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7 風を切って駆ける

 街道に出たいというアデルの意向に合わせて、ミランは街の入り口で彼を待っていた。  さもありなん、馬を走らせるなら街中では狭すぎる。  ミランは馬車に乗ったことはあるが、馬には乗ったことがない。頼んだら乗せてもらえるだろうかと考えていると、「おーい」と柔らかな低音がミランを呼んだ。 「待たせたね。少し手続きに戸惑ってしまった」 「もしかして、馬を連れた外出って許可が必要なんですか?」 「まあね。でも大した手間じゃないよ。今日の俺は非番だしね」 「すみません、知らずに……」 「気にすることはないさ。さ、ミラン。彼女がカスターニエだ」  カスターニエはその名前の通り、見事な栗色の毛をしていた。毛艶がいいのはしっかりと手入れされている証拠だろう。  鬣は三つ編みにしてあって、バサバサとしたまつ毛が思ったより長く、ミランはびっくりしてしまった。 「女の子だったんですか。こうしてみると三つ編みだし、靴下を履いているみたいなのがとてもおしゃれですね」 「褒めてくれてありがとう。彼女の両目でよく見える、正面に立ってごらん」 「はい」  ぐるっと回り、ミランから見ると鼻先を合わせるような位置だ。黒々とした目が美しい。 「俺の髪の色とお揃いだな」 「確かに、君のは綺麗な黒髪だ。神秘的で美しいね」 「……あの、そこらへんにいる色なので……褒めないでください……」  ミランは手をぱたぱた振った。何故だかとても恥ずかしい。動揺を隠すように渋い顔をしてはみたものの、赤くなっていないだろうか。  カスターニエはミランよりも背が大きかった。アデルとほとんど変わらないはずだ。  「触ってみる? 横からのほうがいいよ。そのほうが彼女も緊張しないみたいだ」 「いいんですか? ……いいかな?」  伝わっているかもわからないけれど、ミランはカスターニエにお伺いを立ててみる。彼女はゆっくりと瞬きをして、ぼうっとしているようだ。 「うん、触って大丈夫だって」 「ど、どのあたりが許可だったんですか?」 「嫌がってなくて、ミランをちゃんと見てただろう。そこにちゃんとミランがいるとわかっているから大丈夫だよ」 「はあ」  飼い主の彼が言うならそうなのだろう。ミランはそろそろとアデルがいる方に身体をスライドさせた。  カスターニエから見ると左側だ。首のあたりを、手のひらを押し付けるようにぽんと触ってみる。 「……うわ、すべすべしてる」 「ははは」  呟くようなその台詞が面白かったのか、アデルは声を立てて笑った。  そのまま手を往復させているミランを見て、カスターニエに「友達ができて良かったな」と声をかける。 「さて、良かったら乗ってみる? 街道を少し散歩しようか」 「乗ってみたいです。……カスターニエ、俺を乗せてくれる?」  ぶるん、と彼女は尻尾を振った。ちょっとびっくりしたが、拒んでいるわけではないらしい。  武者震いみたいなものかな、とアデルは評してから、ミランに尋ねた。 「ミランは運動は得意かい?」 「……」 「なるほど。これから君を持ち上げるけどいい?」 「持ち上……え?」 「体を動かしなれている人なら支えや踏み台がなくても馬に乗れるけれど、そうじゃない人には難しいからね。俺が魔法で支えよう……はい、せーの」 「うわっ!」  心の準備の間がなかった。脇の下にアデルの手が支えに入り、魔法によって体がふわりと浮く。  アデルは悪戯っぽく笑うと、カスターニエになんとかまたがったミランを見て頷いた。 「上手じゃないか。脚で体を挟むようにして乗ってごらん。揺れるけど、あまり逆らわずに自然にね。乗り心地はどう?」 「視界が広くて、空が低く感じます。ちょっとしか変わらないのに不思議ですよね」 「わかるよ、俺も初めて乗った時は世界が違って見えたからね」    彼の合図で、カスターニエが歩き始める。