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47.大富豪、甘える

   リクが目を覚ますと、まず視界に飛び込んできたのは明るい日の光だった。  朝日にしてはずいぶんと明るく、その先に見える空も青い。  しばしぼんやり見ていたリクだが、思考が動き出すと目を見開き飛び起きた。つもりだったが、何かに阻まれベッドから身を起こせない。  完全に寝坊したと焦るリクは自分の身に絡まる何かを外そうと暴れる。  しかし暴れれば暴れるほどその何かの力は強くなり、いっそうリクを絡め取る。 「……リク、どうした……?」 「ひょあぁっ!?」  混乱の中、突然間近で名を呼ばれて頭のてっぺんから声が出る。  自分の素っ頓狂な声にも驚いて、思わず口を両手で塞ぐ。そしてそろそろと後ろを振り向けば、青い瞳と目が合った。 「……え、あれ、ライル様?」 「そうだな、私だ」  そこには、ぽけっと呆けるリクを面白そうに見つめるライル。  目尻を下げて見つめる顔は優しくて、見惚れるほどに美しい。  自分はなぜこんなに美しい人に抱きしめられて寝ているんだ、とまだ寝ぼけているリクの頭が混乱した。  着ている服はゆったりとしていてやたらと手触りが良いが、こんな服を購入した覚えもない。  おそらく寝衣なのだろうが、寝るための服にこんな繊細な刺繍は必要だろうか。  そんな未だぽけっとした無防備な姿のリクに、ライルはなおさら目尻を下げて抱き寄せる。  ふわふわな髪にキスをして、まぶたにもキスを落とし、最後は唇に軽く触れた。  すると、甘すぎる触れ合いに覚醒したリクが今度こそ飛び起きる。 「うわ──っ! ……え?  あれ?」  目をぱちくりさせて周りを見回すリクは、自分がどこにいるのか思い出せないでいた。  キョロキョロするリクにライルは微笑む。 「おはようリク」 「あ、お、おはようございますライル様」  楽しそうなライルを見た後、リクは周りをうかがう。  高い天井に高そうな家具。寝ていたベッドはライルの物とは変わらないほど大きいし、まだ真新しく見える。壁の一角は天井まで続く本棚が造設されており、ぎっしりと本が詰められている。  引き詰められたラグも高級感あふれるし、バルコニーまであるじゃないか。  落ち着いてきたリクは昨晩の事を思い出しはしたが、こんな部屋に来た記憶は無い。  見覚えがあるような気もするが、リクはここがどこなのかさっぱり見当がつかなかった。  ライルの部屋でもない高級そうな部屋を一通り眺めた後、キョロキョロしていたリクを面白そうに見ていたライルへ尋ねた。 「えっと……ここって」 「もちろんリクの部屋だ」 「え……? いや、違いま──」 「リクの部屋だ」 「でも」 「ここはリクの部屋なんだ」 「……」  きっぱりと言い切るライルに、リクは察する。  なるほど、何が何でも僕の部屋にしたいのだな、と。  となれば、ここはライルの部屋の隣に新しく増設されていた続き部屋だろう。  前に見た時は宝石が所狭しと飾られていたが、今は代わりに本が所狭しと置かれている。  さてどうしたものかとライルを見れば、ライルは先程のほほ笑みはなりをひそめ、絶対に譲らない気持ちを前面に出してリクを見つめていた。 「……分かりましたよ」  まるでその姿は大きな子供が駄々をこねているようで、なんだかこちらが折れるしか無い気がしてくる。  なのでのそのそと起きてきたライルにこちらから抱きついて、 「素敵な部屋をありがとうございます」  と伝えた。ライルは一瞬動きが止まったが、すぐに強い力で抱きしめ返してきた。 「毎日ここに帰ってこい。ここに帰らないのは私の腕の中に帰る日だけだ」 「もぉ、仕方ないなぁ」  わがままいっぱいに甘えるライルに困ったような声を上げるが、そんなライルを可愛いと思ってしまう。  雲の上の人だった冷酷と噂されるライル・ナジャーハを自然と可愛いと思う日が来るなんて、人生分からないものだ。  初めの印象とはずいぶん違うが、もうこの愛しい人を手放せそうにない。 「もうここしか帰ってくる場所は無いんですから、責任取ってくださいね」 「無論だ。生涯誰にも譲るつもりはない。奪おうとする者はすべて消そう」 「いえそこまではしなくて良いです……」  時折垣間見る冷酷部分はやんわり横に受け流して、今は幸せだけを噛みしめる事にした。 「……あと私の事はライルで良い」 「いえ、流石にそれは……」 「昨日は呼んでくれたぞ?」 「呼んでませんよ」 「いやライルと──」 「呼んでません」 「……」  今度の押し問答はリクが勝利し、リクは内心で思う。やはり甘やかし過ぎは良くないよな、と。  

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