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恒星:ようこそ玄英の部屋へ 6
遠山はシャワーと着替えを済ませてリビングに戻ってくると「煮詰まってないといいけど……」と言いながらさっきのコーヒーを出してくれた。
「電話は?しなくていいの?」
ふと思い出したから聞いてみたけど、実は心底どうでもいい。
「メールが来てた。今夜中に折り返すよ」
彼はそう言うと自分のティーカップを手に、僕の相向かいのソファに掛けた。そういえばこの人、マドンナでも紅茶派だった。
「わざわざ俺のためだけにコーヒー淹れてくれなくても。遠山さんの飲みたい物に合わせたんでよかったのに」
「いいのいいの。どっちも淹れるの好きだし」
そう言って遠山はソーサーからアンティークのカップを持ち上げた。俺のコーヒーカップは形もテイストも全く違う現代アート風でーーぶっちゃけどちらも高そう。
「美味い」
お世辞や気まずさからのフォローなどではなく、マドンナを含めて色んな店で飲んだこれまでコーヒーの中で一番美味い。仕事ができるだけではなく、日々の人生を丁寧に生きている人なんだと思う。
「よかった。さっきは悪かったね……」
さらっとそう切り出されて、せっかくのコーヒーにむせて吹き出しそうになった。気まずくならないよう、なるべく思い出さないようにしてたのにーーいや、逃げちゃ駄目か。
「おれっ、俺の方こそ……ちゃ、ちゃんとノックさえしてればっ……」
「い……いいの……僕の方は、別に嫌では……」
いや、そこはちゃんと嫌がれよ。
二人とも昭和のお見合いのコントみたいに真っ赤になってうつむきながら、最後の語尾をごにょごにょとフェードアウトした。
後はそれぞれの飲み物を黙々と飲み続けたのだが、あんなに美味かったはずなのにもう味がしない。それはこの人も同じかもしれない。
「……最後まではしてないんだ」
唐突に、消えいるような声が聞こえた。
「えっ……えっえっ?」
完全に咽せたーー待て。こっちはまだ心の準備ができてない。
「なっ、何、何がっ?」
「昨夜のこと。僕はぜひそうしたかったんだけど、恒星はさすがに、後でショック受けると思って……」
「そりゃ……お気遣いどうも……」
気遣われた実感、まるでないけどな。
「つか俺、全然知識ないんだけど……さ、最後って……ど、どこ基準の最後?」
男同士に関してはこれまで経験どころか興味すら無かったので漠然としたイメージしか無い。
「挿入はしてなくて、手とか口止まりってこと。君にとってフォローになるのかどうかはわからないけど。あ……あと、足の間とか」
綺麗な顔で淡々と説明する遠山。
「ソウニュウ……?アシノアイダ……?」
「……本当に経験なかったんだなあ。意外」
全然ピンと来てない俺に、遠山が少し驚いたように言った。
「あ、当たり前だろっ。で、でも、朝起きたら18禁系の風紀乱しまくりなパーティでもあったのかってくらいアレが……とにかく凄惨な現場だったんだけど……」
「うん。全部で何回だったか忘れたけど、二人分だからね……」
言い方……。
「僕は変態の上に人より性欲が強いみたいで……その僕に最後までつき合える人がいたことにまず驚いた」
「嘘だ!俺、自慢じゃないけど元カノにだって淡白って言われたんだぞ。そんなはず……」
相手が痴女ならまだしも。
「嘘でしょう、あんなに情熱的だったのに。恒星も実は、こっち側なんじゃないの?」
遠山が心外そうに、でも嬉しそうに顔を輝かせた。
「そんなわけあるかああ!」
俺の知らない俺がまたしてもここに……
「なんてね。きっと恒星は人並み外れてつき合いがいいだけだよ」
「つき合いいいだけで普通はあそこまでやらかさないだろうが」
泥酔した時にやたら気が大きくてサービス精神全開になり、予想のつかない方向に羽目を外してしまう癖があるのは自分でもわかっていた。
ここ数年は自制しているものの、当時の元悪友及び後輩の間ではその手の武勇伝はもはや伝説的ネタとなっているくらいなので、自分にその記憶が無くてもそこは納得できる。
それでもかろうじて18禁系の事案だけはなかったのにーー自慢にも何にもならないがーーしかもよりによっていきなり斜め上の、未知の方角に……もう、これ以上は思い出さない方がいいような気さえする。
俺は頭を抱えたが、遠山は残念そうに言った。
「本当に覚えてないの?だってあんなに素敵な……」「やめろ」
「僕も多少は酔ってたし、夢中だったから流石に曖昧なとこもあるけど……どんな行為をどこで何回したかも説明したほうがいい?」
「要らん。つか、忘れたとか言って数えてんじゃねえよ。あんたって変態なだけじゃなく理系バカなんだな」
我ながらそこに感心してる場合じゃないとは思うが。
「だって……僕は忘れたくなかったから……」
遠山はまた気恥ずかしそうに顔を赤らめて顔を伏せてしまった。
「はあっ?俺がせっかく忘れてんだから、あんたも忘れとけよ。事故だろ事故、あんなもん」
「そういう言い方されるのは……」
あれ?怒ってる?
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