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恒星:はじめてのワンナイト 1
子どもの頃から親譲りの無鉄砲で損ばかりしているーー夏目漱石の「坊ちゃん」ではないけれども。
少子高齢化、シックスポケットという名の乳母日傘で育った世代の割に喧嘩も怪我もやりたい放題で育ってきたせいだろう。
けど、アラサーの域に入った今は落ち着いたもんだーーと、自分では思っていた。
「あああっ……」
出社すると同期の堀田が廊下一帯に大型の段ボール片を何枚もぶちまけていた。
「おいおい、大丈夫か」
知らんぷりもできないので拾い集めるのに手を貸した。原因は無事だった方の束を見てすぐわかった。リサイクル用にまとめたらしいが、縛り方が雑な上に緩すぎる。
「一体誰だよ、こんないい加減な括り方したの。出した先に運ぶ奴がいるって事がわかんねえかなぁ。ちょっとそっちの束貸して」
無事だった束のエコ紙紐も解き、中身が抜けて用をなさなくなっていた方の紐と繋げる、二本の交点をしっかり押さえ、一方の紐で輪をつくり違う方の紐を輪にくぐらせると後は覚えた指が自然に動いてくれる。
「変わった結び方だな」
「『男結び』つって雪囲いや竹垣作るときによく使う結び方だよ」
中途半端なサイズだった二つの束をガタイのいい堀田用に一つにまとめた。出来上がった長一本の紐をきっちり十字にかけ直し、ものの一瞬で一枚板のようにびくともしない頑丈な束をこしらえてやった。堀田が呑気に口笛を吹く。
「相変わらず上手いもんだなあ。手際が鮮やか過ぎて見惚れるわ。さすが造園屋の倅 」
「倅じゃねぇ、孫だっての。こんな作業に上手いも何もねえだろ。第一こんなの、新人の仕事じゃねぇの?」
「それがうちの課の新入社員、女子でさぁ。握力弱いのかな。ガサばるし一人じゃちょっと大変そうだと思ってさあ」
ニタニタ笑う堀田に、俺はおもわず舌打ちをしたーーそうだこいつ、こういう奴だった。男なら黙って体育会系塩対応のくせに。
「おお、束がデカくなったのにマジですげえ運びやすい!」
サービスでつけてやった取手をぶら下げて驚いてるし。
「馬鹿。『梱包』ってなぁこういうことなんだよ」
堀田の奴、わかってない。俺は早口のべらんめぇ調で一気にまくし立てた。
「握力でも何でもねぇ、コツだよコツ。親の敵みてぇに体重掛けて束の角で結ぶんだよ。実家で雇ってる今にも死にそうな婆ちゃん作業員だってこんなの余裕で片づけるぜ、重いもんですらないんだから。
つか、自分でヤードまで持って行かせりゃわかんだろうがよ。何で任せた仕事を責任持って最後までやらせねぇかな。女子と見ると見境無く余計な格好つけしやがって」
「ははは。青葉のマシンガントークって相変わらず面白いよな。ムカつくけど。水もしたたる、っての?」
堀田は他人事のように面白がっている。
「それを言うなら『立て板に水』だ。馬鹿。マシンガントークじゃなくて啖呵」
「そうやってぽんぽんと返してくる辺り、江戸っ子って感じするよなぁ。『男結び』か。格好いいな、今度俺も梱包して」
「マジで馬鹿言ってら」
「馬鹿」って三回も言ったのに、何感心してんだよ、馬鹿。
堀田は軽い男だが、明るくていい奴だ。堀田のような気心の知れた相手だと、普段の擬態が解けてつい地が出る――そして調子が狂う。
実家は正確に言うと、都内は都内でも市部の郊外にある。元は下町で三代続いていた老舗だが3代目の祖父ちゃんがまだ若かった頃、時代の波に勝てずーー都心の再開発やら何やらで地価が高騰する割に庭を造る現場は遠くなるばかりーーで、やむなく今の場所に移転したそうだ。が、「江戸っ子」を名乗っていいんならそっちの方は名乗っておきたい。
「口から先に生まれた」なんて言葉かあるが物心ついた時から口も手も出るタイプで、「売られた喧嘩は買う」どころか「ああ言えばこういう」式で無自覚のうちにこちらから売ってるスタイルだった。
決してチビではないが、元々身体の線が細くていくら鍛えても腕力が追いつかない。負けん気だけが強くなり、憎まれ口がますます達者になった。
ピークは十代の頃で、とにかく生傷と流血騒ぎが絶えない問題児だった。アウトローや半グレにならなかったのが奇跡だったかもしれない、思い起こせば恥ずかしき事の数々……ってやつ。人並みに学校教育を終え、自ら選んで乗った社会のレールを無難に走ってこれたのは家族や友人のフォローのお陰だ。
言っておくが決して「昔は悪かった俺」系の武勇伝を披露したいわけではない。
一浪一留の末に得た大卒の肩書きとともに入社して五年。後輩も増えて新人教育を任される場面も増えたが、その手の話はたいがい嫌われるそうだし、この啖呵癖とセットじゃ立派なパワハラ案件だ。自分の中でもどちらかというと消したい黒歴史……いや、この際そんなことは本当にどうでもいい。
とにかく俺、青葉恒星 @もうすぐ三十周年史上、奇跡じゃないかと思うくらい平穏な日々を過ごしているーーいや、いた。つい昨夜までは。
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