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玄英:個室のふたり 2

「いやあのっ……やっぱり、後で自分でなんとかしますっ……すっ、すみません……!」 「おいまさか、下まで縛ってあんのか」  ほぼ臨戦体勢のそれを見た恒星は軽蔑しきった態度を隠そうともしない。辛すぎて背中に電流が走る。  恒星は長いため息をつくと、顎で視線の先を指した。 「脱げ」 「……はい?」 「聞こえなかったのか。脱いでそれ出せよ」 「っでも……」 「あんた、仮にも業界の寵児で取引先の社長だぞ。そんな格好でうちの社内を歩かせられるかよ。通報されても困るし、元凶が俺だって知れたら女子社員全員に半殺しにされるわ。今期のボーナスだってかかってるし……」 「……」  最大限に同様した後で歯切れ良くテンポのいい彼の声を聞いているうちに呼吸が覚束なく朦朧(もうろう)となってくる。 「おい聞いてんのか。くそ。俺が泣かせたみてえじゃねえかよ」  恒星は毒づきながらもちょっと狼狽(うろた)えた。 「仕方がねえ。悪く思うなよ。俺だって他人のなんて見たくもねえが」  恒星はそう吐き捨てると口にハサミをくわえて勢いよくしゃがみ、玄英のベルトを外し始めた。 「で、ですがあの……」「今さら何恥じらってんだよ、馬鹿」  ほとほとあきれきった口調でそう言いながら、恒星が玄英のスラックスと下着を同時に、少し乱暴に降ろした。 「やっ……」  必死に抑えていた矯正が漏れた。 「おい、なんて声出して……」  身も蓋もない場所が縛られている様に、さすがの恒星も絶句した。が、あまりに常識の範囲外の出来事に出会うと、人というのはかえって冷静になるのかもしれない。 「これも俺がしたのか……」 「調子に乗ってお願いしたのは僕です……」  「……つか、……デカ……」  恒星がそれを凝視したまま口の中でぼそりと呟いたのが聞こえた。顔に集まっていた熱と血液が脳まで駆け上る。 「!……ちょっと!何言っ……」 「ああ悪い。痛いだろ」 「こうなってしまうと……少し……」 「触ってもいいか」   「ど、どうぞ……って、え、いや、そこまでしてくださるんですか?」 「馬鹿。支えてねえと切りづれぇんだよ。手元が狂うと大変なことになるし……」 「……」  「って、まさか喜んでんじゃねえだろうな。変質者みたいにヘラヘラしてっと別なモン切り落とすぞ」  狂い続けるパーソナルスペースの中、息がかかりそうな場所に恒星の厳しい表情がある。  冷ややかな怒りを湛えた瞳と硬い手のひらの熱が対象物をとらえ、金属の感触とともに慎重に刃が入れられた。  必死で理性を保とうとしていたのに、開放感と同時に我を忘れて恍惚となり短く叫んだーー 「……あっ……!すっ、すみません……」  はっと気がつくと、顔面に吐出を浴びた恒星が呆然としている。 「てっ……てめえ……ふざけんのも大概にしろよ」  明らかに半オクターブほど低くなった声には殺意が滲んでいた。 「ああっ……あのすいません……どうしようっ……あの本当に……わざとじゃ……」  必死で謝ったが余計、彼の怒りを沸点まで加速させてしまう。 「だから何泣いてんだよ!泣きたいのはこっちだっての!」  恒星は悲鳴に近い叫びとともにドアを乱暴に蹴り開け、嵐のような水音を立てて号泣しながら顔を洗い出した。 「クソっ!クソっ!あんたが大事な取引先じゃなかったら、ソレごとミンチにしてやるのに!」 ーーああ、最低だ……僕。  これまでの人生でワーストレベルの罪悪感がひたひたと押し寄せるーー今この状況で、えも言われぬ心地よい虚脱感を味わってしまっていることも含めて。  乱れた衣類を整え、(いましめ)の切片を拾い集めながら玄英はおずおずと声をかけた。 「慰めにならないかもしれないけど……昨夜は君、僕のと二人分でもっと凄い状態に……」 「うるさいうるさいうるさい!今それ以上一言でも何か喋ったら殺す!」

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