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恒星:はじめてのワンナイト 5
何にせよ、褒められるのは気分がいい。気をよくして自販機前の休憩スペースに出ると、外回りから帰ってきた堀田と出くわした。
「おう。プレゼンどうよ?」
「ああ。すごく優秀な社長だから色々厳しいところもツッコまれたけど、八割方上手くいったんじゃないかな」
「すごく優秀、なんてもんじゃないだろ。神とか天才の域だよ。あの人は…… 今や業界注目、いや世界注目の新エコ素材の特許を在学中に取って起業した、今をときめく時の人だ。あれで会社の規模はうちよりずっと小さいんだ。驚くよなぁ」
グローバルにして少数精鋭――それが 「D's Theory」のモットーらしい。
「社長自ら営業に飛び回ってて、やり手なのに腰が低い。俺らと年もあんまり変わらないが雲の上の人だな。とにかく業界内でのライセンス契約が独占できれば、空前の業績アップが見込める」
営業畑の堀田は別な意味で、実に正しく色めき立っていた。
え
「青葉、遠山社長と何か話した?」
「全然。あ、でも、ウチのお偉いさん方に合わせて紙の資料渡したら、あからさまに『ペーパーレスじゃないの?』って顔されて、何にも言わずににっこりエクスキューズされて」
「うっわ、何そのノーブルなリアクション!俺らとは人種通り越して亜種レベルで違う気するわ」
もちろん見た目的にハーフかクォーターらしいとか、そういう話をしているのではない。
「背中に冷や汗かいたけど、本当に地頭のいい人だってのはわかるよ。資源循環法とか生分解性プラスチックやら何やら……俺は全くの専門外だが、遠山社長に説明されるとわかりやすくしっかり頭に入ってくる」
何を隠そう、俺も遠山社長には惹かれている――決してルックスやハイソぶりにではなく(いや、羨ましくないと言ったら嘘になるが)やはり仕事人としての超ハイスペックぶりは尊敬するし憧れる。
今日のプレゼンでもあちら側は遠山社長に実務担当者が一人ついて来た程度で、ほぼ一人でこちらの幹部クラス十数名を相手に商品の機能的や販路についての質問、契約内容の交渉までをこなしていた。
「『本当に頭のいい人』とは難しい話ができる人ではなく、難しい話を誰にでもわかりやすくできる人だ、って言うもんな。多分、うちの会社の経営陣を束にしたより数倍有能だよ」
模範的なヤングエグゼクティブ然とした所作及び言動しかり、早すぎず遅すぎずの滔々とした話し方とちょうど心地よい周波数のローヴォイスしかり。
腹ただしいほど出来過ぎな男ではあるが、同性たるものかくありたいーー気高く堂々と、しかし親しみやすく謙虚に。
「天は二物も三物も与えるって奴だなぁ……俺みたいな凡人とは大違いだ」
「何、気にすんな。世の中の99パーセントは凡人だ。世界を回しているのは俺たち大凡人様ってことよ」
おやじギャグではないが、いかにもおっさんが好みそうな軽口を放って堀田がガハハと笑った。
「だが、凡人らしくコツコツ努力できるってのも希有な才能だよ。お前んとこの課長補佐みたいにな」
「内川補佐?」
「そ。あのキツい課長と課員や他部署の間に立ってカリスマ級の潤滑油っぷりを発揮しているのは尊敬に値する」
「違いねぇ」
俺も釣られて大声で笑った。
「ま、俺らもまだ若いんだし、地味に頑張ろうぜ。青葉も何だかんだ、まだ30だろ」
「まだ29だわボケ」
一浪一留で悪かったな。
「それはそうと、週末空いてる?合コンあるんだけど」
「は?……いや、しばらくいいや」
思い出したくない事思い出しちゃったじゃないか、クソ。
「え?何でだよ。久しぶりだろうが」
後日、美人局や逆リベンジポルノ、あるいは病気を伝染 されていた、といった被害に遭わないとも限らないので不安は残るが、悪いことばかり考えていてもきりがない。
おおかた金持ちで年増の綺麗なマダムにでも一晩遊ばれたのだろう、と都合よく解釈して忘れることにしてたのに……
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