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32.ライル、マウントを取られる

   お腹がいっぱいになったリクと、胸がいっぱいになったライルは満足げに店を出る。  満腹になって緊張が完全にとけたのか、ニコニコと無邪気に笑うリク。  美味しい料理と庶民には新鮮な世界、おまけにすっきりと晴れ渡った雲ひとつない空。  清々しい気持ちで伸びをするリクは、ライルにいかに己を諦めさせるか、なんて目的をすっかり忘れていた。今のリクはいかに今日を楽しむか、だけだ。 「さて、次はどこに行きたい」 「うーん、いつもは街をブラブラして必要品を買って知り合いと話すぐらいなので……ライル様はいつもどのように過ごされているんですか?」 「……まぁ、似たようなものだ。ならばリクの必要品を買いに行くか」 「ここで!?」  休日の楽しみ方、など考えた事もなかったライルはリクの言葉に新鮮な気持ちになる。  同時に、これからもリクと休日を過ごせるのなら毎日が特別になりそうだとも思った。  だからリクの日頃の過ごし方に合わせたかったのだが、何故だかリクは驚いた顔をする。 「どうした?」 「いえ、こんな所で買い物なんてした事ないので……買い物ならやはり市場に行きませんか?」 「いつも何を買っている」 「消耗品とか……靴下はすぐ穴が空きますし縫うのも限界があるので。たまに服を買い足す事もあります。でも出来るだけ修繕して使うからその為の糸とかも買ったりしますよ」 「糸も服も全てここでも買えるな」 「いやたぶん名称は同じでもまったくの別物だと思います!」  服は服、糸は糸だと思うのだがリクが何にこだわっているのか分からない。  リクの言う通り慣れた市場に行っても良いのだが、リクの身の回りの物は良い物で揃えたい。  粗悪品が出回る市場よりもこの街で買った方が確実に良い物が手に入るのだ。 「金額は気にしなくて良い。気に入った物があれば言ってくれ」 「うーん……見るだけなら。でも買いませんよ?」 「ライル様、少し宜しいですか?」  リクとライルの押し問答が続く中で、一人の声が割り込んでくる。  二人で振り返り、ライルは顔をしかめた。 「……なんだ」 「突然失礼します。これから行かれる場所をご提案できるかと思いまして」  振り返ったその先には、ロングが礼儀正しく腰を折り微笑んでいた。  その笑いが胡散臭く感じ、ライルは舌打ちしそうになる。 「ロングさん、いい店知ってるんですか?」  そんなライルの心境なども知らないリクは、首を傾げてロングに尋ねた。 「いい店って言うか、たぶんリクも行きたがるんじゃないかと思ったんだ。本屋なんてどうだ?」 「本屋!」  途端に、顔を輝かせたリク。  そんなリクの反応にライルは驚いた。食べ物以外でこんな顔をするのか。 「前に市場で物語の古本を買ってただろ。その続きがこの街の本屋ならあると思うんだ」 「うわぁっ、ずっと続きが気になってたんですよね! でもいつ古本として出てくるか分からなくて諦めてたんです……」  書店、物語など読まないし必要な書物があれば取り寄せていたライルには無い発想だった。  何よりリクが行きたそうにしている。これは行き先が決まったも同然であるが、 「……ちっ」  と、ついつい舌打ちが出てしまったのは悔しくて仕方ないからだ。  なんせチラリとライルを見た時のロングの顔が、とんでも無くドヤ顔だったのだから。  マウントをまんまと取られて屈辱だが、リクが喜ぶ方法が一つ分かったのだから朗報として受け取ってやろう。  そう思いながらも心の底で、この男辺境のど田舎に送ってやろうかと考えたりもした。  そんな攻防戦がひっそりと行われながら、楽しくも短い一日は過ぎていった。  

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