22 / 85

恒星:ようこそ玄英の部屋へ 2

 俺のではなく、カウンターの上に置かれた遠山のそれだ。もちろんドアの向こうの遠山には聞こえていない。  どうせすぐ戻ってくると思い、放置していたのだが意外としつこく、一分もしないうちにまた長鳴りした。 ーーあいつ、あんなんだけど社長だからな。会社から緊急の連絡かもしれないし…… 「おい遠山さん、あんたのスマホ鳴って……」  せっかちな性格が災いして、恥ずかしながらノックしながらドアを開けてしまう悪い癖がある。会社や公共の場、他人のいるスペースだと一応気をつけるのだが、この時は色々あっけに取られすぎて、完全に気が抜けていた。  奴がいると思しき部屋のドアを開けてまずそ眼に飛び込んで来たのは、インテリアの彫刻かと置いてあるのかとおもったほど均整のとれた遠山の全裸だった。  こちらに向けた広い背中に刻まれた痛々しくも生々しい痕跡、形よく引き締まった臀部、すらりと伸びた美しい四肢ーー正直、一瞬目が釘付けになった。  足下にあの高価そうなスーツとシャツが脱いだ形のまま、無造作に放り出してある。 「!?す、すまん……」  そこで慌ててドアを閉じようとした途端、全身鏡になっている向かいの壁に写った死角ーー奴の前面が見るともなく目に入ってしまった。 「人のこと家に連れ込んでおいて、何してくれてんじゃボケエエエエエ!」  後でよく考えるとこれは十割俺が悪い。「決して開けてはいけません」な昔話に出てくるやらかし系のジジババ並に、全面的に過失があるーーたとえたまさか目に入ったソレが立派な臨戦態勢になっていて、主が自ら慰めている最中だったとしても。  だが、昨夜のついさっきの今である。  再三コイツの性的欲求の的にされた俺は、すっかり頭に血が上って奴に飛びかかり、力任せに髪をつかんで床に押し倒して馬乗りになった。 「紳士ぶった顔しといて、俺のことまだそんな目で見てんのかよ、この変態!」  顔をぶん殴るのだけはすんでのところで人が人たる所以の理性の部位、前頭葉のシナプスを総動員して何とか思いとどまった。 「す、すみません……すみません……」  遠山が顔を覆って震えながら泣き出した。 「そんなつもりじゃなかったんです……でも、着替えようと思ってシャツを脱いだら、ご主人様……じゃな、恒星さんが縛ってくださった跡があるし、それなのにもう今日で最初で最後なんだとか、それでも恒星さん優しいし、色々考えてたらよくわけがわからなくなって、気がついたらつい……」 「……」  奴の泣き顔と、俺がノリと力任せにやらかしたせいで赤く残ったミミズ腫れのような痕を交互に見ているうちに、ちょっとだけ俺は冷静になった。  この性癖さえなければコイツ、普通の恋愛して誰もが羨む理想の家庭ってやつを築けていたのかもしれないなーーどこに出しても恥ずかしくない百点満点の超有能な色男で、何でも持っていてつき合う女性も選びたい放題で、でも根は真面目で性格良くてーー  知り合った時点でやらかしてなければ、店の常連どうしとしていい友人関係を築けていたかもしれない。あるいは仕事上のメンターとして崇拝していたか……そこだけは残念だ。 「さっき店にいた時からずっと我慢してて、気を逸らそうとしてたんですけど……ごめんなさい、自分でも気持ち悪いってのはわかってるんですけど、どうしようもなくて……」 「待て。気持ち悪いってのは否定しないが、会社出てからここ来る前のどこにスイッチ入る要素あったよ?」  自慢じゃないが、怖そうとか愛想が無いとか言われたことはあっても生まれてこの方、色気があるなんて同性にも異性にも言われたことはない。  今日だってずっとスーツ姿だから露出だって無いし、こっちから煽った訳でもないし。  

ともだちにシェアしよう!