身体が上下に揺れる感覚は初めてで、慣れない感覚が怖かったが、しばらくして思ったより支えられていることがわかると落ち着いた。   「少し揺れるけど悪くないだろ?」 「はい。……風が気持ちいいですね」  銀景色のところどころ、砂糖をまぶしたみたいにすっかり白い木に幹が黒く透ける。はっとするほど美しい景色だ。  遠くの山々の切り立った頂も白く染まって、風が吹く音と、二人と一匹が立てる足音と微かな息遣いしか聞こえない。  心地の良い静寂を、アデルの小さな鼻唄が彩った。 「……何の歌ですか?」 「何だろう。昔から知っている歌だけど、詳しくは知らない。歌詞だってわからないんだ」 「なんだか綺麗な曲ですね」 「そうだろう。俺のお気に入りなんだ」  アデルの物腰とどこか似た深みのある声は、静かに空気に溶けていく。ゆったりとした歌の響きは冬によく似合っていた。  彼の足音と、鼻唄のリズムが揃う。ミランはぴくぴく震えるカスターニエの耳が歩みに合わせて揺れるのを見ながら、歌を中断した彼の言葉を聞いていた。 「今はもう動かなくなってしまったけれど、元は母の嫁入り道具のオルゴールの曲でね。両親が作って持たせてくれたと聞いている」 「素敵な話ですね。ご家族ならなんの曲か知ってるんじゃないですか?」 「それが、訊きたくても聞けないんだ。もう誰もいないから」  語る中身はけして軽いものではないのに、彼の声は世間話でもするかのようにさりげない。  だからこそ、ミランにはそれが物悲しく思えた。  彼はきっと、寂しさとか悲しさを乗り越えているのだ。それはミランには触れることのない過去のこと。  ミアにあんな風に優しく接する彼が、家族がもういないなんて誰が思うだろう。 「……ごめんなさい」 「いいんだ、謝られるようなことじゃない。小さいときから一人だったんだ。騎士団にはけっこう多いんだよ、俺みたいに親がいない人って」  力と身体があればどうにかやっていける。否、だからこそ、そういった人が集まるのだという。  ごうごうと風が雪を巻き上げる音がアデルの言葉を攫う。まるでミランの感じた気まずさを吹き飛ばすようだ。  幼少期、本当に血がつながっているのかもわからない親戚のもとで過ごし、十五の騎士見習いになれる年になったらその家を出たと彼はぽつりと語った。  けん玉を始めたのはそれが一人で遊べるおもちゃだったからで、アデルは買ってもらったけん玉が壊れるまで遊んだと言う。  ミランは返す言葉を探していたが、アデルはしばらくすると、また何かもわからない歌を口ずさみ始める。    時折吹く風が雪を巻き上げて、遠くのほうでキラキラ舞っているのが見えた。  もう治ったはずの頬が痛んだのは、きっとミランの気のせいなのだろう。   ***  しばらく歩いた先には小高い丘があった。雪道の中で短くない時間を歩いたはずなのに息も切らしていないアデルは、さすが身体を鍛えているだけあるといえた。  ミランはといえば、普段使わない内ももあたりの筋肉がひたすらに痛い。  カスターニエから下りたその瞬間から立っていられなくなり、驚いたアデルがそっと抱き留めてくれた。 「すみません……こんなはずじゃなかったんですけど……」 「痛むのは内ももか?」 「はい……」 「最初にストレッチからするべきだったな、すまなかった。もしかして、体が硬い?」 「自分では普通だと思ってますけど……」  アデルの神妙な顔は言っていた。そうやって言う人ほど固いものだと。  ずっと寄り添っているのもおかしいので、ミランはアデルが持ってきていた厚手の布を敷いて座った。脚を投げ出して座るとすこし落ち着く。  もぞもぞさすっていると、近くの木にカスターニエを繋いだアデルが戻ってきて、ミランの傍らに腰を下ろした。 「そこは内転筋といって、足を大きく開く時に使う筋肉だ。ミラン、少し腹を触っても?」 「え……」 「やましい意味ではない……が、気になるならやめておこう」 「いえ、ど、どうぞ?」  