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12.リクの決意

   早朝の掃除を終え、仮眠を取って庭師の手伝いまでの僅かな時間が最近のリクの自由な時間だ。  そのままベッドでだらだらする事もあったし、起きて屋敷をぶらぶらする事もある。  ただ屋敷をぶらぶらすると事情を知らない使用人から「仕事もせずに何をしているんだ」と理不尽に仕事を振られる事もあったので、人気の無い場所で過ごした。 「リーク、こんな所に居た」 「ルルさん! お久しぶりですね」  そんな中、ずいぶんとご無沙汰だった声が嬉しそうに飛んでくる。  リクも親しい友人との久しぶりの出会いに喜んだ。 「最近はいっつもここに居るの?」 「そうですね。もしくは裏庭の方に居ます」 「なるほどなるほど」 「なるほど……?」 「ううん、ロングに伝えておこうと思っただけよ」  そう言うルルはなぜだか楽しそうに笑う。なかなか会えないので伝えてくれる事は有り難いが、二人はそんなに頻繁に会うのだろうか。 「ロングさんとは良く会うんですか?」 「うん、持ち場が近いからね」 「へー」  仲が良いな、と思う。前にも二人が真剣な顔で話し合っている所を数回目撃した。  それに以前の休暇の外出も、わざわざルルに休みを合わせていた。これは間違いなく…… 「……邪魔しないよう気をつけます」 「何を?」 「友人の幸せを、です」 「ふーん?」  いつの間に親しい仲になったのだろう。しかし二人ならお似合いだ。  一人あぶれて少し寂しくもあるが、友人の幸せの為ならば邪魔せずそっと見守ろうではないか。  そう勝手に固く誓うリクを、ルルは不思議そうに眺めていた。 「そんな事より、リクはライル様の噂は聞いた?」 「ライル様の? 色々な噂がいつも流れてますが、また何か新しい話ですか?」 「最新情報よ。ライル様に新しい専属侍女が出来たらしいわ」 「へー、良かったですね」  ライルは目覚めてから、元の付き人のほとんどを役職から外したと聞いていた。  それからはカルイ以外の側近は聞いてなかったが、ようやく新しい侍女をそばに置くようになったようだ。  しかし、たかだかライルが専属侍女を作ったぐらいで屋敷を賑わすような噂になるだろうか。  そうリクが疑問に思っていると、まるで心を読んだかのようにルルが笑った。 「あのね、ただの侍女じゃないの」 「……と言うと?」 「ライル様が寝たきりの頃に世話をしていた使用人を探してたのは知ってるわよね?」 「色々噂は聞いてます」 「今回侍女になった子ね、その探し人だったらしいわ」 「へー!」  リクは驚いた。と共に、まるで自分の事のように嬉しくも思った。  ライルについては色んな噂が流れてきてどれが真実か分からない。  しかし、どれもこれもが良くも悪くも人を探していると言われていたのだ。  なにはともあれ、ライルはずっと探し続けるほどその人の事を思っていたのだろう。そしてそのまま専属侍女に据えたという事は、良い意味での探し人だったのだ。  念願が叶って良かったと心から思う。きっとその人物は、ライルが想いを寄せるほど丁寧に大切にライルの世話した優しい人なのだろから。  そんな二人ならば、必然とお互いを大切にして幸せになるはずだ。  まるでハッピーエンドを迎えた物語を読んでいるようで、リクは自然と顔が緩む。しかし、そこでふと疑問が浮かんだ。 「でも、眠っていたのにどうやって分かったんでしょうか?」  眠っていたのだから、誰にどんな世話をされたかなんて分からないはずだ。  それとも、部屋にはほとんど人が寄り付かないように見えたが、誰かが監視でもしていたのだろうか。  そんな考えを浮かべていたリクだった為に、ルルからの予想外の返事に驚く事になる。 「それがね、眠っていたように見えても意識はあったらしいわ」 「えっ!?」  意識があった。そんなまさかとルルの言葉にリクは絶句する。 「それで、声を頼りに親身になって世話をしてくれた恩人をずっと探してたって噂よ」 「……」  素敵な話よね、なんて恍惚として語るルルの横で、リクは青ざめた。  マズい、これはマズいぞ。  ルルの話にリクは大いに焦る。  リクもライルの介護に加わっていたが、仕事として当たり前の事をしただけで感謝されるような事はしていない。  それどころか、処されても仕方のない事をしでかしているかもしれないのだ。  まず、リクは介護要員では無かった。なのに成り行きでとは言え、勝手にライルの世話をした。  おまけに自分はライルの髪を切った。元々世話をしていた侍女から許可を取ったとは言え、出過ぎたマネだったのではないだろうか。  おまけに…… 「……あれは……絶対マズいよな……」  汚れた下半身の処理は主にリクがしていた。誰もしたがらないし、していてもあまりに雑なので見ていられなくてリクが担当するようになった。  しかしそれぐらいならまだ見逃してもらえるかもしれない。  だが、それからがマズい。非常にマズい。  なんせリクは、世話をしすぎたのだ。つまり、下の世話をしすぎた。 「バレたらクビだ……っ」  下半身を綺麗にして下穿きを変える際、時折ライルのモノが頭をもたげている事があった。  生理現象なのだから仕方ない、何よりまだ若い成人男性であれば尚更だ。  だから、このままでは辛いだろうと思い、誰も居ない時にこっそり扱いてあげたのだ。  同じ男として辛さが分かるし、同情しての行為だったが、今思えば不敬だったかもしれない。  いや、ただの使用人の下っ端、しかも男からそんな事をされるなんて不快以外の何物でもないだろう。  頻度は月に一二度程度だったが、それを覚えているとしたら、ライルはどう思うだろうか。  もちろん他人にそんな事をしたなんて話はしないが、本人は口封じをしたくなるほど屈辱的だったかもしれない。  ご立派なモノをお持ちで恥ずかしい所など無かったが、物言えぬ本人は今すぐ止めろと叫びたかったかもしれない。 「絶対バレないようにしないと……っ!」  ルルの話では幸いバレているのは声だけらしい。  だったら会わなければ、会ってしまっても声さえ隠し通せば大丈夫なはずだ。 「……一年もすれば忘れるよね」 「リク? さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」 「……それが──」  不安に揺れる瞳でルルを見ながら、リクはかいつまんで事の顛末を説明する。  さすがに下半身の世話までした事は話せなかったが、係でも無いのに世話をした事や髪を切った事を話すと、今度はルルの顔が不安で曇った。 「──……それは、もしかしたらマズいかもね」 「や、やっぱり……っ!?」 「目覚めてから優しくなったって噂もあるけど、ちょっと前にライル様にぶつかった使用人が屋敷から追い出されたって噂もあるの。何が逆鱗に触れるか分からないけど、もしリクがした事でライル様が不快に思われてたら……」 「ライル様ってそんな怖い人なんですか?」  意識がない時に見たライルは穏やかで優しそうな顔をしていた。しかし、今にして思えば険しい顔すら出来なかっただけなのかもしれない。  そんなライルが己の存在を不快に思っていて、なおかつ覚えていたとしたら…… 「……ぜったいにライル様に会わないようにしなきゃ……」 「そうね、念のためそれが良いと思う。ロングにもリクを守るよう言っておくわ。きっとロング張り切るわよ」 「あはは、そうかもしれませんね」  彼女のルルから頼られれば張り切りもするだろう。ここは二人の優しさに甘えて全力でライルから逃げようと、リクは心に誓ったのだった。  

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