33 / 51
33.楽しかった、その後に
「ふー……」
「疲れたか?」
「そうですね、少しだけ……でも凄く楽しかったです」
日も暮れ始め、馬車に乗って帰路に着いた二人は和やかに笑い合う。
あれから本屋で大半の時間を過ごし、街を歩いてリクが興味を示した店に入り、昼食を楽しんでまた街を歩く。
綺麗すぎる繁華街に、最初は驚いた。
リクの買い物と言えば、市場や露店の並ぶ場所にしか行った事がないからなおさらだった。
いつもなら外に並ぶ商品を眺めて気になる物があれば手に取り選ぶが、この繁華街に露店なんて物は無い。
気になる物があれば立派な扉の店に入る必要があり、そこには気軽に手に取れるような商品は無いのだ。
こんな場所でどうやって買い物をするんだと思ったが、ライルは少しでもリクが興味を示せば迷いなく店に入ってしまう。
それを繰り返すうちに街に馴染んできて、見慣れない物を新鮮な気持ちで楽しめるようになった。それと同時に、ライルの隣も。
「本は一冊で良かったのか?」
「はい、買っていただいてありがとうございます」
「そんな物で良いのならいくらでも──」
「一冊で良いです!」
何かとリクに物を買い与えようとするライルと押し問答を繰り返すうちに、何だか肩の力も抜け自然と話せるようになっていた。友人のロングとも仲良さげに笑い合っているように見えて、親近感がわいたのもあるだろう。
肩の力を抜いて改めてライルと向き合えば、色々と見え方も変わってくる。
まずライルは優しかった。
生活水準が違いすぎてたまに、いやしょっちゅう会話がずれてしまうが、基本的にライルはリクを尊重してくれた。
強引なようでリクの反応を伺う所が見て取れたからだ。
あまり変わらない印象だった表情も、よく見ればリクの些細な言動でころころ変わる。
雲の上の存在だと思っていた人物が下男の自分なんかの言動で、楽しみ、落ち込み、喜ぶ。
恐れ多くて気恥ずかしいが、なんだか嬉しくも感じてしまうから困ったものだ。
「あ……」
そういえば、とリクは本来の目的を今更ながらに思い出した。
今日のリクの目的は、自分への思いを諦めさせるはずだ。
何の取り柄もない上に生活水準も違って価値観だってズレすぎている。
ライルにはもっと相応しい人物が山程いるのに、わざわざリクを選ぶ必要など無いのだ。
だから今日の遠出を良い機会に、自分は面白みもなく、ライルにとっても一緒にいてメリットは無い人物なのだと分からせるはずだった。
なのに思いの外ライルとの外出は楽しくて、目的を忘れただただ楽しんでしまったではないか。
とは言え、共に過ごしてリクとの価値観の違いや特に取り柄もないつまらない人物だとは分かっただろうとリクは思う。
思う、のだが……
「どうしたリク」
「……いいえ、何でもないです」
ライルの自分を見つめる瞳。それはどうも益々熱がこもっているように感じる。
何故なのかと首を傾げれば、ライルも真似して首を傾げた。大の男を少し可愛いと思った。
「……ライル様」
「なんだ?」
リクに話しかけられるのが嬉しいのか、馬車の中でもリクの腰を引き寄せてふわりと笑うライル。
その様子にくすぐったさを感じながらも、リクは意を決してハッキリと言う事にした。
「お気に障りましたら申し訳ありません。ただ、やっぱり僕はライル様にここまで思ってもらえるような人間ではないと思うんです」
「……」
ライルの嬉しそうだった顔が驚きに変わり、次第に曇る。
それは怒っていると言うより悲しんでいるようでリクはわずかに後悔の気持ちが滲むが、ここで引くわけにはいかない。
これからも後悔し続けない為に、ライルが後悔しない為にも言わなければならないのだ。
リクはひっそりと息を吐き出して、ライルの目を見て話を続ける。
「僕は確かにライル様が寝ているときに身の回りの世話をしました。でもそれは仕事だからで、ライル様から感謝されるような事では無いんです」
たまたま、己の中に介護の知識があって上手く立ち回れただけ。
それも仕事だから、義務的に行っていただけなのに──
「──僕は平凡な人間です。今のライル様を助ける事も出来なければ一緒にいるメリットも無い、そんな人間なんです。もしかしたら寝ている時の僕の助けが心地よかったのかもしれません。でしたら、一言ありがとうと言ってもらえればそれで十分なんです。こんなに過剰にお礼をしてもらわなくて良いんですよ」
きっと今は、恩人だと思っていた人物が見つかって浮かれているだけ。きっといつかは熱も下がる。きっと、もっとライルに相応しい人が見つかる。そしてきっと、きっと素敵な人と出会って幸せになれる。
これは自分勝手な願いだろうか。残酷な願いだろうか。
けれど、今は納得出来なくてもいつかは分かってくれると思うのだ。
絶望的だった未来に奇跡をおこし、自ら切り開いた。周りからも期待され、将来を約束された人。そんなライルの、輝かしい未来の邪魔にはなりたくない。
ごちそうはほんの少し心残りだけれども、ライルの未来には代えられないから。
だからどうか──
「──分かってください……」
ともだちにシェアしよう!