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29.お前には出来まい

   ライルは不快だった。  とてつもなく不快だったのだ。  リクはいつも親しげにカルイに話しかける。その姿は自然体で、ライルと共に居る時間とは比べ物にならないほど楽しそうだった。  それだけでも腹ただしいと言うのに── 「──友人、ね……」 「どうしました?」 「いや、お前は可愛いと思っていただけだ」 「……アリガトウゴザイマス」  笑顔を引きつらせたリクの、なんとも固い事か。  対する友人だと言う護衛の男を見つけた時は、柔らかな笑顔を向けていた。  その笑顔は可愛らしいはずなのに、ライルが憎たらしく感じてしまうのは無理もないだろう。  だが……と、ライルは馬車の中で隣に座ったリクの体を引き寄せる。 「ちょっ、ライル様……?」  柔らかな髪の上から額にキスを落としいたずらに微笑めば、リクは真っ赤になって目を丸くした。  その反応に満足しながら、ライルはちらりと馬車の窓を見る。  そこには、馬に乗った男の引きつらせた顔。リクが友人だと紹介したロングという男だ。  お前には出来まい。  と、ライルは大人気なく笑う。  なんせお前は、リクが“信頼を寄せる友人”なのだから。  その関係を壊してまで、リクをそばに置こうとする勇気がお前にあるのか──  リクはロングを友人だと紹介した。思いを寄せる女性が居るとも言った。  しかし、リクに送る熱のこもった視線とライルを見た時の強い視線で容易に察する。  まぁ、だからといって譲る気など毛頭ないが。  ライルは焦った様子を見せたロングを確認し、わざとリクを引き寄せる姿を見せつけてカーテンを閉めた。  どんなに焦った所でお前の入り込む隙など無いのだと知らしめる為に。 「ら、ライル、様……近いですっ」 「そうか?」 「そうです!」  恋敵へ思った通りに牽制出来て、リクと二人だけの空間となったライルはたいそうご機嫌になる。  リクが恥ずかしそうに頬を染めるのもライルの目を楽しませた。  自然体で笑うリクも可愛らしいが、この顔は己にしか見せないだろうと思えば、ライル自身も知らなかった独占欲が満たされていく。  もっと見たい、もっと自分のものにしたい。せっかく邪魔な者を排除して思う存分リクを堪能出来るのだから熱く戯れたい。  無意識に手は動き、リクの顎を掴んで上を向かせれば、リクは慌てて腕をライルの胸元で突っ張った。 「ななな何を……っ」 「……キスをしたいのだが」 「ひょえ……っ」  予想外だったのか、それとも「やっぱりか!」の意味なのか、声にならない声を上げて咄嗟にライルの口を塞ぐリク。  しかしそんなリクの手を優しく取って指先に口づければ分かりやすく「ギャーッ」と叫んだ。  色気も何も無いが、そんなリクが愛おしくて仕方ないのは相当彼に落ちているからなのか。 「き……っ、キスは一回だけって言ったじゃないですか……っ!」 「一日一回では無いのか?」 「違いますっ!」  すっとぼけて言うライルだが、もちろん本当の意味を理解している。  それでも解釈違いをしていたフリをして悲しげな表情をしてみるが、リクは頑なに腕を突っ張る。  だからライルは方向性を変えて交渉してみる事にした。 「そうか……では許しをくれるのなら対価としてキャラメルを差し出そう」 「もう、すぐそういう事を……っ、一日三回までですからねっ!」 「増えたな」  チョロすぎないか……と思ったのは致し方ない。  よっぽどキャラメルが気に入ったのだろうか。  それであろうとキャラメル一つであっさりキスの許可が下りた事に、喜びより心配が募る。もしや他の者が同じ事を言ってもあっさり許可するのでは無いだろうな。  とはいえ、強気にライルを見ながらもどこか不安げに揺れる瞳は実に美味しそうで、心配などしている場合では無くなった。  そうだ、心配する必要もないように常にそばに居れば良いだけだ。  瞬時にそう頭を切り替えたライルは、上がってしまう口角をそのままに、改めてリクの頬を大きな手のひらで包み込んだ。  リクの顔を見ながらゆっくり唇を合わせれば、小さな体がピクリと揺れた。  その姿が可愛らしくて、味わう唇は極上に甘くて、もっと食らいつきたくなる。  しかしリクの腕に力が入りライルを止めようとしたのが分かった為、ライルは素直に唇を離した。  理性が効くうちは自制しようとライルは考える。でなければリクを怖がらせてしまう。  逃げぬように閉込めてしまうのは簡単だが、それではリクのすべては手に入らない。  だから今は、今だけは── 「──おあずけだな……」  唇を離したリクが恥ずかしそうにそっぽを向く姿を楽しみながら、ライルは柔らかな唇の余韻を味わった。  やはりこのままどこかに連れ去ってしまおうか、などと思いながら。  

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