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恒星:ようこそ玄英の部屋へ 7

「……そうだ。ロープはどうしたわけ?まさかホテルの備品とは思えないし、ああいうのいつも持ち歩いてるの?」 「いや、昨日はたまたま必要があって、繊維の試作品のサンプルを持ち歩いてたんだ。それを繋いでもらって……」 「公私混同しまくりじゃね?社長さんよ」 「申し訳ありません……」    遠山はまた敬語に戻ってしまった。こうなるとまた、話が進みづらくなる。俺はあからさまに舌打ちをした。 「手錠もあったけど」 「手錠の方は何というか、お守り代わりに持ち歩いていたもので……」 「……また、さらっとへヴィな話ぶっ込んでくるよね。お守りって何?スーツの下を縛ったまんまで出社してたようなもん?」 「……そうかもしれません」  彼の蚊の鳴くような答えが聞こえた。  うん。Sとかご主人様って言うよりこれじゃただのいじめだよな。自分でもそう思う。大人げないからやめようと思うのに、指先まで朱に染まって小刻みに震えるこの人を見ていると興奮してしまってやめられない。 「じゃ、俺、帰ります。コーヒーご馳走様でした」  俺が立ち上がると、遠山は思い切り心外そうな顔で聞き返してきた。 「帰る?どうして?まだ僕達、何も大事なこと話してない!」 「えっ……?話すって何を?」  俺も意外で、質問に質問を返してしまった。 「僕達のこれからについてです」  遠山が真っ直ぐ俺を見てきっぱりとそう言い切った。挙動不審でさえなければ惚れてしまいそうなくらい男前な表情だ。 「これからって……?だって、だいたいの事情は飲み込めたし、もちろん遠山さんの事情を誰かに口外する気もない。仕事関係では多少は気まずいかもしれないけど、あんたと俺じゃ取引先社長と一介の実務者だから、元々それほど接点があるわけじゃないし。製品発売にこぎつければ窓口だってうちの課から事業部に移……」  話しながらなぜか寂しいような気分になった。 「そういうことを言ってるんじゃありません!」  え?また怒ってる?なんで?  遠山はソファから立ち上がると俺のすぐ前に来て床に片膝をついて俺の手を取ったーー女子ならおそらく、これだけで即落ちモノだ。 「色々順番がおかしかったけど……僕は君を愛している。恒星、僕のご主人様になってください」  ……はいっ? 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って」  長身を折り曲げて俺の両手にキスした遠山にすっかりビビって、ソファに倒れ込んだ。 「あ、あ、愛してるとか、冗談だろ?」 「愛してなきゃあんなことしないよ!一体何だと思ってたの?」  終始低姿勢だった遠山がキレかけている…… 「ご、ごめん……つか、ご主人様とか無理だし!そう言ってるだろ!」 「その無理なことをお願いしたいんですーーじゃあ、ジャパニーズスタイルで」  遠山はそう言って今度は両膝をつくと、長身を折り曲げて床に額をつけた。 「や、やめろよ。男がそんな簡単に土下座するもんじゃないって。昭和のドブ板選挙じゃあるまいし……」  いや、俺だってそんなの知らないけどさ。 「とにかくどこ国スタイルでも無理なもんは無理!」  腕を掴んで引き起こそうとしたのだがこの人、びくともしない。 「遠山さんさぁ、プライドとかハイスペセレブの自覚とかノブレスうんちゃらとか……そういうの無いわけ?それだけの見た目で仕事もできるし金だってあるし、何も俺でなくても……」 「恒星がいいんです。いえ、恒星じゃないと駄目なんです。今日再会して確信しました。恒星にも僕を選んで欲しい」  遠山が顔を上げて俺の目を真っ直ぐ見た。 「待て、待て、ちょっと待て」  急展開過ぎて情報が処理できない。俺は遠山と膝を付き合わせてへたり込んだ。 「それってつまり俺に、遠山さんの愛人になれってこと?」 「愛人じゃありません。ご主人様です」  遠山は腹ただしいくらい無邪気に笑った。 「いや、どっちも無理だし」 「このまま僕の身体だけ弄んで捨てるんですか?」 「ーー言い方っ!」  にしてもこの人、Mのくせにこっちのウィークポイント突いてグイグイくるなぁ……さすが未踏の日本市場に五年で食い込んだ若き敏腕経営者だけのことはある、と変なところで感心する。

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