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13.理想通りの
「ライル様、お茶でございます」
「あぁ……」
「カルイ様も」
「おっ! ありがとねー」
ライルの書斎にて、若い侍女が真鍮製のワゴンテーブルに茶を乗せて入ってくる。
書類の簡単な仕分けをうんうん唸りながら行っていたカルイは嬉しそうに顔を上げた。
「お茶、こちらに置いておきますね。厨房から菓子もいただいたのですがいかがですか?」
「茶だけもらう。菓子は食べて良い」
「そんな、ライル様の物を私が食べるわけにはいきません」
「じゃあ俺食べるー! ライル様はいらないみたいだしルクちゃん一緒に食べようよ」
「えっと……」
カルイの誘いに戸惑いながらもルクと呼ばれた侍女は差し出された焼き菓子を受け取る。
カルイが遠慮なく食べるのを見て、そっと口にふくみ愛らしく笑った。
「ルクちゃんってかわいいよねー」
「えっ!? え、えと、そんなこと……っ」
焦りながら頬を染める姿は初々しく、見ている者を和ませる。
気恥ずかしくなったのか口にふくんだ菓子を急いで飲み込み、そそくさと出ていく侍女をカルイは手を振り見送った。
「やっぱりかわいいなー。ライル様も見る目ありますね。あの子なんでしょ? 探してたお姫様」
「……」
「でも、てっきりライル様の探してる子って男の子なのかと思ってたけど、女の子だったんですね」
「そのようだな」
「良かったじゃんかわいい子で!」
「あぁ、そうだな……」
「……もしかして男の子の方が良かった?」
「性別など関係ない」
ライルはそう断言して、侍女のいれた茶を飲む。熱すぎず濃ゆすぎず、丁度よい茶の味だった。
* * *
「失礼いたします。花瓶の花を替えにまいりました」
ある日の出来事だ。いつものようにライルが書斎で仕事をしていた時だった。
あまり聞き慣れない使用人の声が、ノックをして入室の許可を待つ。
「はいはーい」
カルイは立ち上がりドアを開ければ、若い侍女がおじぎをして色とりどりの花を抱え入ってきた。
「花替えてくれるなんて珍しいね」
「はい、以前は私の担当だったのですが私情でしばらくお暇をいただいてたんです」
そう言って花瓶の水を替え花を生けていく侍女の名はルクリア、歳は十六。小柄で可愛らしく、良く笑って愛嬌も良い。
ただ見た目に似合わず声は低めで、まるで少年のような声質だった。
「ルクリアちゃんって言うのかー。ルクちゃんって呼んで良い?」
「はい、皆さんそう呼びますので。ライル様も呼びやすいように呼んでください」
「……」
「ライル様?」
カルイが呼びかけ、ルクリアが不思議そうに首を傾げててもライルは無言のままだった。
しかし視線はまっすぐルクリアに向いており、それがまた二人を戸惑わせた。
あまりの強い視線に何か粗相をしたのかとルクリアがカルイを見た時、ライルがやっと口を開く。
「……リク……?」
「え? は、はい、ルクです」
「……ルク」
どこか唖然と見つめるライルに、またルクリアは困ったように笑って首を傾げた。
「確かにリクとルク似てますもんねー」
そんな様子を見ていたカルイは笑う。しかしふと何かに気づき、大げさなほど目を見開いた。
「あ! えっ、もしかしてルクちゃん……?」
「はい?」
「ライル様の探してた子」
「探してた? どなたをですか?」
二人の会話を、正しくはルクリアの声にライルは聞き入る。似ているのだ、とても似ている。
記憶の中で探し続けていた声に。
「なぁ、ライル様」
カルイがライルに確かめる。しかしライルとてまだ信じられない気持ちが大きい。
なんせ目覚めてからというもの、呆れるほどに恩人を名乗る者が現れたのだから。
半信半疑で侍女を見つめ、重々しく口を開けば辺りは緊張に包まれる。
「……私が寝ている間に私の私室に入って私の世話をした事はあるか」
「えっ!?」
ギクリと体を揺らしたルクリアは、両手を強く握りしめ目を伏せた。
「あの……申し訳ありませんっ」
「なぜ謝る」