ぺろ、と腹あたりの服をめくって見せると、アデルに「無防備な真似はやめなさい」と叱られた。  そういうことじゃなかったらしい。アデルは服の上からミランの腹部を指先で押した。 「これは……君、運動しないだろ」 「確かにしてないですね……だいたい店番では座ってますし」 「まだ若いのに、筋肉が固くなってる。今は良くても三十すぎると一気にくるよ」 「ええー……」  ミランは二十そこそこなのにこの言われようだ。そんなに動いていないだろうかと、怒涛のここ最近の日々は抜かして、記憶を探ってみる。  酒場への行き帰りは運動と呼んでもいいだろうか。あれ以外はほとんど、カウンターで座っているか、家事か炊事をしているかだ。 「……あの、運動って何からすれば……?」 「ミランはストレッチからでいいんじゃないか。今は体が辛いだろうから、今度教えるよ」 「お願いします。っていうか、ちょっと触ったくらいでわかるものなんですか?」 「それなりには。鍛えているから」 「かっこいい、けどそれって関連性あります……?」  アデルはひょいと片眉を上げた。おもむろにミランの手を掴むと、自身の腹に押し当てる。  服越しでもわかる、ごつごつした感触。でもそれは筋肉のかたちに沿っているだけで、腹そのものは柔らかく弾力があった。  自分の腹と触り比べてみると全然違うのがよくわかる。確かにミランの腹は凝ったように固かった。 「筋肉には良い状態っていうのがあるんだよ。騎士団にもトレーニング好きがいるからね、それに付き合ってたらわかるようになってきた」 「なるほど……」 「と、筋肉談義はこれくらいにして。昼にしようか」  やたら大きな背嚢を背負っていると思ったが、色々準備してくれていたようだ。ミランはちょっとカスターニエに挨拶するだけくらいの気持ちでいたので、何も用意していない。  彼が用意していたのはパンだった。色々な具材が挟まれていて、目が楽しい。  潰したかぼちゃとたまご、ハムとチーズ、塩漬けの魚と玉ねぎ、四角いソーセージとレタス。  けっこうな量で、一つ一つにボリュームがある。店で売っているものみたいに整っているが、入れ物はなんてことない陶器の皿だ。 「これ、アデル様が作ったんですか?」 「そうだ。人に振舞うなんてないから緊張するな。ああ、そのかぼちゃは干したのをもどしてある」 「店で言ってたやつですね。……ん、甘い。これ美味しいです!」 「よかった。干すと味が凝縮するんだね、でも砂糖の甘さとは違うから俺でもいけた」  パンの断面に塗られたマスタードが甘さの中で良い刺激になっている。辛い物が苦手な祖父のため、ミランの家ではマスタードは塗らないので新鮮だった。   「あの、以前料理をするのかって聞いた時に濁してたじゃないですか。理由って聞いてもいいですか」  その質問をするのは少しだけ緊張した。けれどミランは今度こそ、アデルに何か労りの言葉をかけようと決めていた。  沈黙も返事ではある。けれど、知れば知るほど優しく懐深い彼に、ミランも同じものを返したいと思ったのだ。 「構わないけど……本当にくだらないよ?」 「いいです。それでも聞きたいです」 「じゃあ……」  彼が頭を掻きながら語った話は、ある意味で彼らしさに満ちていた。  ――彼には騎士団に見習いで入ったころからの同期の友人がいる。例の、時魔法の使い手がそうだ。  その同期はある時、見回りをしていた先で、一人の美女を見つけた。笑顔がまるで春の陽だまりのようで、広がったスカートが花のようだったという。   美女は実母と料理教室を営んでいるようだった。その料理教室は、美女目当ての男どもが殺到していた。  これでは本当に学びたいと思う人にとって悪影響が出ると、見かねた実母が男性は公務員のみと決めたらしい。  その中には騎士も含まれる。友人は、一人では勇気が出ないからとアデルに土下座で頼み込み、その料理教室に通うことにした。  結果、農家の出であることをアピールに、無事彼女の心を射止めた。  ちなみに、その料理教室は今では自家農園の無農薬野菜を使った教室として独自路線を打ち出した。  