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恒星:ようこそ玄英の部屋へ 3

「……」  奴は口をつぐんで押し黙ってしまった。 「おーい。聞こえなかったんですかあ?変態が一人前に黙秘権あると思ってんのかよ?紐と一緒にナニもちょん切っとくべきだったかな?ああ?」  俺は奴に乗りかかったまま、頬をぺたぺたと軽く叩いた。奴は俺の手を掴みながら 「ちょん切られるのだけはちょっと……実は……ご主人様の声って、好みのど真ん中みたいで……罵倒されるとゾクゾクしてしまって……」  と、しゃくり上げながら答えた。 「罵倒じゃねえ啖呵だ!つか勝手にさらっと『ご主人様』とか呼んでんじゃねえよ」  ついまた頭にきて、奴の手を払った。  乱れた前髪の下で長い睫とガラス玉のような瞳がうるみ、紅い唇が絶望に震えているーー扇情的で庇護欲を掻き立てる表情だ。  同情する気持ちもあるし、罪悪感もある。  そして、ほんの数時間前まで俺を含む皆の尊敬と羨望の的だったこの人が今現在、あられもない格好でこんな表情をしているなんて事を知っているのは俺一人だけでーーそう思うと、今まで感じたことのない奇妙な高揚感が湧き起こってくる。 ーーもし、この人をもっと泣かせたら、一体どんな顔をするんだろう…… ーーいやいやいやいや。  確かにガキの頃は血の気が多くて、自分よりタッパのあるヤローをタコ殴りにするなんて日常茶飯事だった。が、あくまで売られた喧嘩を買った上での事だ。いくらなんでも人を一方的に痛めつけて興奮する趣味なんかない。  俺は遠山の上から降り、助け起こそうとした。 「ま、まあいいや。乱暴にして悪かったな……」 「あ、あ、あの……できたらもう少し虐めて欲し……」 「いい加減にしろっ!」  奴はしゅんとなって、のろのろと上半身を起こした。 ーーああそうか……こいつ、俺が怒ると火に油か……  面倒臭い奴だと思うのに、奴に対する嫌悪感は不思議と湧かない。  自分でもどうしようもない性分のせいで難儀な目に遭う辛さややらかした時の後悔は、俺も何となくわかるからだ。 「さ、先に部屋の外に出ててください……処理……しないと」  座ったまま奴がそっぽを向いた。俺が空気を読んで可及的速やかに部屋を出て行くのを、背中で待ち構えている空気が何となく気に入らない。 「ちなみにあんた、やっぱり俺で抜く気なわけ?」 「……っ」  奴の肩がピクリと震えた。顔を真っ赤にし、涙目になりながら恐る恐るこちらの顔色を伺っている。 「……いけませんか……」 「いや……ダメっつうか……」  人の心ってのはその人のもんだし妄想だろうが政府転覆計画だろうが、その人の中に留まっていて実害が無い限り文句を言う筋合いはないってのは十分わかってんだけど。 「気持ち悪い……ですよね」 「いや、それは無いかな。ただ、純粋に不思議なんだよ。あんたの中にいるらしい、性的要求を掻き立てられるような俺ってどんななんだろうって思ってさーーこちとら、歴代の元カノにだってセクシーだとか色っぽいとか言われたことなんかないしさ」 「恒星は……色気ありますよ。残酷なくらい」 「そう?なら、こっち向いてしてみなよ。見ててやるから」 「……っ」  奴は顔を覆ってまた泣きじゃくり始めた。 ーーえっ、それはダメなんだ?まあでもMと露出狂って違うのか。 「あのさ、そこは開き直るとか怒るとかしてもいいとこなんじゃないの?」 「……そんなこと、言われても……」 「俺かなり酷いこと言ったよ?いくら何でも大きなお世話だ、とかさ。嫌なら嫌ってちゃんと」  俺が言うなって感じだけどさ。 「……嫌では……ないので……」  掠れ声がますます小さくなった。 ーーえっ、嫌じゃないの?わけがわからん。  で、何でそんなこと言い出したのか自分でもわからないんだけど。 「手伝ってやろうか?」「……はいっ……?」  信じられない、という顔で彼が顔だけ振り返り、俺を見た。涼やかだった白目が可哀想なくらい充血していたが、薄灰色の瞳と睫に留まった水滴が艶めかしく光っていて綺麗だ。  誓って俺はノンケのノーマルだ。そりゃもう、直球ストレートど真ん中球速160キロレベルの。それに異性同性を問わず、そちら流の成人向けコンテンツを嗜んだことはない。  だからせいぜい、コントや漫画のネタにされる程度のうすぼんやりとしたイメージしかないが、おそらくこの人は、縛られる他にいわゆる「言葉責めが効く」とかいうタイプなんだろう。

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