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23.カルイという男

  「──……という訳で、ライル様はとても良い方でした」 「どういう訳かまったく分からないわよ」 「なにやってんだリク」  昼下り、護衛宿舎の屋上で馴染みの顔が揃う。  話題はもっぱらライルの元侍女の事だろうとロングやルルは思っていた。  しかし期待は大きく外れ、リクから飛び出す信じられない話におどろきを通り越して呆れる二人。 「リク、怪しい人からお菓子あげるって言われてもついていっちゃ駄目よ?」 「失礼なついて行きませんよ! ちゃんと奪って逃げます」 「菓子を諦めて逃げろ!」 「……冗談ですよ」 「半分本気だったでしょ」  ナジャーハ家の跡取り息子、ライルに部屋に突然連れ込まれて処刑を覚悟したがお菓子をくれたのでいい人でした。──で話を締め括ったリクに心配の目を向ける。  ルルはリクにとうとうと認識の甘さを言い聞かせ、ロングはやはりリクは甘味で攻めるべきかと謀をめぐらせ、その隣でカルイがあくびをした。 「──……で? 何でカルイまで居るんだ?」 「あ、ロンちゃん久しぶりー」  煉瓦の壁に背を預けて床に座るカルイは笑ってロングへ手を上げる。  その珍しい存在に初めは戸惑ったが、あまりに軽い空気感に戸惑うのもバカバカしくなった。 「それで……ホントになんでライル様の側近がここに居るのよ。飴舐めてるし」  本来ならライルのそばにいるべき人物で、更に言えば下っ端が話を出来る立場の者でもない。  しかしながら、カルイを見ているととてもそんな重要な人物には思えず、ルルは訝しげに首をひねった。 「カルイさんとロングさんってお知り合いだったんですね」 「あぁ、カルイは元々護衛に居たからな」 「へー」 「カルイは護衛の腕は確かだよ。……護衛の腕だけは……」 「あ、それ以上言わなくて大丈夫ですよ」 「えー、なになに? どゆこと?」 「なるほど、こういう人なのね」  なぜライルの側近をしているのかは知らないが、特に警戒すべきではないようだとルルは結論付ける。 「まぁいっか。カルイさんはさておいて……それよりリクはどうしてそうなったの?」  なのでカルイに関してはひとまず置いておいて、ルルは本題に入る事にした。 「確かに私はライル様の専属侍女が外部の人かもしれないって密告したわよ。それで彼女が偽物だって明るみに出て昨日解雇されたんでしょ。でもなんでその後リクがライル様に接近しちゃってるのよ。今はライル様の側近まで付けられちゃって……これって見張られてるんじゃないの?」 「やっぱり見張りですかね」 「へー、そうなんだ」 「カルイ、何でお前が一番理解してないんだよ」  本題に入ったは良いがやはりカルイもリクも緊張感が無く、かなり重要な話題だと思っていたルルはそれで良いのかと遠い目をした。 「それにしてもルルさんは良くルクリアさんが偽物だと分かりましたね」 「あぁそれね、劇団で見覚えがあったのよ。でも少年役だったし、もしかしたら私の勘違いかもしれないし……だから先に他の人に相談したんだけどさ」 「無事解決して良かったですよ」 「まぁルルが巻き込まれなくて良かったがな……なのに何でリクが巻き込まれてるんだ」 「僕が聞きたいですよ」  ライルの専属侍女が解雇された話をリクが聞いたのはついさっき、ルルからだ。  たいそう驚いたし、その話と自分の話がどう繋がっているのかリクにも分からない。  リクが分かっているのは、なぜだか突然ライルに連れ去られ、なぜだか膝に乗せられて、なぜだか美味しいお菓子を山程食べさせられた。  そして気がつけばご満悦で自分の部屋で寝ていた。  お腹がいっぱいで頭も整理する隙もなく朝までぐっすり寝てしまったが、一夜明けてあれは何だったのかと頭をひねった。  