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日輪をのみこむ横顔

 いつから、だったのだろう。  思い当たるのは、同じ川縁だった。  晩夏とはいえ、日没の鮮やかはまだ凄まじさを感じさせるほどだった。  茹でられた日輪を、地平が飲み込めずにその光を赤い汁のように四方へ溢れさせていた。  今は微動だにしない葦も、その時は夕陽に染め上げられながらもその緑を失わずに軟風へ凪いでいた。  結之介は、夏らしい水縹(みはなだ)に鱗雲が浮かぶ小袖を纏い、裾を温い風が割っていた。  俺も、銀鼠の紗を羽織を脱いで着流していた。 「異人がまた、斬られたそうだな」  そういえばその口火を切ったのは、結之助だった。 「攘夷、夷狄(いてき)といえば聞こえが良いが、血生臭い話ではあるな」  応じた俺の語尾は、川沿いで水切りを競う子供達の声に負かされる。 「夷狄どころか、戊午(ぼご)の大獄からこっち、(たれ)の身もいつ、という憂き世を感じるな。永年の、泰平の治が崩れつつあるのか」  口にすれば憂いそうでも、児らの笑い声があまりにも愉しげに響き、どこか絵空事のようで俺もつられて笑みを漏らしていた。 「お前は、人を斬れるか」  夕陽の照り返しが強すぎて、顔を横に向けた結之助の耳しか見えなかった。「俺か?」 「……さあ、どうだろうな。犬すらも、俺は刀を徹すことは考えられない」  そこへ丁度、野良の犬の児がやって来て、土手に座る俺の膝に纏わりついた。  人好きがするようで、首を撫でてやれば途端に無防備なその腹を見せる。 「何だ。お前はちびの癖に、随分立派な腹をしているな。さては、方々の家で別の名で呼ばれているな」  美味(うま)そうな腹だが、こんな奴は余計斬れないと、一緒になって寝転び、腹をさらに撫でてやった。  傍らに立つ結之助は、それを見て頬を緩ませているようだった。 「志狼に、そんな事はさせたくないな……」 「俺は、斬れるよ…………」  興奮して喜ぶ犬を抱き上げ、その鳴き声でまぎれそうになったが、俺はその呟きを聞き逃さなかった。    誰かの血潮みたいに、浴びるような珊瑚朱色の落日を受けた結之助の横顔は、あまりにも穏やかだった。  穏やかで、静かで、変わらず柔く優しかったから、俺は気にも留めず流してそれに安穏を覚えていた。  そこに、最早揺るぎのない芯を隠していたのかも知れないのに。  凪いでいた葦は煤けた紙のような色で枯れている。  紅く生命力に溢れていた川は、黒く黄泉の国への入り口のような暗みで、足を掬われたら最後、そら寒い不気味さを思わせどこまでも果てなく澱んだ。  立ち止まっていても、刻一刻と進む時の足を止めることは出来ない。  この、明けるなと願う事しかない夜が明けてしまったなら、  俺はこの手で、結之助の首を刎ねる。

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