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16.ルルの気づき

   さて、ライルの新たな噂から数月経った。  噂の侍女は変わらずライルの専属侍女を務めているし、リクは相変わらずライルから隠れていた。 「リクー」 「よぉリク」 「ルルさん、ロングさん!」  今日は久しぶりの休暇の為、リクはルルとロングを誘い昼食を共にした。  リクの誘いに二人共快く承諾し、使用人達が利用する食堂で待ち合わせた。  リクはいつも周りの使用人と食事の時間が合わない為に、食堂で弁当を作ってもらい一人で食べている。  なので久しぶりに誰かと共にできる昼食が嬉しかった。 「ルルさんは久しぶりですね」 「ご無沙汰しちゃってごめんね。ちょっと忙しかったの」 「……あまり副支配人に迷惑かけるなよ?」 「何事も先手必勝でしょ!」  食事を受け取り木の椅子に座る。  窓際の席を確保できたリクは上機嫌だ。使用人の食堂に窓ガラスなんて物は無く、木戸が大きく開け放たれた開放的な窓は遮るものが無く風がそよいで心地良い。  賑やかな食堂でさっそくリクが話しかけると、何やらリクには理解出来ない会話が始まってしまう。  活き活きとしたルルとは対照にげんなりした様子のロング。  気にはなったが恋人同士の秘密の会話かもしれないのでリクはそっとしておく事にした。  それにしても、もうロングは上司にルルを紹介しているのか、とリクは驚く。 「……結婚する時は僕も呼んでくださいね」 「もちろんよー! だからリクも応援してね」 「もちろんですよ」  そうかそうか、二人はもうそんな仲なのか。ならば今から結婚祝いを考えても早くはないなとリクは結論付けた。 「あっ」 「どうしました?」 「ライル様だわ」 「え……っ」  さぁとりあえず食事をしようか、と手を伸ばした時、ルルの言葉にリクは固まる。  今更ライルが寝たきり時代の不届き者を探しているとは思えないが、用心するに越した事は無い。  ルルの視線を辿れば窓の外にライルらしき人物が見えたので咄嗟にテーブルの下へと隠れた。  ルルやロングも不自然に見えないよう何事も無いように振る舞う。 「ライル様、こちらに向かってきてますか?」 「ううん、通り過ぎるだけみたい」 「でも最近はよく使用人に声をかけるからリクはそのまま隠れてろ」  窓際の席に座ったのを失敗したと今更ながらリクは思う。  日当たりも良いし周りからも少し離れている為に話もしやすく良い席が取れたと最初は喜んだが、なんともタイミングの悪い事だ。  しばらく息を潜めてライルが通り過ぎるのを待つ。 「リク」  時間にしてほんの数分の出来事だった。ルルから名を呼ばれて顔をあげると、ルルから手招きされている。  そっとテーブル下から抜け出し顔を出せば、ロングとルルがいい笑顔で引っ張り上げてくれた。 「もう大丈夫よ」 「お疲れさん」  二人の声を聞きながら、椅子に座り直し窓を見る。そこにはもうライルの姿は見えず、ヤシの木に似た背の高い木がそよいでいた。どうやら完全に姿が見えなくなるまで二人共待っていてくれたようだ。 「お手数おかけしました」 「どうって事ないさ」 「そうね、むしろスリルがあって楽しいわ」 「スリル……」  当人からすればスリルなんてもんじゃないのだが、友人に迷惑をかけてないのなら良かったとリクは安堵する。  一段落した所でやっと料理に手を付けた。やや冷めてはいるが、緊急ミッションを乗り越えた後の食事は格別である。 「あの新しい侍女の子も相変わらず愛想が良いな」 「そうなんですか?」 「あぁ」  食事中の会話は、自然とライル達の事になる。  その中で、おそらく今日もライルと共に居たのだろう侍女の話になった。  何でも新しい侍女は無表情なライルとは対照に、目が合えばニコリと笑って会釈してくるのだそうだ。  今日もライルを見ていたルルやロングに気づき、通りすがりだというのにわざわざ立ち止まり会釈していたらしい。 「へー、出来た侍女さんですね」 「ライル様と恋仲だって噂もあるが、周りはけっこう応援してるみたいだぞ」 「そりゃいい子で周りにも優しかったら応援もしますよね」  自分も一目見てみたかったな、とぼやくリクだったが、ふと隣が妙に静かな事に気がつく。 