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26.まったくもって今更であるが
口の中でとろけるような肉も新鮮な魚介類も優しい味のスープも見たこともないような食材も堪能して、リクはご満悦にお腹をさする。
これほど満腹になるほど食べたのに、まだまだ手を付けていない料理があるのが残念だった。
「もう満腹か?」
「はいもう……」
ライルは更に食べさせようと盛り付けているが、リクは残念そうに首を振る。
目の前の料理を残すなどリクにとっては愚の骨頂だが、どう頑張ってもすべてを腹に収めるのは不可能だ。あと胃袋が三つほど欲しい。
残った料理は持って帰れないだろうかと頭をひねるが、ふとある事に気づいた。
「ライル様は食べないのですか?」
食べるのは自分ばかりで、ライルは一口も口をつけていないのだ。
本来ならライルの為に用意された物だろうに、食欲がないのだろうかとライルを見た。
「食べて良いのか?」
「へ? も、もちろんで──……ひぎゃっ!?」
そこでライルから予想外な質問をされた。ライルの物なのだから好きにすれば良いのに、と思い返事をしたら、思わず叫ばずにはいられない事をライルはやってのける。
「なななななな……っ!?」
「食べて良いと言ったろう?」
「料理をですっ! 僕のわけ無いでしょうっ!!」
「それは残念だ」
何故か近づいてきたと思ったら、頬をペロリと舐められたのだ。主人相手に叫んだとしても無理はないだろう。
舐められた頬を手で覆いながら体を離そうとするが、肩を抱く力が強すぎてまったく離れない。
そんな大いに戸惑うリクの様子に、ライルが珍しく笑った。
そこでようやくリクは、ライルの眉間のシワが消えている事に気づく。
自分を見る目は楽しげで、無慈悲で厳しいと噂されるライルの姿とは程遠い。
何故そんな目で自分を見るのか。何故体を引き寄せ近づけようとするのか。何故こんなにも、美味しい物を食べさせてくれるのか。
「あの、今更なのですが……──」
まったくもって今更であるが、
「──何で僕なんかにこんな事を……?」
おかしい事だらけの現状に、ようやく向き合ったリク。
遅すぎるだろとリクも我ながら思うが、頭がついていかなかったのだから仕方ないと言い訳した。
そんなリクの質問に、少し目を見開いたライルはすぐに面白そうに目を細めて、
「言わなければ分からないか……?」
と返事をする。
分からないかと訊かれれば、思い当たる節がある。
あるにはあるが、あまりに身分不相応で身の程知らずの考えであった為に口に出せず黙ってしまうと、ライルがゆっくり近づいてきて耳元でそっと囁いた。
「お前を愛しているからだ……」
「あ、愛……っ」
予想していなかった、いや頭の隅でもしかしたらと思いつつもありえないと否定していた言葉を囁かれて、何度目かのパニック状態だ。
あたふたと意味のない動きをして、目の前の果実を無意識に口に含んで、味も感じないまま飲み込んだ。
隣でクスリと笑う声が聞こえたが、もうどうすれば良いのか分からない。
しかし、リクの戸惑いも無理はないのだ。
この世界で同性愛者は、少数派ではあるが珍しくも無かった。
しかし、元々の思考からか、もしくは前世の記憶が無意識に作用しているからなのか、自分は漠然と異性と結婚するだろうと思っていたのだ。
同性とどうこうなるなんて、考えもしない。ましてや、国でも有数の大富豪の跡取り息子と己が、なんて、想像できるはずもないではないか。
「……あ……ありえない……」
「ありえない?」
思わずこぼした言葉をライルが拾い上げ怪訝な顔をする。
不敬だっただろうかと不安になったリクだったが、
「ぉわっ!?」
突然抱えられて驚きの声を上げる。
何事だと考えている間にライルが立ち上がり向かったのは先日見た真新しい扉。
片手で器用にリクを抱え上げたままライルは扉を開く。
そこで見た光景は、なんだかやたらと綺羅びやかな世界。
何故こんなにもキラキラしているのかと目を凝らせば、所狭しと宝石が並べられていたのだ。
「な、なん──」
「すべてリクの為に用意した物だ」
「僕ーっ!?」
増築したらしい部屋はライルの部屋と変わらないほど広く、天井も高い。
そして何より、テーブルやショーケース、チェストにまで所狭しと宝石が飾られているのだ。
「私は誰かをここまで愛した事はない。だからどう愛せば良いのか分からずにこんな物しか用意出来なかったが……どうだ?」
「こんな物って……」
宝石の価値は分からないが、おそらくライルが『こんな物』と言った宝石一つで家が買えてしまうのではないだろうか。
それを『どうだ?』と言われても、自分にどうしろと言うのか。
「あの……ぼ、僕は宝石なんか選べませんっ」
こんな物を持ったまま街に出たら、即刻身ぐるみ剥がされて海へポイだ。もらえるはずがないだろう。
だから思いっきり首を振ったのだが、その様子にライルが笑って答えた。
「選ぶのではない」
「あ、そうなんですか?」
「ここにある物すべてお前の物だ」
「もっとダメなやつだ──」
とんでもない所に来てしまった。
豪華な食事に浮かれている場合じゃなかった。
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