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18.ルクリア

  「……どうだ」  静まり返っていた部屋に、ライルの静かな問が響く。  男は視線を上げ、じっとルクリアを見つめた。そして諦めたように一度目を閉じて、ため息を吐く。 「……間違いありません。うちの劇団員でございます……」  男の口から力なく発せられた言葉に、カルイはまだ意味が分からないのか首を傾げる。  その隣で、ルクリアが震える声を出した。 「は、はぁ? 何を仰ってるんですか?」  意味が分からないと笑ってみせるルクリアだが、その顔は引きつり可愛らしい笑顔とは程遠い。  そんなルクリアを、ライルは感情のこもらない瞳で見据えていた。男がまた口を開く。 「アーシャ、なぜこんな事を……」 「だから! アーシャって誰っ!? 私はアナタなんか知りませんからっ!!」  明らかに焦った様子をみせるルクリアは、もう笑う余裕も無いようだ。  怒鳴る声は甲高く、ライルは耳障りだと言うように顔をしかめた。  そんなルクリアの隣には、気がつけばナジャーハ家の護衛が立つ。 「とある使用人から告発があった。お前に関してな」  静かに告げるライルは、男を促す。 「彼女の名はアーシャ、当劇団の新人団員です。まだ僅かな役しか与えていませんし、主に少年役をしていました。ですからあまり顔を知られておらず、今までバレなかったのでしょう──」 「──だ、だからっ、人違いですって! 私はこんな男知りません……っ、告発なんて……きっと何かの陰謀です!」  ライルからの圧と副支配人の射るような視線に男は静かに語りだしたが、男の声にかぶせてルクリアが叫ぶ。  しかし誰も自分を擁護しない様子にルクリアは益々焦る。  こんなはずは無いとでも言うように、ルクリアは護衛に止められながらもついにはライルへ縋ろうとした。 「ライル様! 私よりこんな男を信じるのですかっ!」  自分の胸に手を当て、私を見て、と訴える。  私を信じるでしょう? 私は恩人でしょう? 私が大事でしょう? 私は──可哀想でしょう?  涙を浮かべ震える姿が憐れみを誘う。それでもライルの目はただただ鬱陶しい物を見る目で、 「お前への信用など、はなから無い」 「な……っ」  と、ルクリアをいとも簡単に突き放した。 「お前と話せば話すほど違和感が深まるだけだった。ただ処するのに必要に足るボロを出すまで泳がせていただけだ」  予想外の所で確証を得たがな、と淡々と語るライルに、ルクリア改めアーシャの顔色は、怒りで赤くなる。  可哀想な姿から歯を食いしばる姿に変わりかけた時、場違いな気の抜けた声が響く。 「えー、ルクリアちゃん処されちゃうの?」 「処され……ッ」  カルイの言葉に、アーシャの真っ赤な顔は一気に血の気が引く。  何か言わなくてはと口を開くが、うまく言葉が出てこない。そんなアーシャを置いて、ライルが更にたたみかける。 「カルイ、この女はリクでもなければルクリアでも無い。ただの罪人だ」 「ふーん」 「待っ……!」  罪人。突き付けられた札に歯ぎしりをし、それでも尚アーシャは言い募った。 「違うっ! 私は……私は雇われただけですっ! 悪いのはその人でしょ!?」 「アーシャ、それでも断る事は出来たはずだ。私に相談する事もな……」 「う、うるさい……っ」 「それもせずに突然劇団から消えて、どれだけ心配して探したと思っている」 「だ、だって……それは……」  男を睨み叫ぶが、言い訳は徐々に尽きていく。縋るように周りを見渡すが、突き刺さる視線は厳しいものばかりだ。 「大方私に気に入られれば妻の座につけるとでも言われたんだろう。ナジャーハ家の財産に目がくらんだか」 「……っ」 「あぁ、それに宝石商から勝手に私名義で宝石を買っていたのは知っている。バレないとでも思ったか」  その言葉を合図に、アーシャの両脇を護衛が拘束する。  副支配人がアーシャを連れて行こうと戸を開け、もう話は終わったと周りも解散しかけた、その時だ。 「──……っ、バッカじゃないの…………っ!!」  部屋の外にまで響くであろう甲高い大声。 「なーにが尽くしてくれた恩人を探してる、だっての……そんなヤツ始めっから居ないんだよ! いつまでも幻想抱いてんじゃねーよ!」  突然の口汚い罵りに、刹那、周りは誰の声か理解出来なかった。  しかし、両脇を強く拘束されていても尚も暴れようとするアーシャから吐き出された言葉だと理解し、慌てた護衛が更に集まった。  カルイは、いつも穏やかに笑う可愛らしい少女から口汚い言葉が出てきて呆気に取られる。  そんなカルイにお構いなしに、更に罵りは続く。 「動きも喋りもしない、おまけに目も開けない役立たずの人間なんかに優しくするバカなんか居るわけないだろ! 夢物語も大概にしろってのっ!」 「おいっ、大人しくしろ!」 「せっかく私が夢物語の恩人になりきってやったのにさっ、アンタも私を信じてりゃ幸せだったのに……バカだよねぇ」  悪意のこもった言葉を投げつけながら、アーシャは馬鹿にしたように笑う。  そんな中でライルは、顔色を変えずに護衛へ合図を送る。合図を受け、アーシャは今度こそ引きずられるように部屋を出ていった。 「どうせ見つかりっこないんだ。だってそんな人間居ないんだからさ……さっさと諦めちまえ──っ!」  護衛に連れられながら、最後までライルを睨み喚くアーシャ。  騒ぎを聞きつけ集まった使用人達が、アーシャの変わりように目を丸くする。  そんな好奇の目も気にせず叫び続けたアーシャだったが、次第に声は遠くなり、広い屋敷内へと消えていった。  目撃した使用人達は、戸惑いを見せながらも散っていく。きっと日が昇る頃にはアーシャの噂でもちきりになっているだろう。 「……ねぇライル様、誰に頼まれたのかルクリアちゃんに聞かなくて良かったの?」  部屋は、とっくに日も落ち薄暗くなっていた。  そんな暗くて静かになった部屋で、ポツリとカルイが問うた。 「問い詰めた所で答えまい。それに──」  ──あらかた見当はついている。  そう言ってライルも部屋を出る。カルイも続こうとしたが、ライルが止める。 「外の空気を吸いに行くだけだ。カルイはもう戻れ」 「……了解」  カルイの返事を聞いて部屋を出たライルは薄暗い屋敷を歩く。  ライルの可愛らしい専属侍女の、突然の変わりようにまだ騒然とした屋敷。その騒音から背を背けるように、ライルは闇へと消えていった。  

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