「ルルさん……?」  恋話になれば真っ先に食い付いてきそうなルルがおとなしい。  いったいどうしたのかと隣を見ると、料理を見つめたまま何やら難しい顔をしていた。 「ルルさんどうしました?」 「え、あら、ごめんごめん、ちょっと考え事してたわ」  二度目の呼びかけにやっと我に返ったのか、ルルは少し目を丸くした後、バツが悪そうに笑う。 「考え事って?」 「うん……なんかあの子、どっかで見覚えがある気がするのよね」 「あの子って、ライル様の専属侍女の方ですか?」 「そうそう」 「そりゃここで働いてたなら見覚えぐらいあるんじゃないか?」 「うんまぁ、それはそうなんだけど……」  うーん、と唸りながら首を傾げるルル。  なんせこの屋敷の使用人は多い。長年働いていたとしても全員の顔を覚えるなんて不可能だ。 「でもなーんか気になるのよ……」 「まあそのうち思い出すさ」 「そうね……」  そんなことを話しているうちに、三人は食事を終える。  いつまでも食堂に居座ると食堂の使用人から嫌な顔をされるので、三人は席を立ち宛もなく屋敷内をぶらついた。 「やっぱりぃ、最初に観に行く劇は恋愛劇が良いと思うのよねー」 「デートにはうってつけですね」  食事を終える頃にはルルの悩みはすっかり消え失せ、今はデートするなら何処が良いかと明るく話すルル。  ロングはあまり会話に入ってこなかったが、きっとルルの話をさりげなく聞いておいて、後日連れて行ってあげるつもりなのだろう。  やはりモテる男は違うとリクは勝手に感心する。 「ルルさんって劇がお好きですよね。お勧めの劇団員とかいるんですか?」  ならばここはロングの為にも、出来るだけルルが好きな事の情報を引き出そうと張り切る。  ルルも好きな話が出来て嬉しいのか、目を輝かせていたが、 「そうそう、町外れにも小さな劇団があってね、そこが……ぁ……──」  と、急に口ごもり立ち止まってしまった。 「……どうしました?」  立ち止まったルルは、口に手を当て目を見開くが、その視線は地面に向いたまま動かない。  そして表情は先程食堂で考え込んでいた時よりもだんだんと険しくなっていく。 「ルル?」 「ルルさん?」 「……」  呼びかけにも答えず考え込んでしまったルルだが、悩みに悩んだ様子を見せた後、ゆっくりと顔を上げた。  そして、やっと口を開いたかと思えば二人を驚かせる内容を話し始めた。 「ロング、今から副支配人に会わせて」 「は? 今からかっ!?」 「そう、今から!」  無茶言うなと困った顔をするロングだったが、ルルは真剣な顔でロングに詰め寄った。 「今から、どうしても副支配人に相談したいの……」 「相談……?」  突然の困ったようなルルの言葉に、ロングとリクは顔を見合わせ自然とルルへ体を寄せ合う。 「……どうしても今じゃなきゃダメなのか?」 「出来れば早いほうが良いわ。私、ちょっと変な事に気づいちゃったかもしれないの。でも確証がないし、もしかしたら関わっちゃいけない問題かもしれない……だから信頼できる上の人に相談したいのよ」  三人は周りに聞かせないように身を寄せ合いながら小声で話す。  確かに、確証が無いのなら友人であろうと下手に言いふらせない。  しかもルルは事実だったとしても関わるべき問題では無いかもしれないとも言った。よほどの複雑な問題に気づいてしまったようだ。 「……何かは分かりませんが、とりあえず今すぐ信用できる上の者に報告したほうが良さそうですね」 「まぁ、そうかもな」  ルルの上司は噂好きだと聞くし口が軽いと困る。リクのろくでなし上司など論外だ。  だったら、ロングの上司が一番話が出来るだろう。 「分かった、じゃあ今から行くか」 「よろしく」  話は決まったと、三人はロングの上司、護衛の副支配人へと問題を託す事にした。 「つーわけだから、またなリク」 「リク、今日は楽しかったわ! また一緒に街にでも行きましょうね」  ロングとルルはさっそく護衛の詰め所に向かいながら、リクに振り返り手を振る。 「こちらこそ楽しかったです。また皆さんで会いましょう」  リクも手を振って二人を見送り、どうか問題が無事解決しますようにと願い自室へと戻っていった。  

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