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恒星:はじめてのワンナイト 4

俺の勤める会社は造園・園芸用資材の製造、販売を手がける「ガルテン松山」という。 「……にしても、『D’s Theory』の社長、若いよなぁ」  件のプレゼンが終わり課内に戻った俺は、安堵のあまり放心状態で先輩社員同士のお喋りを聞いていた。 「D’s Theory」――まるでファッションブランドみたいな会社名だがここ数年、環境に優しい上にコストも安いエコ素材の商品化で急成長を遂げた外資系ベンチャー企業だ。 「三十代前半って聞いたことあるな。青葉君より少し上くらいじゃないか」 「外見もモデルみたいね。結婚してるのかな」 「指輪はしてなかったよ」 「フロア違いの女子社員まで用もないのにうちの課に来たり会議室の辺りをうろうろしたりしているから、朝から落ち着かないったら」  部署じゅうの女子社員がさえずりだす。 「D’s Theory」社長、遠山玄英(とおやま くろえ)ーーアメリカの某難関大の修士号を複数持つ天才研究者にして一流実業家。  インターナショナルな家庭環境で育ち数カ国語に堪能な上、海外のファッション紙から抜け出てきたような長身かつ端麗な容姿をしている。  昨年ついに、世界に影響を与えた著名人が登場することで有名な「DIMES」誌の表紙を飾ったらしい(読んだことはない)  そんなプレミア価格つき激レアカード並ハイスペック男子が、社員の平均年齢及び既婚率高めの地味系中堅企業に降臨にしたのだ。年齢層問わず色めき立つ女性社員の、ディープ・インパクトレベルのエネルギたるやーー  プレゼンの首尾に珍しく上機嫌だった水島課長が 「どうしてそこで注意してやらずに一緒にはしゃいでいるの?うちの会社の品位ってものがあるでしょうに」  と、いつもの調子に戻ってぴしりと苦言を呈した。  旧態依然とした同族経営の会社で長年のお局様的立ち位置から一転、昇進試験に受かった苦労人だ。その経歴と現場感覚を生かした采配は尊敬するが、そのせいか仕事の要求水準もやたら高い。  その上、部署内での立ち居振る舞いにいたるまで一々チェックが細かく、セルフボケやノリツッコミなど冗談全般が全く通じない――いや俺も、ギャグなんか全然得意じゃないから別にいいんだけど――部長クラスを差し置いて社内気詰まりな上司選手権ベスト5に入るのは間違いない。 「せめてうちの部署だけでも失礼のないように頼むわよ。これからたびたびお見えになるかもしれないんだから」  すみません、と女子社員たちが口先で謝る端から声にならない歓声があがる。 「ほら、そういうところよ。全部署に通達しておくべきかしら……」  課長は気難しそうな表情で頭を抱えた。 「見事におっさんばかりの会社ですからなあ。もしもこれが男女逆で、現れたのがアイドル並のルックスの天才女性社長だったとしたら……と考えると彼女達の気持ちも理解できなくもないですが」  課長補佐の内川さんがのんびりと答えた。同業他社を早期退職後、五十代で中途採用された即戦力で、異性で年上の課長をよく支えている。 「そういう問題じゃないのよ。社長は欧米での生活が長い方だからコンプライアンスに厳しいわ。下手を打ってセクハラ問題にでもなったら元も子もないって言ってるの」 「それは確かにそうですね。各部署に厳重に伝えておきますよ」  内川補佐は課長の苦手な、業務に直結しないようなちょっとした根回しや部署間の調整事を、絶妙なバランス感覚で上手にフォローしている。 「青葉君もありがとう。今日の資料もだけど、うちの幹部達を根気よくレクチャーして、リモート会議に参加できるまて育てておいてくれて……」  課長に面と向かって珍しく感謝されると、ものすごく恐縮するしこれはこれで萎縮する。 「いやいや、育てるなんてそんな」 「いくらうちの製品がよくても、幹部クラスがリモート会議の一つも対応できないんじゃあ今回の契約は無理だったわね」 「ああいうのは慣れっていうか、苦手意識や思い込みを無くしてもらえれば、後はなんて事は」 「青葉君は根気強いからいいのよ。私はダメ。上役だろうが何だろうが、不甲斐ないとすぐ怒鳴り飛ばしちゃう」  だ、だろうな……俺だって自称江戸っ子だから、決して気が長い方ではないのだが。

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