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玄英:昨夜のふたり 6

「祖父ちゃんの趣味だよ。そう言うあんただって」 「ああ、そうかもね。幸い僕が育った国には飛び級や高知能の子ども用のカリキュラムの制度があって、気づくとそのまま好きなこと、得意なことだけをして大人になって、今に至る。若者らしい流行や、恋愛や結婚に向いてなかっただけで……周りの人に恵まれていた方だとは思うよ。君みたいに」 「はは。どういたしまして。前向きなのは偉いな」  頭のよすぎる人の苦労はわからないが、周囲と上手くいかない辛さは少しわかるような気がする、と恒星は言った。 「恋だってさ。これからしたらいいじゃん。変な男に引っかからないようにだけ気をつけて。あんたなら引く手あまたじゃないの?」 玄英は苦笑した。 「変な男も何も……相手が見つけづらい。この業界、SよりMの方が供給過多なんだよ」 「そういうもんなの?」  これまでの人生でまるきり縁の無かったであろう世界をなんとか理解してくれようとする誠実さも、きょとんとした表情の可愛らしさもどちらも好ましい。 「ただ相手を罵っていたぶるだけじゃただのDVだからね。互いに信頼関係があって、むしろMに対する敬意と共感力がある……そういう人じゃないと、Sは務まらないんだ」 「知らなかった。意外と奥が深いんだな」 「同性で知らずに口説いて来る人は『縛って欲しい』って言った時点でだいたい引かれるしね。もちろん、その道のプロが秘密を守って要求を叶えてくれるーー国を問わずにそういうサービスがあることも知ってるけど……お金で欲だけ処理したいわけじゃないんだ。いい歳して夢見てんじゃないって、笑われるかもしれないけど」 「元気出せよ。恋愛に夢見て、何が悪いんだよ」 「ありがとう。恒星はやっぱりいい人だね」  恒星はワイシャツとトランクス姿のままベッドにあぐらをかき、頬杖をつきながら玄英の話を聞いていた。スーツとネクタイは玄英が親切心から脱がせて壁に掛けてある。  無造作に開けた胸元からのぞく胸筋や露わな大腿部には脂肪と筋肉が程よく混じり、褪せた日焼けの跡が目立つーー自分の性的志向の話までしたのにこれだけ無防備でいるというのは、確かに「よくわかってない」のだと思う。  視界には入ってはいるがあくまでも無関心である風を装いながら、彼の触感を密かに想像したーーこの美しい男がどうにかして、こちら側に転がり落ちてくれないものか。   「縛ってやろうか?」  恒星の思わぬ問いに、玄英はどきりとして「えっ?」と聞き返した。 「いや……嫌ならいいんだけどさ。特技だし、ちょうど暇だし」 「……ほ……本当に?」 「でも、縛るだけだぞ。それ以上は無しな」  どうせ酔っ払いの気まぐれだとわかっている。焦点の定まらない目、子音の滑舌はいいのに母音の呂律が回らない中低音ーーなのに玄英の心臓は大きく揺さぶられ、愛の告白をされたティーンエイジャーのように顔が染まっていく。  人の一生にあるかないかの運命の恋に落ちる瞬間があるとするなら、何の甘さも情緒もないこの時こそが間違いなくそれだった。  

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