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25.見守るシーリン
「お食事をお持ちしました」
「入れ」
ライルの返事と同時に扉が開く。
そこで、リクは驚きの声を上げた。
「シーリンさん!」
いつも日も登る前の厨房で顔を合わせていた料理長の妻、シーリンがワゴンテーブルを押して入ってきたのだ。
馴染みの顔に安心し、リクの表情が和らぐ。
「あらあら。ずいぶん甘えたさんになってるじゃないか」
「へ? あっ、いや、違いますよ! 僕が自主的にこうしてる訳じゃ……っ」
「あっはっは、分かってるさ」
そう言いながらも豪快に笑うシーリン。
リクはライルに抱っこされている所を知り合いに見られた恥ずかしさに顔を赤くするが、かと言って勝手にライルからおりるわけにもいかない。
しかしシーリンがワゴンテーブルに乗せられた物を次々目の前におろしていく様子に、今の状況などどうでも良くなる。
「うわ……うわ、凄い……」
「しかしカルイから話は聞いたけど、ホントにリクだったんだねぇ」
「え、え、凄い豪華ですねっ、美味しそう……」
「全然聞いてないねぇ」
並べられる料理の数々。肉料理や魚料理、野菜は繊細な飾り切りが施されて目にも鮮やかだ。
種類は豊富でおまけに山盛り。出来立てで湯気がたち、良い香りが鼻をくすぐる。
「ライル坊っちゃんもお元気になられたようで良かったですよ」
「坊っちゃんはよせ」
「あはは……すみませんねぇ、ついクセで言っちまう」
リクが料理に釘付けになっている間に二人の会話がかわされる。
ライルは幼い頃のように呼んでくるシーリンに不満気に眉を寄せるが、シーリンはどこ吹く風である。
しかしその瞳は、実の息子の成長を見守るように温かかった。
「大切なものが見つかったんですねぇ」
「……まぁ、な」
「ふふ……」
ライルもそっけないフリをしているが、シーリンと会話する横顔はどこか幼くも見えた。
「リク」
「……あっ、はい!」
「ライル様を宜しく頼むよ」
「へ……はぁ」
自分はいったい何を頼まれたのか。
美味しそうな料理に夢中になっていて話を聞いていなかったリクは首を傾げながらも曖昧な返事をする。
しかし例え話を聞いていたとしても、今のリクには理解出来なかっただろうが。
シーリンの言葉も気になるが料理も気になる。
一礼して出ていくシーリンに寂しさもあるが、それより今は出来立ての料理だ。
そわそわとしだしたリクの様子にクスリとライルが笑ったのをリクは知らない。
「さっそく食べるか」
「そうですね冷めちゃう前に! ……あのっ」
「一人では食いきれん。リクも食べてくれ」
「喜んで……っ!」
これまでにないほど笑顔を輝かせてライルを見るリク。
そこでライルは刹那、息をつまらせるが、ふー……っと吐き出してリクを隣におろした。
用意された皿に手を伸ばしたライルに、リクは慌てて言う。
「ライル様っ、僕が取り分けますよ!」
「いや、私にやらせてくれ」
しかし頑として譲らないライルに、自分で好きな物を取りたいのだろうかと考え、リクは乗り出していた体を戻した。
そして自分は何を食べようか端から端まで視線を走らせていたら、目の前に山盛りの皿が差し出された。
「遠慮なく食べろ」
「え、え、え……っ」
「嫌いな物があったか?」
「いえっ! そうじゃないですけど……っ!」
まさかライル自身から料理を取り分け手渡されるとは思わず、リクは恐れ多くて必死に首を振る。
いくら料理を目の前にしているリクとは言え、流石にただの下人が主人から世話をやいてもらうわけにはいかない。
そんな恐れ多いとリクは焦る。人並みに焦る、が、とても美味しそうな料理を目の前にしているリクだ。視線はどうしても料理に流れてしまう。
しかも、食べろと手に渡されたのだ。
「……いただきます」
理性は強すぎる食欲に簡単に負けた。そして、ライルから向けられる熱い視線もものともせずに、取り分けてもらった料理を口にふくんだ。
「〜〜っ」
美味しい、美味しすぎる。この世にこんな美味しい物があったなんてなんて素晴らしい世界なんだ。しかしどうして今まで誰も教えてくれなかったんだ。
世の中の何かに怒りと賛美を送りながら満面の笑みで料理を頬張るリク。
ライルが腰を引き寄せてきた上にジッと見てくるのでやや食べにくいが、絶品料理の前では些細な事だ。
それよりもライルが更に盛り付けた皿を用意してくれているのが嬉しくて、リクの中でライルの株は簡単に急上昇していった。
だがしかし、天国の後には試練が待ち受けている事を、幸せの絶頂にいるリクは知らなかったのだ。
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