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20.不届き者

   夜の庭は心地良い。  暑さも和らぐし風は気持ちいいし、月の光に照らされた草花は銀色に輝き綺麗だ。  そんな中で休憩をしていたリクは、今日はカルイからの差し入れは無いのかなー、とのんびりしていた。  しかし、せっかく気持ちいい風に身を委ねていたリクだったが、のんびりしたい気持ちを裏切るような目を疑う光景を目撃してしまう。 「あーっ! ちょっと何してるんですかっ!!」  咄嗟に叫んで大理石のベンチから飛び上がった。  とても黙っていられない、とんでもない不届き者を見つけてしまったからだ。  薄暗くて顔は見えないが、大きな男がまだ芽が出たばかりの花壇に足を踏み入れようとしているではないか。  そんな事が許されるはずがない。 「そこは花壇ですっ、踏んだら許しませんからね!」  最も美しく見えるように等間隔でタネをまき、花の芽と間違わないように慎重に雑草を抜き、綺麗に咲けるように間引いて、また植えて……  その足跡一つ分にどれだけ労力がかかっていると思うんだ。  ぷんすこと腹を立てながら、リクは不届き者に近づいた。また一からやり直しなど、まっぴらごめんである。 「……聞いてますか?」  しかし、リクの怒りをぶつけても一向に動こうとしない人物。  不審に思いまじまじと見て、男がずいぶん仕立ての良い服を着ている事に気づく。  上から羽織っている肩布は黒っぽく見えるが月明かりに照らされた所は群青色に輝き、刺繍も凝っていた。  中に着ているチェニックすら、艶がある生地で高級そうだ。  見るのが怖いが、見ないわけにもいかない。リクは意を決してゆっくり視線を上げると、意思の強そうな瞳とかち合った。  いつの間にこちらを向いていたのだろう。  リクを見つめる目は鋭くも思えたが、どこか驚いているようにも見えた。  リクを映す瞳は夜の帳より黒く見えて、光を反射すると青く色づいた。  パンに塗ったブルーベリージャムよりも青いなと思った。 「…………えーっと……」  これは、マズい。たぶんおそらくきっととても、マズい。  なんせ目の前のこの男、どう見たって使用人では無いのだから。  高貴な人物にしては腕輪などの装飾品は少ないが、一つ一つに大きな宝石が付いている。  そこらの一般市民では到底普段遣いなど出来ないだろう。  腕輪の一つに何故か他とは見劣りする物もあるが、きっと自分では価値の分からない貴重な物なのだろう。  そんな存在感のある人物がこんな時間にこんな場所に居ると言うことは──  ──……よし、謝って逃げよう。  そう結論付けた矢先だ。 「──申しわけ……ひぎゃっ!?」  一歩後ずさる隙もなく長い腕に捕まった。  謝罪して一目散に駆け出そうと思っていたリクだったが、気が付いたら引き寄せられ大きな体に包まれていたのだ。  リクは焦る。同時に恐怖心が襲う。  なんせ自分を掴んで離さない腕の力強さから、たとえ地球の裏側だろうと深海の海底だろうと地獄の果てだろうと絶対に逃さないという意志が伝わってくるのだから。 「ももももも申し訳ございませんすみませんでしたごめんなさい許してくださいーっ!!」  垣間見える恐ろしいほどの執着に『処される……!』とおののき、リクは咄嗟に叫んでいた。  しかし暴れようが叫ぼうが、リクを絡め取る腕はほどけない。  まるで捕食された小動物のような絶望感を味わいながら、それでも何とか抜け出そうとする。こんな所で死んでたまるかと思いながら。 「……? あ、の……」  しかし、体力の限界がきて力尽き、暴れるのを止めたところで気づく。強くリクを抱きしめる男の腕が震えている事に。 「あ、あのぉ……?」  その姿はまるで、捕まえていると言うよりすがりついているようだった。  リクを胸に閉じ込めながら、頭はリクの首筋に埋めて動かない。リクから顔が見えなくていったい何を考えているのか分からないが、掴む腕は強く強く引き寄せてリクの服をも千切れんばかりに握りしめる。  そして震える腕は、力んで震えていると言うより、何かに怯えて震えているように感じた。 「えっと……だ、大丈夫……ですか?」  自分より遥かに大きくて、おそらく地位も比べようも無いほど上位であろう男が、何故か自分にすがりついて震えている。  まったく現状が分からないが、ほっとくわけにもいかず、リクは気がつけば男の頭を撫でていた。  はっ、と気が付き、これこそ不敬じゃないかとも思ったが、もう今更かと開き直り少し癖のある黒髪を撫で続けた。  無造作に一つにまとめられた黒髪は艶があり、朝露に濡れた茄子のように綺麗だと思った。 「──……同じだ……」 「は?」  やや現実逃避しながらもどうしたものかと困っていたリクに、低くてかすれた声が届く。  耳元で呟かれた声は、穏やかで優しいものだった。  

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