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28.飛び交う敵意、だが気にしていられない

   翌日になった。なってしまった。  登る朝日を恨めしく思いながらもリクはのっそり起き上がる。同時に部屋にノックが響いた。 「ターちゃん起きてっかー?」 「起きてますよカルイさん」  返事をすれば扉が開き、眠そうなカルイが入ってくる。 「毎回俺がパシリに使われるんだよなー」 「……それがカルイさんの仕事だからですよ」  他に何に使えと言うんだと思いながら身支度をして、カルイの誘導に従い早朝独特の空気を感じながら歩いた。どうやらライルの部屋に一度連れて行かれるらしい。 「ターちゃん新しい部屋もらったんだろ? そこで寝泊まりしちゃえば良いのに。ライル様も喜ぶじゃん」 「御免こうむりますよ。あんなキラキラした部屋落ち着いて眠れません」 「じゃあお菓子置いてたら良い?」 「……」 「なるほどなるほど」 「あっ、ちょっと待ってください今の無し……聞いてますかカルイさんっ!?」  即座に否定出来なかった自分を恨む。ライルに報告されて菓子なんか置かれたらたまらないからだ。  なんとしても阻止しなければならないだろう。なぜなら、想像しただけで新たな部屋に居座る予感しかしないからだ。 「ダメですからねカルイさん!」  自分の食い意地の悪さに呆れながらも必死でカルイに言い聞かせた。  そうこうしている間にライルの部屋へ到着する。  やや緊張しているリクとはうらはらに、何の躊躇もなくノックするカルイ。  すると今回も即座に扉が開き、すぐそばでライルが待ち構えていた。  もしや毎回わざわざ自分を出迎える為に扉付近で待っているのだろうかと考え、思い過ごしではない気もした。 「……ずいぶん楽しそうだな」 「そりゃターちゃんとは仲良しなんで」 「ちょっ、ちょっとカルイさん……っ」  なぜこの男はこうも空気が読めないのかとリクは焦る。  ライルは自分に過剰な好意を持っている。自意識過剰だと言われようが、現状を見る限りそうとしか思えない。  そんな相手に嫉妬させるような言葉を簡単に投げかけないでほしい。なぜなら、 「……行くぞ」 「は、はい……」  ほら見ろ眉間のシワが深くなったじゃないか。  リクは不機嫌オーラを隠しもしないライルにげんなりしながら、ライルに肩を抱かれて再び歩き出した。 「いってらっしゃーい」 「……」  誰のせいで初っ端からライルの機嫌が最悪になったと思ってるんだと恨みがましくカルイを見るが、どこ吹く風で見送るカルイ。  その様子に彼に求めても無駄だと悟って諦めた。土産は買ってきてやらんと心に決めながら。 「今日はどちらに行くんでしょう?」 「そうだな……海は好きか」 「海?」  この国に住んでいるとあまり馴染みのない言葉に、リクはしばし目を丸くする。  そしてしばし考えた後、頭で何かを思い浮かべたようでにこりと微笑んだ。 「もちろん好きですよ。海鮮料理は珍しいですが美味しいですもんね」 「……」 「ライル様?」  リクは真面目に答えたつもりなのに、ライルは何故か肩を震わせ始めた。  今の何処に笑う要素が? と急に笑い出したライルを不思議に思うが、機嫌が治ったようなのであまり深くはつっこまないでおいた。 「ふ……、そうか、好きなら良かった」  いつまで笑っているんだと見守っていたが、ライルは笑いを抑える事なくリクを正門へと誘導した。  いつも従業員用の小さな門しか通った事が無いリクは、それだけでも新鮮な気持ちだ。  大きく立派な門には数人の護衛と、大きな馬車が待ち構える。 「では行くか」 「うわぁ……」  遠目でも分かる大きな馬車に感嘆の声がもれる。  予測はしていたがそれを遥かに超える豪華な馬車に怯みながらも、リクはライルが呟いた言葉を聞き逃さなかった。 「それで……行くって何処へですか?」 「もちろん海だ」 「はいっ!?」  海へ行く。