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37.まずは冷静に

  「あ、う……えと……」  ライルに諦めるのを諦めろと言われ、リクは次の言葉を紡げなくなる。  こんな時の対処法など今までの人生で習ってない。たぶん前世でも習ってない。  ただ、妙に顔が熱くて自分の心音がやたらと大きく感じた。  今抱きしめられていて良かったとリクは思う。どんな顔をしているか自分でも分からないからだ。  分からない事だらけでいい加減頭がパンクしそうになったリクを、ライルがそっと離したのでとっさに下を向く。 「悪いなリク。困らせたか?」 「いえ……」  気遣うような、それでいて少し照れたようなライルの声に、リクの心臓がまた跳ねる。  うつむいたまま顔を外に向け夜の景色を眺めるフリをするが、実際は景色など見ていなかった。 「今日は休暇の大切な時間を私にくれて感謝する」  そんなリクに、ライルはまた一粒ぶどうを与える。口に含んだ果実はリクを甘く潤し、喉がカラカラだった事に気づいた。 「今日はゆっくり休んでくれ……そして、落ち着いたら私の事を考えてほしい」 「……はい」  落ち着いたら、と言われたが、こんなに心臓が忙しないのにはたして落ち着けるだろうか。  私の事を考えてほしいとも言われたが、もうすでにリクの頭はライルの事で埋め尽くされている。  出会った当初は恐れ多くて顔もまともに見れなかった。今は、別の感情で顔を合わせられない。  あまりにも真っ直ぐな愛で貫かれたリクは、まともな思考が再起不能になっているのだ。 「あー……、では今日は部屋に戻りますね」  とにかく一旦離れよう。彼から離れなければ冷静になれない。  自分の答えがライルの人生を左右するかもしれないのだ、間違える事は許されない。  そう思うのだが、チラリとライルを覗き見れば── 「……っ」  射貫かんばかりの熱い視線がいつまでも自分にそそがれる。  間違えるも何も、この熱から逃げるなんて不可能な気もした。 「では、あの、帰ります……っ!」 「あぁ」  ライルの熱にあてられたからか、なんだか大暴れしたいようなむず痒い感覚を覚えてつい腕でライルの胸を突っ張った。  するとあっさり離されたから、そのままライルの上からラグへおりる。  しかし扉に向かおうとする際には当たり前のようにライルから肩を抱かれ、手を取りエスコートされてしまった。  今はライルに触れられるとソワソワしてしまうから無駄に引っ付くのは止めてほしいが、いざ断ろうとしても自分を見つめる優しい瞳を見てしまうと何も言えなくなってしまう。  なんて考えていたのだが、なんだか向かう先が廊下に続く扉では無い気がする。 「……ライル様? どちらに──」 「あぁ、ちなみに今日からでもリクの部屋は使えるが……」 「……僕の部屋はここじゃないですね」 「……そうか」  途中から何となく予想はしていたが、やはりあのやたらと豪華な続き部屋に自分を連れていきたかったらしい。  しおらしいフリしてちゃっかり囲い込もうとするその手腕は立派だが他に使ってくれ。  一人で帰るのは危険だからとライルが鈴を鳴らし、迎えのカルイが来るまでの僅かな時間にキスを落とされ、 「では、いずれ私もリクの部屋で寝泊まりするのは──」  と言われて、 「──駄目に決まってるでしょ」  と即答した。  この人はどれだけ僕の事が好きなんだ、なんて今更であるがリクが思ってしまうのは仕方ないかもしれない。  最後の最後にそんなくだらない会話を交わしながら、リクはライルの部屋を後にした。  ずいぶんと濃い一日だったが、ひとまず日常が戻ってきたとリクは息を吐いて肩の力を抜く。  これからライルの事を真剣に考えなければならないが、一旦は元の生活に戻って頭を冷やそう。  そう考えたリクなのだが、翌日、ライルの影響力を思い知る事となる。  ちなみにキスの後のキャラメルはしっかりもらった。  

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