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39.ガラリと変わってしまった

   両者にとって濃い一日が終わり翌日となった。  朝になり、さぁありふれた日常が戻ってきたぞと伸びをするリク。  実のところあまり眠れていなかったが、仕事が昼からとはいえ二度寝は出来ない。  また余計な事をぐるぐると考えてしまいそうだからだ。  いや、余計な事ではなく考えなければならない事なのだが、今は考えたくなかった。  だって何度考えても同じ答えが出てしまうのだから。 「もっと冷静になんなきゃなぁ……」  自分の答えがライルの人生を左右する。己ごときが大げさかもしれないが、事実なのだから仕方ない。  絶対に間違えられない答えなのだから、悩めるだけ悩もうとリクは思う。後悔をしない為に、ライルの未来の為に。  だからまずは冷静に、そう思いリクは部屋を出る。食堂でご飯でも食べて日常を取り戻そうと考えたのだ。  そうは思ったのだが、何やら屋敷の様子がおかしい事に気づく。  働く使用人達がいやに静かだし、やたらと視線を感じる気がした。  今度はいったい何なんだと思うが、今はお腹が空いているのでとにかく食堂に向かった。  そこで、また衝撃的な出来事に遭遇する。  リクは今日の朝食を受け取ろうと食堂で列に並ぶ。するとどうだ、前に並んでいた者たちがリクを見るなり一斉に道を開けるじゃないか。 「ひぇっ!?」  驚いてリクもとっさに道を開けるが、後ろを振り返っても誰も居ない。  何だ何だとうろたえている内に前に通されて一番に朝食を受け取った。  その際に、いつもは無愛想で目も合わせないような給食の使用人がぎこちない笑顔でリクに頭を下げたのだ。 「ど、どうも……?」  つられてリクもお辞儀するが、いったいこの身に何が起こっているのかさっぱり分からない。  屋敷の者から頭を下げられるのなんて、たいして親しくもない仕事仲間からちょっと金を貸してくれと言われた時ぐらいだ。  仕事の手伝いをした時だってありがとねーっと手を振られる程度なのだから。  なのに何故、と考える前に思いつく。  そう言えば昨日、ライルと共に居る所を大勢の使用人に見られていたじゃないか。 「……やっちゃったかなぁ」  なるほどそりゃそうだ。  ナジャーハ家の次期当主が優しく微笑んでそばに置いた人物を、屋敷の連中が放っておく訳がない。  噂の広がり方が凄まじいこの屋敷では、もうリクの事を知らない者は居ないのではないだろうか。  ライルの影響力をもっと考えておくべきだったのだ。 「もしかして嵌められた?」  今思えばライルとの距離がやたらと近かった。もしやあれは周りに見せつけて己の物だと心象付け、リクの逃げ道を塞ぐ目的があったのかもしれない。しかし── 「……いや、単にひっつきたいだけだなあの人は…  …」  ──あの心から嬉しそうな顔を思い出す。他意があるようには見えず、ただ己と引っ付いていたいだけのように感じた。やっかいな大型犬に懐かれた気分だ。なんて思っても嫌じゃないから困ったものだ。  しかしこの誰も彼もが放っておかない事態はどうしたものか。  居心地の悪さを感じながらも、とりあえずなるべく人が少ない場所を選び腰掛ける。そしてさっさと食べてこの場から離れようと、硬いパンにかぶりついた。 「リク!」  そこで親しい声から名を呼ばれ、パンを咀嚼しながら振り返った。少し離れた場所には声の主、にこやかに手を振るルルと、心配そうなロングが居た。二人はリクを挟んで隣に座る。 「おはようございます、ルルさんロングさん」 「おはよリク。それよりとんでもない事になってるわね」 「えぇほんとに……」  反応がガラリと変わってしまった周りに対し、二人はいつもと変わらぬ様子で接してくれて安堵する。  この二人にまで距離を置かれてはショックが大きかっただろう。  少しだけ余裕を取り戻したリクは、スープの具がいつもより多い事に気づいた。なるほど、悪い事だらけでは無いようだ。 「リク、大丈夫だったか?」 「別にこれぐらいどうって事ありませんよ。ちょっと居心地が悪いぐらいです」  どうって事なくは無いが、心配をかけたくなくて笑って返すが、ロングの心配そうな顔は変わらない。  それどころかロングは更に身を乗り出してリクへと尋ねる。 「そうじゃなくて……いやもちろん今の状況も心配だがな、昨日だよ」 「昨日? あ、昨日はお世話になりました。ロングさんが居てくれて良かったですよ」 「うん、どういたしまして。それで、大丈夫だったか?」 「大丈夫って?」 「だから……ライル様だよっ」 「えっ」 「なんかされなかったか」 「え……っ」  ライルから何かされたかと問われれば、された。とんでもなく重たい愛で殴られた。  そしてそれが大丈夫かと問われれば── 「──大丈夫ですよ」 「大丈夫じゃないだろその顔はっ!?」 「何なに!? リク詳しくっ!」  何されたんだと騒ぐロングと、興味津々なルル。  そしてリクは、真っ赤になって視線をそらす。  なんだか周りにも聞き耳を立てられている気がして、やっぱり早いところ立ち去ろうとスープを流し込む。  スープの具がいつもより多くて嬉しいはずなのだが、今はどうにも邪魔に感じた。  けれど食べ終わった所で二人から解放はされなかった。特にロングの熱意が強くてリクは若干引いている。ルルはともかく、ロングもそんなに恋バナが好きだったのか、と。  

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