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24.二度目

   昼を過ぎ、庭師の仕事の時間になってリクは裏庭へと向かった。  カルイの話によれば、もう早朝からの清掃員の仕事はしなくて良いそうだ。やっとまともな労働時間となり、リクはほっと息をついた。 「ターちゃんももっと早く言えば良かったのに」 「正当な抗議をしても立場が悪くなる事のほうが多いですから」 「そんなもん?」 「そんなもんです」  裏庭に行くと庭師の親方がやたらと優しくて、しかし昨晩の事は話題には出さない。  妙な居心地の悪さを感じながら、いつものように草むしりから始まり剪定の手伝いをする。  その間カルイは飽きたのか適当にウロウロしたり居眠りしたりと自由だった。リクは見張らなくて良いのかと思うが、見張られたら見張られたでやりづらいので放っておいた。 「カルイさんカルイさん。仕事終わりましたよ」 「んー……あれ、終わったの? お疲れさん」  仕事を終え、大理石のベンチに堂々と寝そべっていたカルイを起こす。  そしてリクは自室へ戻ろうとするが、寝起きで呆けていたカルイが慌てて腕を掴む。 「ターちゃんそっちじゃねーって。ライル様の所に行かないと」 「……やっぱり行かなきゃ駄目です?」 「駄目だろなー。俺が怒られるもん」  このままどさくさに紛れてバックレようとしたリクは肩を落とす。  いつもいい加減なくせに大事な所は忘れないカルイが恨めしい。見逃してくれたっていいのに。 「じゃあせめて体拭いて良いですか?」  庭師の仕事で土や草の付いた体のままライルの所に行くわけにはいかない。  リクは水場に向かい体を拭いて服を着替える。出来る限り時間を使って綺麗にした。 「──……着いちゃった」 「着いたね。早く入ろうぜ」  しかし、いくら時間をかけたところで結果は変わらなかった。  ほんの僅かな悪あがきをしたが、結果はライルの部屋の前だ。  行かなきゃ駄目だよなぁ、と思いながらもうだうだしていると、カルイが無情にも大きな部屋の大きな戸を開けてしまう。 「来たか」  すると思いの外近くで声がしてびっくりする。声の元を辿れば、戸の近くでライルが壁に肩を預けて腕を組み待ち構えていた。怖い。  ライルの存在感に威圧されていたら、腕を捕まれ部屋に引っ張り込まれる。怖い怖い怖い。  せめてにこやかに出迎えてくれればまだ心の安泰は保たれるのだが、なんせ顔が怖い。なぜそうも眉間にしわを寄せるのか。  そうこうしてる間に戸が閉まる音がする。振り返ればもうそこにカルイは居なかった。薄情者め。 「ああああの、あの、あのっ」  腕を掴まれずるずる引きずられたかと思うと、そのまま軽々担がれる。リクの悲鳴に近い声が響くがお構いなしだ。  力強い腕は安定感があり落とされる心配は無さそうだが、別の心配は膨らんでいく。  このままだと、またライルの膝の上に乗せられるのではなかろうか。  そんなリクの心配は簡単に的中し、ライルはどうやらお気に入りらしいラグの上に寛いで横抱きのリクを己の上におろした。 「……」  あぁまた、謎の空間が出来上がってしまった。  だだっ広い部屋に大富豪の子息と二人っきり。おまけに膝の上。  人生二度目の経験だがたとえ百度目になろうと慣れる気はしない。百度も経験したくは無いが。  ライルはただリクを見つめるだけで口を開く様子はなく、益々リクを戸惑わせた。 「……あのぉ、ライル様」 「……っ」  名を呼んでみても返事は無い。  昨日はどうやって過ごしてたっけ、と考え、そう言えば山程菓子があったのだったと思い出す。  しかし今日は、こっそり見渡してみても菓子の山は見当たらない。カルイがいつもあると言っていただけに少し期待したリクは人知れず落胆する。 「……名を……──」 「はい?」  そうこうしている間にライルがやっと口を開いた。  しかしあまりにもか細い声で言うものだからリクはほとんど聞き取れなかった。  何と言ったのだろう、とライルを見れば、口に手を当て視線はリクから外れていた。  心なし顔が赤いのは気のせいだろうか。 「……すまない、聞き取れなかったからもう一度言ってくれ」 「えっ」  ライルはそう言うと、リクの体を更に引き寄せて耳を傾ける。  絶対に聞き逃すまいという態度にリクは困ったように眉を下げた。 「でも、僕はただライル様の名前を呼んだだけですよ」 「……」  そんな大袈裟なほどに顔を寄せられても、リクはただ名を呼んだだけだ。  まるで重要な案件を聞き逃したように振る舞われても、リクに差し出せる話題は無い。  しかしライルは何かに満足したように顔を上げた。 「それで、私に何か用か」 「いえ、僕が用と言うか……」  ライルの声はいたって穏やかだが、どうも内容が噛み合っていない。  むしろライルが自分に用があるのではないのか、とリクは首を傾げた。でなければわざわざ部屋に連れ込まないだろうし、ましてや膝なんかに乗せない。  いや普通は用があっても膝には乗せない。  やはり金持ちの考えは庶民の自分には理解出来ないな、とこっそりため息を吐いた時、戸を叩く音が部屋に響いた。  

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