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恒星:ここから先は○○です 2

「すみませんっ……お嫌、ですよね……」 「お嫌に決まってんだろうが。何が悲しくて男とやらかしたホテルにわざわざまた行かなきゃいけないんだよ。あの朝どんな惨状だったか覚えてんのか?俺、掃除の人に変に思われたくなくてあれ、涙目で全部片付けたんだから!」 「すみません、慌ててたのでそこまで気が回らず……僕、掃除苦手なので尊敬します」 「そういう返し要らねえんだよっ!」 ーーいや、キングオブ大凡人の俺に、天才社長に尊敬される要素がちょっとでもあったなんて驚きだがーーこれ本当に、昼間のスーパーエリートと同一人物? 「だいたいあんた、打ち合わせの時に俺に気づいてたんだろ?適当な理由つけて担当外させるか、永遠に黙ってすっとぼけとけよ。あんただって社会的地位とか立場ってもんがあんだろうが。何わざわさ真正直に声かけてんだよ」 「ええと……心配してくれてるんですか?僕のことを……」 「だからそこじゃねえっつってんだろ!俺だって色々悩んだんだぞ。スキミング系の昏睡強盗とか疑ってカード止めちまったもんだから、不便で仕方ねえっつーの!」 「こ……、恒星君、恒星君」  啖呵を切っているうちに頭に血が上ってしまい、つい大声になってしまった俺をマスターが見かねて止めに来たので我に返った。二日酔いがまだ残っているらしくマスターの額には冷えピタ、こめかみにエレキバンが貼ってある。 「いったい何があったんだい?昨夜は君たち、あんなに意気投合してたってのに」  俺は口ごもったーー感情的になって何か、かなり致命的なことを口走ってなかったか?  遠山がすっと立ち上がってーー見上げるほど上背があって、やっぱり見栄えがするーー社交用の微笑をふんわりと浮かべてこう言った。 「お騒がせして申し訳ありません。連絡先を交換したら、お互いの勤務先に利害関係があることがわかりまして……」 「そうなのー?」  いや……違ってはいないけど。ミスター危機管理って感じの、何と爽やかで淀みないエクスキューズ。万一謝罪会見とか開く羽目になってもこの人、やっぱり美しいんだろうな。 「それ以上は業務上の守秘義務って事で、すみません」 「男一匹、社会に出れば七人の敵ありって奴か。企業戦士は辛いねえ」 「今の時代、大変なのは何も男性だけじゃないですけどね」  息を吸って吐くような技術・演技構成点ともにパーフェクトの模範解答に眩しい癒し系の笑みーー俺が歩くトラブルメーカーなら、奴は好感度大量生産マシーンだ。 (女子なら)抱かれたい男業界部門No.1の遠山玄英ーー俺が昼間目撃した「あの」遠山玄英がちゃんと戻って来た。  マスターは笑ってキッチンに戻って行き、店にいたマダム達の視線は完全に奴に釘付けになった。  俺までもがそのあまりの落差にぽかんとしていると、奴がスイッチでも切れたようにどさん、ぺたりと俺の隣の椅子に飛び込むように座り込み、潤んだ瞳を近づけてきた。 「……ご主人様、これでよろしかったでしょうか?」 「おい、誰がごしゅ……!」  俺が叫びかけると遠山は手で俺の口を塞いだ。いや、「しぃー」じゃねえよ。  意外に柔らかな大きな手を外し、今にもしなだれかかってきそうな上半身をどうにか遠ざけたーー俺限定で挙動不審過ぎんだよ! 「一回寝たからって、なし崩し的にセ○レとかそういうのも無しだからな」  俺は奴の形のいい耳に唇を近づけて、小声で囁いた。 「セ○レだなんてそんな……」  情けないくらい真っ赤になってうつむく遠山を押し退けて立ち上がった。ちょっと可哀想な気もしたが、ここは念を押しておかないと。 「僕たちこれで終わりですか?」  遠山が情けなく泣き出しそうな顔で聞いてきた。 「終わりも何も、そもそも昨夜が事故だったっての……」  顔を覆ったままの奴が「こんなに好きにさせといて……酷くないですか?」と呟くのが聞こえてギョッとした。 ーーいや待て。昨夜の顛末のどこにそんな要素あったよ?  この人も俺同様、一刻も早く忘れて通常運転に戻りたがってるんだとばかり思ってたのに。

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