それでアデルの友人は、平日は騎士、休日は愛妻家かつ農家という二束のわらじを履くようになったというわけだ。 「……土下座……? そんなに拒んだんですか?」 「奴は本当にしつこくてね……俺は本当に料理には興味がなかったんだ。職場で刃物を握っているだけでも十分なのに、それ以外の時間で刃物を持つのが億劫で仕方なかったから」 「ふっ、剣を刃物扱いしますか……ふふ……」 「ああ、だから言いたくなかったんだよ。まあ今となっては息抜きになるって知ってるけれど……な、くだらないだろう?」  残念ながら否定することができない。どんな話が飛び出すのかと構えていたのに拍子抜けして、むしろ笑ってしまった。 「それっていつくらいの時の話ですか?」 「この間あいつが結婚五周年とか自慢してたから……七年前か」 「二年間も通ってたんですか、ずいぶん仕込まれましたね?」 「ああ、本当に。最初の三か月は特にきつかったな。俺はそんなつもりは一切なかったのに、あいつの隣にいるもんだから彼女狙いだと勘違いされてさ。背が高いから目立ったんだろうな、しばらく背後が怖かった」  確実に背だけが理由ではないとは思ったが、ミランは言及を避けた。彼のどこかとぼけた様に、何ともいえない好感を覚えたからだ。 「面白い友人ですね」 「悪い奴じゃないよ、やや嫁馬鹿だけど」  肩を竦めながらも表情は朗らかだ。  ミランは最後のハムとチーズのパンを食べ終わると、くちたお腹をぽんぽんと撫でた。 「お腹いっぱいです。ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」 「お粗末さまです。簡単なものだけど、口にあったならよかった」  アデルはおもむろに立ち上がると、背嚢から取り出したニンジンと水とをカスターニエに与えた。バリバリと豪快な音を立ててニンジンが咀嚼される。  果たして馬の歯が鋭いのか、顎が強いのか。今日は色々な発見がある日だ。  すぐにアデルは戻ってきて、また座った。ミランみたいに満腹ではないのだろうか、そんなに早く動けるなんてすごいななんて思いながら口を開く。 「今日の夕飯は母のお手製煮込みハンバーグなんです。こんなに食べ過ぎちゃって入るかな」 「大丈夫だろう、帰り道もあるから腹ごなしになるしね。味付けはどんなの?」 「生のトマトを裏ごししてピューレにするんです。それに焙煎スパイスを入れたソースが美味しいんですよ。タイムとナツメグがさり気なくて」 「腹は膨れているはずなのに美味そうだ。ミランの母上は料理が上手だね」  「そうですね‥…同じレシピで作っているはずなのに母のような味にはならなくて。料理って不思議ですよね」 「そうかな、君も十分料理が上手いように感じたけれど。君が言うにはそうなんだろう」  ミランが纏めたごみを背嚢に詰め、アデルはのんびりと胡坐をかいた。ミランがやろうとしてもあんなに股関節は開かない。筋肉が盛り上がっているのだけが身体を鍛えることかと思っていたがどうやら違うらしい。彼のことを見ているだけで新鮮な気になった。  けれど、彼の笑顔の裏には少しの悲しみがあるのも知っている。  ミランは思い切って、「良かったらうちに食べに来ませんか?」と誘った。 「え?」 「母のハンバーグです。いつも多めに作ってるので、一人くらい増えても大丈夫です」 「そんなわけには。家族の団らんを俺が邪魔できないよ」 「いえ、だからこそです。アデル様が嫌じゃなければぜひ来てください。この間のこと、母もちゃんとお礼ができたらって言ってましたし」  積極的になるのが苦手な自分が、彼には自分の考えを素直に言えるのか不思議だ。  寄り添いたいと、そう思ったからだろうか。  家族が誰もいないと語った時の静かさを、少しだけでも包んであげたかった。  アデルは身を乗り出していたミランの方に身体を向け、僅かに口角を上げた。 「……そんなに誘ってくれるなら、お邪魔しようかな。