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恒星:ようこそ玄英の部屋へ 1

 学生時代によく歩いたこの辺りも、再開発ですっかり瀟洒な街並みに生まれ変わっていた。先を行く玄英に不意に角を曲がられて、もうどの辺を歩いているかわからないーーその先にいかにもなVIP御用達高層マンションがいつの間にかできていたことも知らなかった。  エントランスにコンシェルジュが常駐していたり、住人専用のジムやプールが付いているマンションなんて初めて入った。  エレベーターまで空調完備だし下手すると、俺の住んでるワンルームより快適かもしれない……冗談半分でそんな感想をつい漏らしたが通じなかったらしく「核シェルターもついてるよ」と真顔で返されたーーマジかよ。 ーー待て。こいつの部屋が檻のような内装でありとあらゆるその手の用具がコレクションされていたりしたら……  いざ遠山の部屋の前に立つと、ふとそんな事を思ってしまった。奴が生体認証だか何だかでロックを解除する数秒の間に、よほど回れ右をして帰ろうかと思った。が、かろうじて好奇心の方が勝った。  通されたリビングは至って普通だったーーいや、普通って言うのは見るからに異常ではないって意味だ。  インテリア雑誌のグラビアを当寸大3D加工したような、夜景の見渡せる30畳以上のリビングを庶民感覚では普通とは言わない。 ーードラマや映画の登場人物以外で本当にこんな部屋に住んでる人いるんだな。 ーーこの街の夜ってこんなに綺麗なんだっけ。  経緯(いきさつ)が経緯じゃなかったら、有意義な「大人の夢」体験型社会科見学だ。 「コーヒーでいい?」  物珍しさ丸出しで窓をのぞき込んでいる俺に、キッチンーーいや、バーカウンターとでもいうのかーー生活感皆無でやたらスタイリッシュな構造物の向こうから遠山が声を掛けてきた。  自宅に戻ってリラックスしているせいか挙動不審さはすっかり消え、タメ口に戻っている。 「あ、うん……ありがと」  ミルが豆を砕く音がして、香ばしい香りがリビング一杯に漂った。 「片付けが苦手って言ってたのに、綺麗に住んでるんだな」 「オプションでハウスキーパーを頼んでるんだ。書斎は他人に触られたくない物があるから自分で管理してるーーなかなか悲惨だよ」 「それ、管理してるって言えるのか?」 「何がどこにあるか分かりさえすればいいんだよ。ところでコーヒー淹れてる間、着替えてきていいかな?家でまでスーツだとなんだか落ち着かなくって」 「どうぞ、遠慮なく」 「君は?ウォークインクローゼットに新品のルームウェアあるから貸すよ?」 「俺はこのままでいい」  と言うより遠山のサイズじゃ、絶対手足が半分以上余るだろうが。  遠山は奥にいくつか並んでいるドアの一つに消えた。 ーー一体何部屋あるんだ、この家…… ーーしかも書斎とかウォークインクローゼットとか……一般住宅には普通にあるもんなのかね?少なくとも一人暮らしでそんなもんのある部屋に住んでる奴、今まで見たことねぇわ。 ーー……にしても……  まるでハーレクイン・ロマンスの世界から抜け出したような端正な見た目とどこに行っても通用するハイスペックとは裏腹の、人目を憚るディープな性癖ーー全世界でそれを知っているのは俺を含めてそう何人もいないはずだ。 ーーやっぱりその手のモンって、どっかにずらりと揃えていたりすんのかな。拘束具だけじゃなく玩具系のモンまであったりして?他人に掃除させないとかいう書斎あたりが怪しい気が…… 「ハウスキーパーは見た」ばりの下世話な好奇心がつい頭をもたげ、当初の目的をうっかり忘れかける。 ーーいやいや。所詮、別世界に住んでる赤の他人だし。プライバシーなんか興味ないし。  とその時、マナーモードのスマホが盛大に振動音を立てた。  

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