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17.望まぬ客人

   ルクリアは今日もカルイと共にライルの傍に居た。  カルイからは良く働くと褒められるが、ライルの世話だけをすれば良いので実質そこまでの労力では無い。  あとは笑わないライルの代わりに愛想を振り撒いておけば、献身的な良いパートナーだと周りは囃し立てた。  しかし、周りは彼女をライルの恋人だ将来の伴侶だと噂するが、二人の距離はそこまで近くない。 「ライル様、宝石商の方がお見えです。お茶をお出ししますか?」 「今忙しい。お引取り願え」 「分かりました」  書類から顔を上げる事なく告げるライル。  その後は会話など無く、ある程度の仕事が終わったらライルやカルイのそばに控えるだけだ。  商談中も、茶や菓子を準備したらルクリアは部屋の外で待つ。  その様子はとても親密とは言い難いが、現状を知らない使用人達はライルの後ろを愛想よく付いて歩くルクリアを見て、今日も浮足立った噂を飛び交わせる。 「ライル様ー、何かお客さんが来てますよ。ライル様呼んでくれって」 「あぁ、行く」  ライルが筆を走らせる音だけが響いていた部屋に、突然カルイが入ってきた。  それを待っていたかのようにライルは立ち上がり、ルクリアは慌ててついて行こうとする。 「ではお茶の準備を……──」 「──ルクリアはここで待て」 「え、でもお客様でしたら接客しないと……」 「接客はいらん。後でルクリアに会わせる人物が居るからここに居ろ」 「私に?」  しかし、ライルに続こうとしたルクリアだったがライル本人から止められ、おまけに会わせたい人物が居るのだと言う。  呆気にとられている間にライルは自分で上着を羽織り、今度はカルイへ告げる。 「……カルイ、お前もここで待て。そう時間はかからない」 「りょーかい」  そう言い残し出ていってしまったライル。残されたルクリアは手持ち無沙汰になり、何となく窓際に移動して外を眺めた。  カルイは勝手知ったる様子でソファに座り、うーんっと伸びをして寛ぎだす。  それで良いのかとルクリアは思わなくもないが、いつもの光景なので口には出さない。  ライルは寛ぐ際はラグを好む為、ソファはもっぱらカルイの私物のようになっている。  ライルにバレたら怒られそうではあるが、この男はきっとこりないだろう。 「私に会わせたい人ってどなたでしょう……」  このまま眠ってしまいそうなほど寛ぐカルイから窓の外の夕日に視線を移したルクリアが呟く。  するとだらしなくソファに体をあずけていたカルイが身を起こした。 「んー、家族に紹介したいとか?」 「えっ!」  何気なくこぼした呟きに予想外の言葉が返ってきて、ルクリアは驚きの言葉とともに再びカルイに振り返る。 「わ、私なんかが恐れ多いですよっ」  家族への紹介。それは親密な関係であると周囲に知らしめる行為だ。  カルイの言葉にルクリアは慌てふためきながらも真っ赤になって火照る頬に手を当てた。 「でも周りはルクちゃんとライル様は良い感じだって言ってるじゃん。ライル様そっけないけどもしかしたらけっこうルクちゃんを気に入ってたんじゃない?」 「そうでしょうか……」  戸惑う様子を見せながらも、頬を染めどこか嬉しそうなルクリア。  よかったねーっとのほほんと笑うカルイだったが、 「あっ」  と声を上げたかと思うと突然立ち上がった。 「どうしました?」 「ライル様が帰ってきたみたいだよ」 「もう? お早いですね」  耳が良いのか勘が良いのか、カルイはライルの気配を敏感に察知する。  そのおかげでサボりがバレていないようだが、バレて怒られた所でやはりこの男は動じないだろう。  カルイはルクリアの隣に移動し、ライルを出迎える準備をする。  戸の向こうで足音が大きくなり、戸が開く。まず入ってきたのは二人も見覚えのある男だった。  痩せているようで見える腕の筋肉は力強い。髪は元は黒髪だったようだが、今は白髪まじりのグレーだ。  いつもは優しげな笑顔の彼だが、今日はどこか険しい顔で入ってきたのは護衛の副支配人だった。御年四十二歳になる。  続いてライルが入ってきてまた数人の護衛が続く。そして最後にまた男が入ってくる。  副支配人と変わらぬ歳の男だったが、ひどく疲れた様子の彼はとても老けて見えた。  ふくよかな体に赤く染められた派手な髪。服装こそ正装しているが、あまり着慣れていないのか似合わない。  そんな男の表情は怒ったような、困ったような、それでいて泣きそうな顔だった。  男が完全に部屋に入ると護衛の副支配人が重々しく戸を閉める。  静まり返った部屋。突然の見知らぬ男に「誰?」と不思議そうに視線を送るカルイの横で、ルクリアが顔を引きつらせ青ざめていた。  

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