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第9話

「え、どうしても、言わないとダメか?」  元石の『何故』に対して、正親は慌てる。  確かに、自分は覚えていない、という設定で話しているので、自分は告げることはないのに、一方的に打ち明けさせるというなかなかフェアではない問いだったと元石は思う。 「あ、言いたくなければ良いよ」  確かに僕は言えないのに、フェアじゃなかった。  無理に聞きたかった訳じゃないんだ。  とも元石は優しく言うと、正親ははにかんだような顔で言った。 「別に言いたくない訳じゃなくて、沢山あって、言えないっていうのが近いかな?」  それは雑誌とかテレビとかのインタビューで、『旦那さんや奥さんのどこが好きですか?』と聞かれて、『1つにはまとめられないですね』と惚気るようなものに近いだろうか。  何とも言えない、甘い空気が正親から元石へと流れると、元石は居たたまれなくて言った。 「じゃあ、もし、僕が前の世界でのことを思い出せたら、僕も正親のことをどんな風に思っていたかを言って、正親も僕のことをどんな風に思っていたかを言うのはどうかな?」 「慎が……思い出せたら?」 「うん。どう?」  もっとも、もし、そんな日が仮に来てしまえば、正親は今は忘れているだろうことも思い出すかも知れない。  もしかすると、元石が主治医の男だったことも、人殺しなのも思い出して、正親は永遠に元石の元から去ってしまうかも知れない……。 「うん、ただ……」 「ただ?」 「俺は前の世界の慎も好きだったけど、今の世界の慎も好きなんだ。さっきだって無理に聞き出すことだってできたと思うのに、そうはしなかった」  そういうところはどちらの元石でも同じだし、好きなのだと正親は伝えると、腹が減ったと言い出す。  時計を見ると、19時を過ぎたばかりで、出前でも取るかという話になった。 「ピザが良いかな? あ、カレーも捨てがたいな」  スマートフォンの画面を忙しく見ている正親に、元石は思った。  僕も正親の真っ直ぐなところがずっと好きだった。 勿論、それ以外にも正親が好ましく思える点はある。そして、それは今世でも変わっていなくて、僕はこれからも正親が好きなのだろう。  と。

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