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44.泣いてたくせに!
トクリトクリと互いの鼓動を感じ合う。
ライルから温かな気持ちが流れ込んでくるようで、心地よくていつまでもこうしていたいと思った。
きっとこれを幸せと呼ぶのだろう。この幸福をライルも感じてくれているのなら、これほど嬉しい事はない。
「幸せだ……」
そう呟いた時だった。
「ん……? ふぉわっ!?」
ライルの手がなにやら腰と尻に移ったかと思えば、急に襲う浮遊感。
ライルに担がれたのだと気づいた時には室内に入っていて、目の前にベッドが迫っていた。
ベッドまでそれなりに距離があったはずだが、行動が早すぎはしないだろうか。
なんて思っていたらすでに天蓋付きベッドに押し倒されていて、見上げる先には鋭い視線。とても肌触りの良いシーツがリクを受け止めたが、今はそれどころじゃ無かった。
「ら、ライル様……?」
「……リク」
何だ何だ、何が起こったんだと顔を引きつらせながら名を呼べば、なんとも色っぽい声で名を呼ばれ返されてしまう。
熱い吐息と共に発せられた、ゾクリとするほどの色気に満ちた声。同時に、ベッドカーテンをおろされた。
限られた空間に二人っきりになり、さっきまで泣いてたくせにっ──、と思うももう遅い。
優しく微笑むその瞳の奥には、深い青の情炎が見えた。
「んんっ!」
唇で唇を塞がれると同時に指同士が絡んでくる。
そうか、そういう事もするのか。そりゃそうだ、成人男性との健全なお付き合いならするもんだ。リクとて男なのだからそれぐらい分かっている。
しかし、嫌な訳では無いし分かっちゃいるのだが、まだリクの心が追いついていない。
「んっ、ん……っ」
唇を舐められ、びくりと体を震わせながら絡ませられた手を強く握ると、ライルがご機嫌に笑った気がした。
食べられるように唇を奪われて、舌を這わせられて。
少しでも唇の力を抜けばライルの舌が入ってしまいそうで、無意識に力がこもる。それが良いのか悪いのかも分からない。
困った事にまったく経験が無いのだ。
だったら前世の記憶を頼りたい所だが、残念な事に必要な記憶が引き出せない。その記憶だけ思い出せないのか、はたまた最初からそんな経験が無いのか、とにかく前世の自分は役に立たなかった。
なのでこれでも、混乱しながらもリクなりにライルに応えようとしているのだ。
けれど段々と呼吸が苦しくなり、首を振ってライルに解放を乞う。
「ぷはっ! はっ、はぁ……っ」
するとあっさり唇を離してくれたから、大きく口を開いて必死に酸素を取り込んだ。
くらくらするのは酸欠のせいなのか、それとも混乱のせいなのか。
男女が仲むつまじく愛しあう物語は読んだ事がある。もちろんいかがわしいシーンも興味津々で読んだ。
そこでは長々とキスを交わす場面があったが、彼らはどうやってあんなに深くキスしていたんだろうか。
そもそもなぜこんな事になっているんだっけ?
さっきまでライルと抱きしめ合い、互いに幸せを分かち合っていた筈なのに。
「リク」
「はっ、はい……っ!」
未だ息を乱し脱線しかけたリクの思考を、ライルが呼び戻す。
今度は何だと見上げると、それはもう嬉しそうなライルが右手をリクの手から離して頬を撫でた。
「私以外とキスをした事が無いのか?」
「……」
急に何を言い出すかと思えば、なんとも答えづらい質問をされる。
そんなの見れば分かるだろとやけくそになって睨んでみたら、ライルは睨まれたはずなのにこれまた嬉しそうに笑う。
その笑顔が憎かった。さっきまで泣いてたくせに。さっきまで泣いてたくせに。
恥ずかしさと憎らしさでつい殴ってやろうかとも思ったが、優しく頬を撫でられてそんな気も削がれてしまう。
「そうか、私以外知らないか……」
「だから……そういう──」
何がそんなに嬉しいのか、何度も確かめるように呟くライル。
かんべんしてくれと顔を隠してしまいたかったが、それより早くキスを落とされた。
すぐに唇は離されたが、ほんの少し動けばまたくっついてしまいそうなほど近いままだ。
青い瞳を間近に見ながら、ライルの吐息を感じる。
「力を抜けるか」
ライルはリクの頬にあてていた手を後頭部に移す。
髪を梳かれる感覚に気持ちよさを感じながら、リクはライルの言葉に耳をかたむけた。
「口を閉じて鼻で呼吸するんだ」
まだ呼吸は整わないが、言われた通りに口を閉じた。鼻で大きく呼吸して、緊張をほぐそうとするがそう上手くはいかない。
言いながら頬や額に口づけてくるライルのせいでもある。
未だ握られた手の甲をいたずらに指の腹で擦ってくるし、足で太ももを押し上げるのはわざとだろうか。
「そのまま口を軽く開いて、目を閉じて……」
口を開けたままなんて間抜け面になりそうだが、経験値のないリクは恥ずかしながらも言う通りにするしかない。
視点が合わないぐらい間近に近くにあるライルの吐息を感じるままに、強く目を閉じる。
その拍子につい口も閉じてしまい、頭上でクスクス笑われるのを感じた。
「また力が入ってしまったな。深呼吸して、ゆっくり口を開けてみろ」
「ふ、はぁ……──んっ!?」
無駄に力が入ってしまう体。自分の思うままに動いてくれない体が歯がゆいが、なんとか意識をして力を抜き、息を吐くと共に口を開いたその時だった。
うっすら開く唇を、呼吸ごと熱に食べられたのだ。
おまけに口の中にまで熱が侵入してきて舌を絡み取られる。
とっさに顔をそむけようとしても後頭部を掴む手が許さない。
驚いて目を開けば、細められた青い目とかち合う。恐ろしいほどに燃え上がった、リクを捉えて離さない目だった。
男を剥き出しにしたライルに捕まってしまったと気づいたリクは、さっきまで泣いてたくせに──っ!! と、声にならない叫び声を上げた。
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