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30.画策するライル
ライルが邪な思いを抱えたまま馬車は進む。
その間にもリクと指を絡めたり柔らかな髪に顔を埋めたりと、なかなか好き勝手にリクの隣を味わっていた。
始めは恥ずかしそうに頬を染めて抵抗していたリクも、段々と諦めたのか今はスンとした表情でどこか遠くを見ていた。現実逃避とも言う。
そんなリクを良いことに、ライルはどこからともなくエメラルドのネックレスを取り出して細い首に巻こうとする。そしてさり気なくかわすリク。
「……ルビーのほうが好きなのか」
「そういう問題じゃなくてですね」
静かな攻防戦を繰り返すうちに目的地に着き、早々に馬車を降りようとするリクの腰を引いて抱き上げ共に扉から出る。もちろんロングに見せつけるのが目的だ。
その当のロングは共に来ていた護衛の上司に羽交い締めにされ「お前は何がしたいんだ!」と怒鳴られていた。
どうやら馬車でのライルとリクの様子に気が気でなくなり、挙動不審になったロングを止めているらしい。
「ロングさんどうしたんでしょうか」
その様子にリクは首を傾げ、ライルは「さぁな」と素知らぬ顔をしながらこっそり笑った。
さて、二人が降り立ったのは賑わう市場、では無く、石造りの美しい繁華街だった。
その光景を目の当たりにしてリクは固まる。なんせ完全に想定外な光景だったからだ。
街に出ると聞いてリクが想像したのはいつもの騒がしい市場だった。買い物だってそこでしかした事が無い。
だからだろう、必然と行き慣れた場所を想像してしまい、突然現れた綺麗すぎる街並みに圧倒されてしまったのだ。
「ほわぁー……」
見慣れない世界への感情が声に漏れるリクを、ライルは優しく見守りながらそっと肩を抱いて歩きだす。
始めは物珍しい光景に好奇心を刺激され楽しげにキョロキョロしていたリクだが、周りを見渡している間に段々と足取りが重くなる。
「どうした」
そんなリクに気づいたライルは顔を覗きこみ尋ねた。
するとリクは自分の服を握りしめて困った顔でライルを見る。上目遣いで見られたライルはこのままキスしたら怒られるだろうかと考えたのをリクは知らない。
「あの、ライル様……今から市場へ向かうのは難しいでしょうか?」
「ここは気に入らないか?」
「そんな訳じゃないです! ただ、僕が歩くにはあまりにも……」
言いながらうつむいてしまったリクに、ライルは言わんとする事を理解した。
この街には己は場違いだと言いたいのだろう。
確かにこの街を歩く人々は皆着飾り優雅に振る舞う。
主人に付きそう下人さえ上物の服を着ている為に、リクのようなチェニックにベストだけの軽装は少ないのだ。
実際に、リクを蔑む目で見る不届き者も居た。
その雰囲気に気づいてしまったリクの足は止まり、帰ろうとライルに嘆願する。
眉を下げてうつむきながらもライルを見る瞳は不安げで、控えめにライルの服を引く姿があまりにも可愛くてついついお願いをききそうになるライル。
しかし頭の隅で、これはチャンスだともライルは思う。
「……心配ないリク」
「でも」
「私のそばに居れば大丈夫だ。すぐにお前の不安を解決してみせよう」
そう言って、自信ありげに笑うライル。
己の中ではかなり好感度を上げられただろうと得意げに笑ったのに、リクの顔が更に不安を見せた理由をライルは分からなかった。
* * *
「どうだリク」
「帰りましょうライル様っ!」
立派な店が並ぶ中でも一層大きな店構えの洋服店を選び迷いなく入っていったライル。
勢いにつられてリクも入ってしまったが、入る前から良くない予感はしていたようだ。
そして見事予感は当たり、今のリクは頭から足先まで見事に着飾り輝いていた。
頭には白の生地に金の刺繍の入った飾り布を巻かれるし、服も同じように白に金色の上物ばかりでかためられた。
何故金色なのか問えば、リクの瞳が金だからだとライルは答える。
「金じゃなくて黄色ですよ! どこにでも居る平凡な黄色ですっ」
「光を反射すれば黄金より輝くだろう」
「そう見えるのはライル様だけです……」
そう言って元の服に着替えようとするリクだったが、もちろんライルがそれを許す訳が無い。
せっかくリクに贈り物が出来る良い機会なのだ。これでもかと着飾らせて元の服は護衛に渡して馬車へと運ばせた。
キラキラした店内に目を奪われている間にあれよあれよと着替えさせられたリクは、元の服が無い事をぷんすか怒ったが、
「リクにこの街を楽しんでもらいたかったのだが……」
と、悲しげに言ってみせれば罪悪感が芽生えたのか、リクは言葉につまって不貞腐れた顔をしながらもそのままでいる事を了承した。
ライルは表情を変えずにしめしめと思う。
この調子で更にリクだけの特別な装飾品を作ろうと画策したが、リクが「動きにくいからお腹すきそう……」と呟いたので断念した。
しかしいつか、世界で一つだけの格別な宝石でリクを飾り立てよう。
リクが特別な存在なのだと、世界に知らしめる為に──。
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