自分の部屋までライルが付いてきて部屋に入る前に頬を撫でられたが、ライルは何がしたかったのだろう。  昨晩の記憶はあまりにも現実離れしていて、もしや変な夢でも見たのだろうかと考えていたらドアの隙間にリク宛の手紙。  きれいな字で迎えが来るまで部屋を出ないようにと書かれており、日も登らない早朝だと言うのにご丁寧にも朝食まで運ばれてきた。とんでもなく美味しい朝食だった。  新鮮なサラダに具だくさんのスープに出来立ての揚げパン。チャイまで付いている。  美味しい物の前では「何でこんな物が」なんて疑問は吹っ飛び、リクは下っ端にしては豪華な朝食を堪能する。  その後は音沙汰なく、いつまでも仕事に行かなかったらあのろくでなし上司が怒鳴り込んで来るんじゃないかと心配になった。  しかしそんな心配事は起こらず、昼近くになってウトウトしていたら、やっと戸を叩く音が聞こえたのだ。 「やっほー、ターちゃん。遅くなってごめんな。なんかさ、二時間ぐらいライル様から怒られてたんだよな。そんで、ライル様が昼間はターちゃんのそばに付いとけって。そんで害を与えようとするヤツは潰せって言われたんだよね。潰すのってキン○マで良いのかな?」 「…………たぶん物理的に潰せって意味じゃないと思いますよ……」  突然のカルイの登場と発言に色々聞きたい事はあったが、カルイに尋ねた所で無駄な気がした。  なので余計な事は聞かずにちょうど昼休みの時間だった為、ロングとルルを見つけて話をしていた訳である。 「やっぱりライル様が恩人を探してるって噂は本当だったんじゃない? で、それがリクだったと……」 「いえ、それはありませんよ。僕はライル様が恩を感じるような事なんかしてませんもん」 「そう思ってるのはリクだけだったりしてな」  ロングはそう言うが、リクはやはり違うだろうと考える。  ライルがもし本当に寝たきり時の恩人を探しているのなら、一年ほど探し続けている事になる。  自分は確かに多少の世話はしたが当たり前の仕事をしただけで、わざわざ一年も探してまで礼を言われる筋合いはない。  むしろ善意のつもりでした事も、今振り返れば無礼以外の何物でもない。恩人とは程遠いだろう。 「そう言えば、カルイさんはいつまで僕に付いておくんですか?」 「ライル様が夜はまたターちゃん連れてこいって。それまでじゃない?」 「えぇー……今日も菓子が山積みなんですかね」 「いっつもあるよ」 「へー……困ったなぁ」 「顔がにやけてるぞリク」  なんとなく予想はしていたが、やはりまたライルに会わなくてはいけないらしい。  それは困ったと、まったく困っていなさそうなリクにロングは心配の目を向け、次第にそわそわしだす。 「……なぁカルイ。それって俺も付き添っちゃ駄目か?」 「駄目じゃない?」 「何でだよ」 「んー、なんかそんな空気っぽい?」 「お前に空気を読む力があったのか」 「ロングさんもお菓子食べたいんですか? ちょっともらってきましょうか」 「いや、そうじゃなくてだな……」  ライルが何を考えてリクに接近したのか、実際に様子を見ていないロングは気が気じゃなくて頭を悩まし、ルルは「頑張ってロング」とこっそりエールを送る。  そんな話をしながら食堂から持ってきたミートパイを皆で食べる。  昨晩の侍女の件でまだ騒がしい屋敷とは対照に、この場所だけはゆっくりとした時間が流れているように感じた。 「しかし……まさかあのカルイがライル様の側近になるとはなー」 「みんなそれ言うんだよね。なんでだろ」 「なんでだろうな」 「なんででしょうね」 「なんでかしらね」  その後も決してカルイとは目を合わせない会話が続いたのだった。  

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