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迎えうつ刃となる

『見事!』  殿と相対して結之助のことを話していると、必ず想い返すことがある。  あれは殿もまだ元服前で、藩校の道場で御前試合をした時だった。  御前でなくともいつも首位を競っていた俺達は、()って競って、すんでのところで結之助から一手を()った。  称讃の辞をくれた殿は、隣に伏せる結之助に目を向けた。 「体格や剣筋、力は確かに一歩劣るのかも知れない。だが結之助。おなごのように優しき貌だが、そなたの瞳には獅子が宿る。 その獅子に、猛りの華を授けよ。これを供とせい」  小刀だが、艶のごとき黒鞘に、まごう事なき金丸へ御紋が入っていた。  皆も固唾を飲むなか、あんぐりと口を開けそれを見入る俺へ、 「何だ? 志狼には、江戸行きの供回りをさせてやると言うたであろう。商家でもないのに、目に見える物も欲しいと言うのか。現金な奴め」  あ、いや……とまごつく俺に笑いが沸き、結之助は瞳を潤ませ、厳粛に小刀を拝受した。 「励めよ。よう力を尽くしてくれ。儂はそなたらのような(つよ)きもの達に囲まれ、倖せ者だ」  そこに居る者、この若き主君(あるじ)のために、生涯尽くそうと誉れ満つる、こころに一筋の熱が徹りし厳かな煌めきの瞬間(ひととき)であった。 「有り難く、頂戴いたします」  晴れがましく、頬を紅潮させる横顔に、俺も同じく授かった心地で、この(うつつ)のことのように熱くなったあの胸の昂まりを、今も想い起こすことが出来る。  あの時、綺羅星のように瞳を煌めかせていた殿は、同じ瞳を、遠く七星のような尊さに転じさせたのに、今その輝きは、常夜(とこよ)の闇のように沈鬱な影であった。 「のう、…………志狼よ」 「結之助の獅子を、御すること、……かなわなんだな。——至極、儂の不徳の致すところじゃ」  寒さに遠く、雪の先触れを感じる。  さらに身を伏せた俺の下で、玉砂利があえかな音で擦れた。 「結之助の牙、向かう先を求め彷徨うているのならば、 この志狼、余す事なくそれを迎えうつ、刃となりましょう」  夜半から雪は散らつき、寒さの極みを得て粉雪となる。  結之助が獅子ならば、俺も武骨な狼だ。  長年恩義を掛けて下された殿に、背ける由があろう筈もない。  一睡もしなかった厳寒の夜明け、沁みるような曙色の朝焼けを睨みながら、俺は結之助との約束の地へ向かった。

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