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49.おちた男

   数日経った。  リクは今日も庭師の仕事を親方とこなしていく。  人の多い場所に行けば相変わらず周りの視線が集まるが、その空気はどこか温かく不快に思う事も少なくなった。 「よぉリク」 「ロングさん、お疲れ様です。警備の仕事は終わりですか?」 「あぁ、今日はな」  日も暮れ、休憩に入りゆっくりしていると仕事を終えたロングに声をかけられた。  友人との再会にリクは喜び、隣をすすめて並んで座る。  最近の近況を報告し合い、趣味の話に花を咲かせて僅かであるが楽しい時間を過ごした。  しかし、久しぶりに会うロングは笑顔でリクに接するが、どこか元気が無いようにも見えた。 「あのー、何かありました?」 「何かって、何がだ?」 「いえ、何となく……」  こちらからさり気なく聞いても何も答えないロングに、あまり人には言いたくない事なのかと思い、リクはそれ以上の質問をやめる。  いつか話したくなったら話してくれるだろう。 「……ところで、さ。リクはどうなんだ?」 「僕ですか?」 「あぁ……噂ではライル様と仲睦まじいって聞くけど。あくまで噂だけどな!」 「え、えー、えーっと……」  そういえばロングも恋バナが好きなんだった、とリクは視線をそらす。  リクとて人の話を聞くのは楽しいが、自分の話となると途端に恥ずかしくなる。  ライルは優しい。それはもう砂糖の砂糖漬けに蜂蜜をかけるより甘くて優しい。時折いい加減にしろとシーリンが叱るほどだ。  しかし叱るのはシーリンぐらいなもので、他の使用人が目撃すると二度見三度見して最終的に生暖かい視線をよこしてくる。  今ではすっかり冷酷凶悪な跡取り息子ではなくて、恋に浮かれた恋愛初心者扱いだ。  こんな事では示しがつかないんじゃないかと心配にもなったが、仕事は仕事でしっかり区切りをつけているらしい。むしろ前より取り引きを増やして業績を上げているらしいが、いったい何をしているのやら。 「──まぁ、それなりに上手くやってますよ」 「そうか……」  そんなライルとの甘すぎる生活を語る恋愛脳は持っていないので、リクは問題なくやっている、とだけ答えた。  だがリクの表情で色々と察してしまったロングは「良かったな」と強がってみたものの分かりやすく肩を落とした。 「えっと! ロングさんはどうなんで、す……か」  これはマズいと咄嗟に話題を変えて、変えた話題にさっそく後悔する。ロングの口元が引きつったのだ。 「……俺に聞くか?」 「あー、じゃ、じゃあルルさんは?」 「ルルは恋人が出来たそうだ」 「へー、え? ──……えぇっ!?」  ロングの反応から、ルルと進展が無いのかと察してはいた。  しかしまさかルルに恋人が出来たなど、誰が予想できようか。いや決してルルに恋人が出来る訳がないと言っているのでは無い。  ただ、このタイミングは悪すぎる。ロングは何をしていたんだ。そう思うリクの隣で、ロングは更に衝撃発言をした。 「俺の上司、護衛の副支配人とついに付き合い始めたらしい」 「そ……っ、それは、何と言いますか……なんてこった」  なんてこった。  そりゃあロングも落ち込むだろう、当たり前だ。想い人がよりによって自分の上司と結ばれるなど、想像しただけで胃が痛くなる。 「……今度飲みにいきましょうね」 「俺も一緒ねー」 「カルイさんって何処からともなく現れますね」  カルイが水を差した所で休憩時間は終わり、リクはそそくさと立ち上がる。さり際にロングの肩をポンポンと叩いた。  失恋したロングをどの店で慰めるか考えながら仕事道具を整え、庭に戻る。  そして親方の元に行くが、もう一人の新人がまだ来ていないのに気づく。  リクはやれやれとため息を一つ吐き、まだ休憩しているだろう新人の元に駆け寄った。 「休憩は終わってますよ。早く現場に戻ってください」 「あ゛?」  リクが声をかけた新人は、新人らしからぬ態度でリクを睨む。石のベンチに横柄な態度で座り、片手に持つのは酒瓶だった。  リクはその酒瓶を認めると、すぐさま男の手から奪い取った。 「貴様! 何をする!」 「何をするも何もないでしょう。仕事中に酒を飲むなんて言語道断です」 「誰にモノを言っているっ!」 「うるせぇぞ新人! さっさと仕事に戻らねぇか!」  逆上した男が立ち上がりリクへ迫ろうとした時、親方の怒声が男を押し留めた。  どうやら男は感情任せに怒鳴るのは慣れているが、怒鳴られるのは慣れていないらしい。  それでもなけなしの勇気を振り絞ったのか、親方へ睨みをきかして罵声をあびせた。 「黙れ庭師ごときがっ! 誰にモノを──」 「──その庭師ごときの下っ端なんだよてめぇはっ!!」 「ひぃ……っ」  しかし瞬時に返り討ちに合い、情けない声を上げて身を縮めた。  そんな男に追い打ちをかけるように、親方はリクが持っている酒を見て再び怒鳴る。 「てンめぇ、また酒飲んでやがったのか! クビにするぞクビにっ」 「く、クビっ? 私をクビだとぉ!?」 「はいはい行きますよ。僕の事は先輩と呼んでくださいねー」 「リク、貴様ぁ……っ」 「リク先輩、ですよ」 「……っ!」  悔しそうに睨むが言葉が返せない男は庭師の新人。そして、元清掃係の支配人、もっと前はライルの側近だった男である。  ライルの側近を外され清掃係の支配人に落とされてから、清掃員に当たり散らしていたこの男。  だからリクが、ほんの少しだけ男への不満をライルにお話してみたのだ。だってライルが言ったから。わがままを言ってくれと。 「まさか僕の部下にまで落とすとはなぁ……」  親方に引っ張られて悔しそうに顔を歪める元上司を見て、リクは哀れみの視線を送る。  しかし内心は、とても素直に「ざまぁ見ろ」と思ったそうだ。  

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