その言葉で自分が乗るのにはあきらかに不相応な馬車の事など思考からすっ飛ぶ。  今住んでいる街から海は遠い。どれくらいかと言えば、馬を使ってざっと三日ほどかかる距離だ。  そこに……── 「──……行くんですか?」 「そう言っているだろう?」 「え、えー……海、ですよね?」  どんなに馬を走らせても三日かかる場所へ今から向かう? いったい何の冗談だと思うが、目の前の人物は一般市民の常識など通用しないのだったと思い直す。 「あのー、出来れば今日中に帰ってきたいのですが……」  であれば、こちらの要望をしっかり分かりやすく伝える必要がある。  あやふやな事を言っては話がすれ違い、あれよあれよとリクにとって良くない方向へと向かってしまう気がする。  なのでリクにしてはハッキリ断ったつもりだった。  そんなリクにライルは分かりやすく残念そうな様子を見せ、 「そうか……」  と、肩を落とす。  少し心は痛んだが、それより安堵の気持ちが大きい。  いきなり泊りがけでの遠出などハードルが高すぎる。きっととんでもないホテルに泊まらせられるに決まってる。自分では想像も出来ないほどのとんでもないホテルに……  だから、 「……泊りがけでも良いんだがな。リクが言うならそうしよう」  と、ライルが言った時はリクは安堵した。  ただし、「今日は、な……」と耳元で付け足されなければだが。  わざとだ、絶対にわざとしてる……っ、と真っ赤になりながら睨むがライルからは微笑みを返されるだけで効果はない。  ただ周囲の使用人はそんな様子のライルを見て、赤くなるどころか青ざめている。  ライルの微笑みは影響力が凄いようだ。悪い意味で。  おそらくライルとリクが乗るであろう豪華な馬車の周りには鞍の付いた馬も数頭いた。  そのそばには軽装の護衛も居て、数人の護衛が付きそうのだとリクは知る。  その中の一人がこちらを見ている事に気づき、リクは顔を輝かせた。 「ロングさん!」 「よ、リク」  友人との予想外の出会いが嬉しくて駆け出そうとする。しかし、肩を抱くライルの力が瞬時に強くなりそれは叶わなかった。  代わりに手を大きく振り、ライルの力になんとか抵抗してロングへゆっくり歩み寄る。 「今日の任務は自分から志願したんだよ。元々休暇だったんだが代わってもらったんだ」 「うっわぁ、ロングさんが一緒なら心強いです!」  ライルが良い人なのは理解している。しかし、身分も価値観も違いすぎる人物と二人きりでの一日は不安しか無かったのだ。  そんな中、親しい友達も共に行動してくれるのだと知りリクは大いに喜んだ。  だが、隣から喜ばしい空気を割くようなオーラに気づきリクの笑顔はとたんに引きつる。  恐る恐る隣を見れば、ライルの眉間の立派なシワが復活しているではないか。 「ライル様あの……っ、ロングさんとはただの友達ですよ! それにロングさん好きな女性がいますし……」 「へ?」  まさかロングにまで嫉妬されるとは思わず、リクは慌てて弁明しようとする。  本日は何度こんな弁明をする羽目になるのか、まだ長い一日が始まったばかりだと言うのにもう気力が削られていく。  だからだろう、ロングがリクの言葉に狼狽しても気づけなかったのは…… 「お、おいリク、それってどういう──」 「──そうか、友人か」 「……っ」  しかし効果は抜群だったようで、とたんにライルはうっすらと笑みを浮かべ、リクは安堵した。  なんだかライルの笑みが薄暗く見える気もしたが、もうそこまで気を使っていられなくて、気にしない事にした。 「では護衛宜しく頼むぞ、リクの友人とやら……」 「……えぇ、もちろんです」  二人からどす黒いオーラが見える気がするが、やはりリクは気になどしている余裕は無い。  今日は美味しい料理を食べて回らなければならないのだから。ついでにライルの説得もしよう……とバチバチ火花を散らせる二人の横でリクは気合を入れ直した。  

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