でも母上には言ってからじゃなきゃね。少し休んだら街に戻ろうか」 「はい。俺も手伝って待ってますね」 「ありがとう」  伸びてきた彼の指先が、ミランの前髪をさらうように撫ぜる。びっくりして固まったミランの顔を彼はまじまじと覗き込んだ。 「目、悪くなるよ。それ、度が入ってないんだろう」 「……気づいてたんですか?」 「酒場でね。眼鏡をはずしているわりにはなんてことなさそうだったから」  彼はミランに周りをよく見ているというけれど、彼の方がよほど見ていると思う。  ふいに強く吹いた風が、ミランの前髪を崩した。冷たい風に肩を竦めた拍子に、つい上目遣いになった視線の先で、アデルが巻き上がる雪を見上げている。 「風が強くなってきたな。これから吹雪くかもしれない。脚は大丈夫?」 「はい、とりあえずは」 「そろそろ行こうか。帰りはお楽しみがあるんだよ」 「え?」  小首を傾げたミランは、数分後、感嘆の悲鳴を上げることになった。  二人分の体重を支えているカスターニエがぐんぐんと空を駆ける。足音はしないのに空気の層を踏んでいるのか、確かに彼女が地を踏んでいる感覚が伝わるのが不思議だ。  いま、ミランは魔法で空を飛んでいるのだ。 「すごい、すごい! フリューゲルみたいだ!」  アデルが後ろから身体をしっかりと支えてくれているおかげで、ちょっとやそっとの揺れではびくともしない。  カスターニエの鬣が靡き、中空を滑るように進む。  風がびゅうびゅう吹き抜けるのに全然寒くないのは魔法のおかげだろうか。そんな描写はなかったけれど、フリューゲルもこうして操魔していたのかもしれない。  まるで物語の登場人物になったような体験に、ミランは目を輝かせた。  頭の少し上の方から、ふっと笑う吐息が空を揺らした。 「絶対に喜ぶと思ったんだ。やっぱり風の魔法と言ったらこれだろ?」 「はい、本当に嬉しいです。俺、いま夢でも見てるのかも」 「安心して、現実だ」  鳥よりも低い高度ではあるが、地上はずいぶんと遠い。恐怖以上に興奮が強く、ミランは興奮に胸を躍らせる。  道行く旅人と馬車をぐんぐん追い越し、街の影がみるみる間に近づく。行きはのんびりして景色を楽しんで、帰りは爽快感を楽しめた。  いい日だ。明日からの仕事もまた頑張れそうだ。  例の騎士に感じた恐怖はもう遠い。アデルとカスターニエが吹き飛ばしてくれたのだ。  ほどなくして街に着くと、ミランはカスターニエに何度もお礼を言った。話しかけているとなんだか目があったような気がして、馬の頭の良さを感じるようだ。  カスターニエを厩舎に連れていくという彼と別れ、ミランは途中で肉を買い足し、いそいそと岐路についた。  母は買い物から帰ったところだった。ミランが事情を話すと、快く受け入れて、肉を買ってきたことを褒められた。 「あの騎士様、たくさん食べそうじゃない? 腕がなるってもんだよ。ミラン、あんたも手伝うんだよ」 「そのつもりだよ。俺は玉ねぎを切ろうかな」 「うんうん、あたしはスパイスをとってこようね。それにしてもなんだい、あんた、騎士様と一緒だったの。てっきり彼女でもできたかと思ったのに」 「できないよ! ああでも、今日は栗毛の美女も一緒だった」 「え! どういうことだい!?」  カスターニエのことを言うと母は呆れていたが、ミランは機嫌よくけたけたと笑うだけだ。  その日の夕食は賑やかなものになった。アデルが持ってきたワインは父の口にあったようでご機嫌だったし、母は沢山食べる人を見るのが好きで、祖父は騎士というだけで感動の対象になる。  まるでクリスマスの日のようだ。むしろ人が多い分クリスマスよりも賑やかだったかもしれない。  母のハンバーグは今日も絶品で、アデルが欲しがったレシピを後日渡すと約束していた。  彼の家族は戻らなくても、少しでも温かな時間を過ごせるといい。そう、ミランは思った。

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