つめ合う姿が描かれており、どうやら神話を元にした恋愛劇のようだ。 「あれ? 入場料が二つ書かれてますよ」  あまり劇を観に来た事がないリクは入場料が幾らするのか分からず、入口に書かれた料金表を見た。  そこには二つの数字が書かれており、リクはどちらを払うべきかと劇に詳しそうなルルへ尋ねた。 「あら、今日は割り引きがある日なのね。ラッキーだわ」 「安い日なんですか?」 「そうよ、条件を満たしてたらね」 「条件って何だ?」 「今日は恋人同士だと安くなるみたい」 「えっ」 「えっ」  なんて独り身に優しくないサービスなんだ、と思ったのはリクなのかロングなのか。  二人が顔を合わせて苦笑いをする中、ルルだけは楽しそうに二人へ振り返る。 「私とロングが恋人同士って言って割引してもらいましょうよ」 「え、僕は?」  ルルの提案は悪くはないが、それだとあぶれた己は可哀想すぎないか?  そんな思いでルルを見れば、 「私の弟って事でついでに割引してもらうの」  と、親指を立てて得意げにウインクされた。 「僕の方が年上なのに!?」  リクの言う通り、ルルの方が一つ若かった。しかしリクの方が兄に見えるかと言えば皆口を閉ざすだろう。  隣で笑いをこらえるロングが憎らしい。 「じゃあ俺とリクが恋人同士って事にしとくか?」 「ルルさんの弟の方が良いです」 「酷くないかそれっ!」  ちょっと、僅かばかり、ほんの少しだけ自分の方が背は低いが……とやや不貞腐れながらもリクはルルの背後から付いていく。  売店のおばさんは笑いながらリクの分も安くしてくれた。哀れに思われたのなら有り難くも何ともなかった。  背もたれのない木の長椅子に並んで座る。ルル、リク、ロングの順で座ったが、恋人同士の間に弟が座るとはいったいどんな状況だと無駄な事を考えてしまう。  しかし隣でやたらとロングが菓子や飲み物をくれたのでとたんにどうでも良くなって、楽しく劇を堪能した。  何より、せっかく来たのだから楽しまなきゃ損だろう。  そんなこんなで観た劇だったが、最後は思った以上に感動して泣いてしまったリク。 「幸せになって良かったですねぇ……っ」と号泣するリクを「お、おぅ……」と若干引きながらロングが頭を撫でてなだめる。 「さーて次は食べ歩きね! お腹空いちゃった」  感動の余韻に浸るリクの横では、すでに次の事に頭が切り替わったルルが伸びをする。  食べ歩きと聞き、リクはぴたりと涙を止める。そして元気よく立ち上がり、 「さぁ行きましょう!」  と、ロング達の手を引き人混みをかき分けだした。リクをなだめていたロングは、本日二度目の苦笑いを浮かべた。そして学ぶ。リクを泣き止ませるにはとりあえず食べ物だと。  三人が向かったのは市場。そこでは果物が切り分けられその場で食べられるように売っていたり、市場の食材を使った料理を出す屋台も並んでいる。  昼時を過ぎていたからか人はそこまで多くなく、おまけに店じまいの早い屋台が値引きもしていた。 「丁度いいタイミングですね」  懐がそこまで暖かくないリクにとっては有り難い。  何を食べるか財布と相談しながら慎重に選び、野菜炒めをナンのような薄い生地で包んだローカル料理を買う。  ちょっとした広場になった場所には四角い石が置かれている。それをずらして椅子代わりにし、三人で向かい合って食事をした。  仕事を忘れて仲間と他愛もない話をしながら食べる料理はとても美味しく感じた。 「リクはあれだけで良かったのか?」 「えぇ、帰ってからも食べますから」 「そうか。さて、次はどうする?」 「せっかくここまで来たんだし、露店を見て周りましょうよ」 「良いですね」  食事を終え目一杯おしゃべりを楽しんだ後は、ルルの提案で市場に連なる露店へウインドウショッピングだ。そこはアクセサリーや刺繍の美しい布が並んでいる。あまり着飾らないリクやロングにしてみれば新鮮で面白い。 「ん?」  そこで、リクは一つの商品に視線が行く。  ルルがアクセサリーを選ぶのを横で眺めながら、ふと目についたのは腕輪だった。  特に変わった腕輪でも無いのだが、何故かリクはそれが妙に気になる。  腕輪に使われる装飾はおそらくガラス玉だろうが、宝石を見慣れないリクからすればとても綺羅びやかに輝いて見えた。  その中でも目を引いたのは、青いガラス玉を使った腕輪だ。  何となく見覚えがある気がして、どこだったかと考える。