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11.やっかいな感情

   ある日の朝、ライルはいつものように屋敷内を散歩していた。もちろん散歩と銘打った捜索だ。  最近では早朝に出歩くのが日課になっている。  それを知ってからなのか、使用人達も朝からキビキビ働いていた。 「私がまだ行ってない場所は?」 「んー……無い」 「……ならば始めに行った場所へ行く」 「はいよ」  カルイは呆れるでもなく当然のようにライルに従う。仕事は出来る方では無いが、そういった所は感謝していた。  しかし、そろそろ別の手を考えるべきか、とライルは思う。  一つの声を探し続け、ライルは大ホールや客間の使用人とも話したし、地下の使用人部屋にも足を運んだ。  もちろん宿舎や、使用人達が多く集まる台所や洗濯場のある離れにも。  これ以上無闇に探し続けても、どこまで可能性があるものなのか。  もちろん僅かな望みがある限り、ライルは止めるつもりは無いが。 「いっそ新しい良い人見つけたら?」 「……」 「嘘嘘、ごめんって」  最もありえない選択肢を突きつけられ、ライルはそんなつもりも無かったが威圧していたようで、カルイは顔を引きつらせて謝罪する。 「じゃあ……またパーティーでもします?」 「いいや、別の手を考える」 「ふーん」  再度催し物をした所で見つかるとは思えない。来るのを待っていても駄目なのだ。こちらから動かなくては駄目なのだ。  そう改めて見解をしても、見識を広めれば広めるほどライルはうんざりする。  あまりにも多い使用人。生まれてこの方気にした事は無かったが、認識するとその多さが憎かった。  たかだか一家の人間の為に、これほどの人数は居るのだろうか。  いっそ彼でない、不要な者を間引いてでも…… 「……」  考えて、現実的では無いと我に返る。  ナジャーハ家は他で働き手の無い、体の不自由な者も雇っている。奉仕活動の一環だ。  それを不用意に解雇していては、ナジャーハ家の信頼は落ちるだろう。そうなれば、彼の方からこの家を出ていくかもしれない。  ライルは焦るなと、自分に言い聞かせる。それでも、時間が経てば焦りは大きくなった。 「……やっかいだな……」  生まれ育った環境も、己の感情も。  色々と拗らせている自覚はある。  なんせここ最近、毎日のように夢に見るのだ。顔も年齢も知らない、なんなら性別すら合っているかも分からない相手を夢に見る。  夢での彼は、顔も曖昧で体も曖昧。なのにライルは彼だと確信する。  そんな彼を求めてもがいて、必死にたぐり寄せ腕に抱くのだ。  出会えた事に歓喜し、もう二度と逃さないと胸に閉じ込める。  そして、一刻も早く己のものにしなくては……と、あらゆる所に口づけ手を這わせ、あられもない姿へと乱していく。  唯一確かな声だけが、甘く鳴いてライルをも乱す。  世界中のあらゆる贅沢品で彼を囲み込み、甘やかして甘やかして、彼が己の腕から逃げなくなるように。  しかし彼はなんにも興味を示さない。それでもライルはこりずに愛を囁き続けるのだ。  甘やかして、甘く鳴かせて、そして、日が昇り目を覚ますと、下穿きは情けない事になっている。  後味の悪さに頭を抱えて起きるも、甘い声は頭から離れない。  自己嫌悪に陥りため息を吐いたのは何度目だろうか。それでも、再度強く誓うのだ。夢で終わらせはしないと。 「そういえばさ、最近ライル様の部屋の改装してるけど、新しい書斎でも作るんですか?」  ライルが夜明けの情けない己の姿を思い出している最中、不意にカルイが尋ねる。  新しい物に興味津々なカルイは、何が出来るのかと期待したように目を輝かせていた。  別にカルイが面白がるような部屋は作るつもりもないが、一応側近という立場なのだから伝えぬ訳にもいかない。 「……ただの小部屋だ」 「ふーん、どんな部屋にするんです?」 「出来る限り豪華な物にする」 「豪華?」  今以上に? どうやって? 何で? と矢継ぎ早に質問するカルイを置いて、ライルは足を速めた。  どうやって、と聞かれてもライルとて試行錯誤中で分からないのだ。  ただ、中庭が見渡せる露台は、最も豪華で居心地の良い物にしよう。 『──いつか、一緒に見られたら良いですね……──』  曖昧な記憶の中で、決して忘れる事の無い優しい言葉。  たとえ彼が忘れていたとしても、己は忘れてやるつもりは無い。  何年過ぎようが約束通り、ミランの花を二人で露台から見下ろすのだ。  あぁ、その時は、咲き誇るミランのような色とりどりの折り菓子を、山程用意しておこうか。  * * *  リクは裏庭に居た。  最近のリクは屋敷の掃除より庭に居る事が多い。何でも新人が辞めたからその代わりになのだそうだ。 「おーいリク、剪定手伝え」 「はーいすぐに」  庭師の親方は厳しいが良い人だ。ただ、残念ながらリクはまだ清掃員の肩書のままなので、周囲に当たり散らすいちゃもん上司がリクの直々の上司のままである。  おまけに仕事の時間が延びた。  ほとんど人の来ない裏庭は明るい内に作業を行えるが、屋敷の主達や客人の目もある庭はそうもいかない。  なので日が落ちた、人の目の無い時刻に行うのだ。  必然的に庭師達は昼過ぎから夜にかけて活動する事になるが、清掃員のリクは日が昇る前の厨房の掃除はしろといちゃもん上司は言う。  そんな馬鹿なとリクは思ったが、反論すれば更に仕事を増やされそうでグッと言葉を飲み込んだ。  そんな訳で今のリクの生活は、日が昇る早朝に厨房の掃除をし、仮眠をとっては昼頃から裏庭、日が落ちて夜遅くまで中庭で庭師の親方の手伝いである。  それでもリクが音を上げないのは、 「うっわぁ……っ」  日々のご褒美があるからだった。 「これ、全部貰って良いんですか?」 「ライル様から怒られなかったし、良いんじゃない?」  それは呆れて何も言わないだけではないのか、とは思ったが余計な事は気づかないふりをして、リクは喜んで手を付ける。  最近はリクが夜に中庭に居ると知って、カルイは三日に一度ほどの頻度で菓子を届けてくれている。  僅かな休憩時間を利用して、こっそり二人で菓子を食べる。そんな甘いご褒美がリクの活力になっていたのだ。  カルイも当たり前のように菓子に手を付けるが、カルイのおかげで美味しい菓子にありつけるのだから文句は言えない。  むしろ使い道のない衝動買いした物を大好物に変えてくれたのだから感謝しか無かった。  それに何より、あの深い青の装飾がライルの手に渡ったかと思うと、なんとも言えないこそばゆい気持ちになる。  あんな安物を使っているとは思えないが、一度でも手にとってもらえたのなら光栄だと思う。 「……でも、あんな腕輪一つでいつまでもお菓子をもらってて良いんでしょうか」 「さぁ」 「さぁ……」  どうやらカルイは怒られるまでは大丈夫と思っているらしい。つくづく、よくライルの側近になれたものだとリクは笑う。 「あ、そういえば、今度ライル様に新しい使用人が来るんだって」 「へー、何の使用人──」 「──おーい、そろそろ仕事に戻れ」 「はーい」  親方から呼ばれ話途中で立ち上がれば、カルイは気にすることなくリクに手を振って残りの菓子を食べていた。  あれからライルの姿すら目にできてないが、何となくカルイを見ていると元気にしている気がしてほっとして、リクは仕事へと戻っていった。  

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