「だって、ただの花を替えるだけの侍女なのに、出過ぎた真似をしてしまったから……」
「……つまり私の世話をした事があるのだな?」
「……はい」
確かに声は似ている。名も、聞き間違えても仕方ないほど近い名だ。
しかしどこかで納得しない自分が居た。何故なのかはライル自身にも分からない。
今まで散々騙そうとする輩に出会ったからか、人の汚い部分を嫌というほど思い知ったからか、それとも……
「……最後に一つ訊く。私の髪を何かに例えるなら何だと思う?」
「髪、ですか?」
「……」
うなずくライル。変わった質問に不思議そうな顔をするルクリア。カルイも何故そんな事を訊くのだろうと疑問が顔に出ていた。
「そうですね……ライル様の髪は……──」
しかし主から尋ねられたのなら答えなくてはならない。ルクリアはジッとライルの髪を眺め、思いついたように顔を輝かせた。
「──そうだっ! 高級な黒豆のように綺麗ですよ!」
「っ!」
「く、黒豆っ」
「あ、ごめんなさいっ、失礼でしたかっ!?」
笑いをこらえるカルイの横で、ルクリアは真っ赤になる。
そんな中、ライルは口を手で覆い、僅かだが珍しく目を見開いていた。
ライルの中で、疑念が拭われた瞬間だったのだ。
* * *
探し人は彼ではなく彼女だった。
やっと見つけた彼女はカルイの言うとおり愛らしく気もきく。
いつも笑顔で明るく、周りの雰囲気も朗らかにしていくような人物だった。
どこの誰が話したのか、ライルの想い人が見つかったと屋敷中に噂が流れ、屋敷は祝福ムードだ。
探し人は見つかり、明るく可愛らしくも奥ゆかしく、そんなルクリアを周りも祝福している。何の取り柄もなかった下働きの少女が、心の美しさから大富豪に見初められ幸せになる。物語であれば完璧で理想的な展開だろう。
実に喜ばしい事だ。なんて目出度い。周囲は自分の事のように喜び二人へ温かい目を向ける。
ライル自身も見つかって良かったとほっとした。しかし、周りの熱い視線とは裏腹に、それ以上の感情は湧き上がらなかった。
彼女を見つけた時の心情は実にあっさりしたものだ。
見つかって良かった、だだそれだけの心の動き。ライル自身も己の心の凪に少々戸惑う。
探し人が見つかったら、えも言われぬ感情が湧き上がるものだと思っていたのだ。
言葉も紡げなくなるほど思いが高まり、逃すまいと周りの目も気にせずすがりつくのではないかと、みっともない己の姿を想像していた。
夢でのライルがそうだったように。
「いつの間に夢想家になったんだか……」
しかしまぁ現実とはそういう物だろうと人知れずライルは笑う。
気づかぬうちに大げさに広げすぎた夢が覚めただけなのだ。
もちろん彼女が見つかって嬉しい気持ちもある。恩を返さなくてはとも思う。
皆も祝福してくれているのだから、共に喜ぼうじゃないか。
「そういえば、いつも部屋に常備してる菓子はこれからもターちゃんにあげて良いの?」
「……」
手を動かしながらも思いにふけていたライルに突然カルイが問うた。おそらく仕事に飽きてきたのだろう。
いつもの事なので気にもしないが、ライルはそれよりも返事に困った自分に戸惑う。
山のような菓子は彼女の為に準備した物だ。関係のない使用人に分ける前にルクリアへあげるべきだ。
そう頭で考えているのに、
「……かまわん、持ってけ」
と、勝手に言葉が出てしまう。
「やったねっ、ありがとうございます! これ美味しいんだよね」
「お前が食ってるのか」
「えっ、いやターちゃんにあげてるよ!? 俺は味見程度だって」
ライルは呆れた様子を見せてまた仕事にとりかかる。
一見すれば何の変化もないライルだが、内心では人知れず戸惑っていた。
最近のライルは己の心が分からずにいる。特に、ルクリアに出会ってから。
彼女の為に用意していた菓子の山も豪華な部屋も、未だ彼女に与えないのは何故なのか。
答えは見つからないまま、そしてそれに気づかないふりをして、ルクリアには菓子より宝石でも用意しようと無理やり納得させた。
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