考えて、思い出したのは広く豪華な部屋に置かれた本物の宝石だった。 「あ、そっか……」  ライルのそばに置かれていた装飾品達に似ているのだ。  あの時に見た装飾品は、ほとんど濃い青の宝石が使われていた。それがライルの好みなのか、それとも、リクは見た事は無いが瞳の色に合わせた物だったのかもしれない。  どれもこれも高級感溢れ、恐れ多くて触った事は無かったが、似た色のガラス玉を見ていると懐かしさを覚えたのだ。 「リク、それが欲しいのか?」 「え?」  気がつけば手にとってまじまじと見ていたリクに、ロングが問う。物欲しそうに見えたのか、とリクは笑って手にしていた腕輪を置いた。 「んー、気にはなりますけど、今日は買わなくても良いかな」 「……」  清掃員の下っ端の賃金では自由に使えるお金は少ない。  今日は劇も観たし、美味しい物も食べた。十分過ぎるほど贅沢な時間を過ごしたのだから、これ以上無駄なお金を使うべきでは無いだろう。  そう思いこの露店にもう用は無いと離れようとする。そんなリクの腕をロングが掴んだ。 「なぁ、一個ぐらい買ってやるぞ?」 「へ?」 「ルルもどうだ。一応俺が一番の年上だしな、記念に好きなのを買ってやるよ」 「良いのロング!?」  ロングの突然の申し出に驚いているリクの横で、ルルが嬉しそうに声を上げる。 「あぁ、ただし一個だぞ」 「ありがとうロング! これ、私これが良いな!」  ルルは先程から手に取っていた赤い装飾が揺れるピアスをロングにねだる。 「じゃあこれで」と店主に金を渡して釣りを待つ間、ロングはリクの肩を叩いた。 「ほら、リクも選べ」 「え……いや、僕は良いですよ」 「そう言うなよ。ここは俺にカッコつけさせてくれ」 「……」  そう言われれば断れない。何よりホントにカッコ良く見えてくるじゃないか。  リクは自分も後輩が出来たら真似しようと思いながらも、何を買ってもらうかと思考を巡らせ、割と即座に決まった。 「じゃあ……」 「うん?」 「あそこ! 僕はあそこが良いです!」 「やっぱり食い物なのかよ!」  リクが嬉しそうに瞳を輝かせて指さしたのは、先程までいた市場。  何が良いかと言われればやはりここは食べ物しかない。懐具合の関係でデザートを我慢していたのだから。 「ちょっと選んで来ますね!」 「おぉ、行って来い行って来い」  ロングが呆れたように笑いながらもリクの頭を撫でて見送る。  そした、市場へとかけていくリクの後をゆっくりとついて行った。 「ロングってリクをずいぶん気に入ってるわよね」 「そうか?」 「うん、傍から見てても可愛がってるのが分かるもの」 「そうか……」  どうやら果実入りのジュースが飲みたかったらしく、どれを飲むかで悩むリクの後で二人が話す。 「分かるなー。リクって自由奔放に見えてけっこう周りの空気に合わせてくれるわよね」 「そうだな」 「だから一緒にいて楽しいし居心地が良い」 「まぁ、な……」 「でも……ロングの思いはそれだけ?」 「……どういう意味だ?」  少し距離があるからか、それとも選ぶのに夢中だからか、二人の会話はリクには聞こえない。  そんな中で、ルルが意味深に目配せをするもんだから、ロングは思わず声を潜めた。 「さっきからリクばーっかり見てるもん。近くにこーんな美人が居るのにね」 「ば……っ!」 「え、ジュース駄目でした?」 「い、いや、何でも無い……っ! 好きに選べ」  ルルの爆弾発言に思わずロングから大声が飛び出す。  大声に驚いてリクが振り返ったが、ロングは慌てて手を振り誤魔化した。  そんなロングの様子にリクは首を傾げたが、そんな事よりジュースが気になるのかまた視線を戻す。  ロングは安堵し息を吐く。その隣でルルは面白そうに笑った。 「ま、応援するわよ」 「……だから俺もルルを応援しろって事か?」 「さすがロング、分かってるじゃなーい」  ルルは護衛の副支配人(四十代独身)に心酔している。なんでも男は四十代からなんだそうだ。 「あのくたびれ具合がたまらないのよね!」 「……」  果たして彼女に協力して良いものなのか。目を輝かせて菓子を選ぶリクを眺めながら、ロングは己の思いと副支配人を天秤にかける事となり苦悩したのだった。  

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