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27.ナンデダヨ

   ライルがやたらとドヤ顔で見つめてくるが、リクはどう頑張っても笑顔は返せない。 「こんなに宝石をもらっても僕は困りますっ! 保管しておく場所もありませんし……っ」 「……リク、お前は何か勘違いをしている。宝石がお前の物だとは言っていない」 「へ?」 「この部屋まるごとお前の物だと言っているのだ」 「……」  だからそのドヤ顔を止めろ……などと言えるはずもなくリクは遠い目をする。  そして価値観が違いすぎる人種にどう説明すべきか頭を悩ました。  しかし、尻尾をぶんぶん振る大型犬のように見つめられては叱るに叱れない。そもそも自分に叱る権利など無い。立場が違いすぎるのだ。 「えーっと……お気持ちは嬉しいのですが、僕の身の丈には合わないと言うか……きっと喜ぶ人はたくさんいらっしゃると思いますのでこの素晴らしい贈り物は僕ではなく価値の分かる相応しい方に──」 「──リク」  とにかく断らなくては、と必死にかどの立たない断り文句を考えるリクの言葉を、ライルの強い声が遮る。  その声にビクリと体を強張らせたリクは、顔を上げれば真剣な瞳とかち合った。 「この日の為にずっと準備していた。リクただ一人、お前に贈りたいが為に……」 「お……──」  ──重い。  とは、なんとか口に出さなかったが、思いっきり顔が引きつってしまったのは致し方ない。  そんなリクを抱えたまま、ライルは部屋の中心まで移動しソファーへと腰掛ける。  ライル越しでもふわふわだと分かるソファーはリクが寝転べるほど大きく、もしかしたら日頃使っているベッドより広いかもしれない。  このいかにも高そうなソファーすら己の物だと言うのだろうか。 「なんで……僕はライル様にここまでしてもらう理由なんて無いのに……」  リクが思わずこぼした言葉は、紛れもなく本心からだった。  しかし、そんなリクを見てライルがわずかに目を見開き、悲しそうな顔をする。 「……本気で言っているのか。私を絶望の淵から救い上げた自覚は無いのか?」 「はい!? 無いですよ、きっと人違いですっ!」 「いいや、間違いなくリクだ」 「そんな事言われても──っ」 「──リク……」 「……っ」  再び訪れる沈黙。  有無を言わさぬほどの視線に圧倒されるが、リクの手を握ってきた大きな手のひらは縋られているようにも感じた。 「私はリクの為なら何でもしたいと思っている。私の気持ちに今すぐ応えてくれなどとは言わない。ただ、もし少しでも私を哀れに思うのなら……──」 「ライル様……」 「──口づけを許してもらえないか」 「ナンデダヨ」  耳を伏せて主人の許しを請う大型犬のようなふりをしてとんでもない要求をしてくるライル。リクからついに本音が出てしまったのは仕方ないだろう。  言いながらリクの手に唇を寄せ上目遣いに見つめる姿はたいそう色っぽく胸が高鳴ってしまったが、リクは振り払うようにぶんぶん頭を振った。  流されるなと意志を込めて。 「いやいやいやいやちょっと待ってくださいおかしいでしょっ!」  いくら主人だとしてもこの要求はおかしい。色々とすっ飛ばしている気もするし、この要求を飲んでしまえばお互い大事故に繋がりかねない。  そう必死になって止めようとするリク。 「……駄目か? どうしても」 「だ……っ」  しかしながら、ライルに悲しげな瞳で見つめられれば、リクはまた言葉に詰まってしまうのだ。 「だ、だって、だって……っ、あのっ」 「駄目……か」 「〜〜っ!」  え、これ自分が悪いのか? とリクは段々罪悪感が湧き上がってしまう。  これだけ美味しい物を食べさせてもらっておいて、たった一つの願いすら断る自分は非道なのだろうか。  たかだか、皮膚と皮膚の接触じゃないか。