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急、白き牙
原野は一面、白き木綿を敷いたが如しで、風が吹くと、朝陽を浴び、砂金を撒いたような綺羅がなびいて、夢幻のように溶けてきえた。
圧倒的な白のなかの、それでも木は真綿のようなその陰で墨のような朴訥とした黒を伸ばし、辺りは山水画のような静謐に満ちている。
稚き頃、朝な夕なに、結之助と何度も竹刀、木刀を振り合った原野だった。
音もないのに、やわい砂岩がほろとくずれるような音が聞こえた気がして、振り返る。
「——…………、」
雪原の地に、降り立って銀雪を踏み締める結之助は、
至高の純白の袂、裾をなびかせ、そのなかに、
黑鳥の、穢れなき漆黒の羽根を、惜しげもなく凛とした高潔と艶麗さで、濡れ広げている。
白と黒の風光のなか、ひとつに融和しているようでありながら、
そこだけ時が、浄化されたように潔 らかだった。
嗚呼、やっぱりだ。
お前には、その打ち掛けが、 よく似合う……。
「お前とは、一度本気で試合たいと思っていた」
しゃらりと鳴らし、結之助は腰の黒鞘から白銀の刃を抜いた。
「試合 おうぜ、志狼」
尽きようとする命を、惜しんでなどいない。
猛き獅子が、その瞳のなかで牙を剥き、挑みの唸りを上げていた。
それに俺の中の獣も、咆哮を上げ、応える。
己が刃を抜き合いて、俺達は、対峙した。
瞳のなかの結之助が告げる。
『情けは、無用』
それに俺も、答える。
「当然」
烈火の如く、蒼火花が散り、二つの刃が絡みつくようにぶつかって、撥ねた。
親。兄弟。主君。
そして、かけがえのない友。
この神聖な、神々の加護を受けし、美しく愛しき国。
護りたいもの。護れなかったもの。
護りたかったもの。
だけど、どうしても、この身に深く繋がれて離れない、譲れない想い がある。
俺達が、この國に生まれた意味。
互いの焔 をぶつけるようにして、俺達は刃を交え合った。
最早寒さを感じさせない程に、熱い。
極限の寒さの際にいる筈なのに、互いに吐く息は白いのに熱く、頬は生命の漲りで上気の脈を巡った。
また、刃が絡む。
ぎりぎりと交叉して、力の均衡を破ろうとしているのに、保たれて幾度めかの、白刃越しに互いの眼の熱く宿った魂の揺らめきを知って、睨む。
結之助の香 が、鼻腔に柔らかな汗の匂いとともに、薫った。
この香を、これ程強く感じたのは、いつだったか。
ああ、そうだ。あの夏祭りの夜だ。
祭りの愉しさに乗じて、俺は強かに酔っていた。
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