だったら今手を握られているのだって言わばキスだ。  山程食べた豪華な食事の対価にしてはとても安いものなのではないか── 「──…………いっかい……だけ、なら……」 「そうか!」 「うぅ……っ」  なんだかとても間違えている気がするが、今を乗り切るにはもうこれしかない気もした。  ライルの手が更に強く握られて一瞬怯むが、一度決断したなら覚悟を決めろ、と気合を入れて強く目をつぶった。  自分の手からライルの手が離れるのを感じ、すぐに頬を包まれる感覚がある。  いよいよか! と、気合を入れ直す前に唇を覆われた。触れた物は熱くて柔らかかった。  きつく瞼を閉じたリクの肩を強く引き寄せ、数回にわたり角度を変えて吸い付いてきた。  やっと唇が離れて、「ぷはっ」と止めていた息を吐く。  同時に開いた瞳に映ったのは、至極幸せそうに目を細めて己を見つめるライルだった。 「……っ」  これはもう大事故以外の何物でもないだろとさっそく後悔が渦巻く。  しかしそんな顔を見てしまうと、なんだかとても良い事をした気分になるのは良くない考えなのだろうか。  夢見ていた理想の初キスは、可愛くて笑顔が素敵なふわふわした女の子とする甘酸っぱいものだった。現実とは世知辛いものだと世界の厳しさを学んだ気分である。  だが、世界でも名のしれた大富豪の子息がここまで幸せそうにするのならば、キスの一つぐらいお安いものではないか。  もう二度と戻らない、初めてのキス、だったが…… 「……泣いているのか?」 「いいえ全然!」  どう考えても大事故が起きたようにしか感じないがリクは意地で笑った。  自分が決めた事なのだ、今更後悔しててもしょうがないだろう。  このキスは金輪際忘れ去って、新たな思い出を作ればいいじゃないかと。リクはそう思うが、忘れられる自信はまったく無い。なんせ心のダメージが大きすぎるのだ。  ただ、妙に気持ちよかった。  美味しい物をたくさん食べて幸せになっていたからか、ライルの力量なのか、それは分からないが。  リクがそんな事を考えている間にも、ライルは満足気にリクの柔らかな髪をいじる。  目の前の男は今は至極幸せそうだが我に返って後悔しないだろうかと心配しながら、リクはされるがままに脱力していた。色々と疲れたのだ。  すると調子にのったライルが更に身を寄せてきた。 「明日は……街にでも行こうか……」 「ひ……」  耳元で囁かれる声の、なんと色っぽい事か。  わざわざ耳元で囁く必要性は無いだろうに、ライルは意図的に甘い空気を作ってリクを翻弄する。  それに抗おうと顔をそむけ、真っ赤な顔で言い訳を探すリク。 「えっ、えっと、仕事があるのでっ」 「明日は庭師は休暇日だろう」 「そう、でしたね……」  しかし即刻逃げ道を奪われ、再び乾いた笑いを上げた。  虚無の領域に達したリクとは対照に、日頃のライルを知るものが見たら目を疑うほど上機嫌なライル。  どさくさに紛れて手元にあった大きな宝石のついた装飾品をリクにあてがおうとしたので、リクはやんわりその腕を遠ざける。 「明日はたっぷり時間がある。私がどれだけリクを愛しているか……二度と『ありえない』などと思わないようにしっかり教えてやろう」 「……」  もうなるようになれ、とヤケクソになっていたリクだが、ライルの言葉に我に返った。  そうだ、明日はたっぷり時間があるのだ。  そこでしっかり説得しよう。ライルは弱っている時にちょっと優しくされて己の思いを勘違いし血迷っているだけなのだと。  これは試練だ。ライルの為にも自分の為にも乗り越えなくてはならない正しい道へと戻す試練なのだ。 「……負けませんよ」  リクの中で、闘いのゴングがなった。  負ける予感しかしなかった。  

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