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恒星:ようこそ玄英の部屋へ 8

「だいたいあんた、昨日の今日で俺のことなんてよく知らないでしょう」 「僕、人を見る目はあるんですよ。恒星みたいに人間が真っ直ぐで立ち居振る舞いが小気味いい人は他にいません。ちょっと世渡りが不器用でものすごく優しいところも……」 ……可愛い。ちくしょう。キュンとなってしまったじゃねえか。この人の顔した女子にコレ言われたら、どんなに舞い上がったか。 「いや、俺、あんたが考えてるような人間じゃないと思うけど……その優しくて不器用な人に『ご主人様やれ』ってどうなの?無茶ぶり過ぎね?」 「ああ……それもそうですね」  こうなったら論破で断るしかない。が、遠山はちょっと考えてこう答えた。 「女王様でもいいですよ?」 「余計無理だわボケ!」  漫才かよ。 「恒星、十分素質はあると思うんだけど。体の相性だってきっといいんじゃないかな」 「言うんじゃねえっ」  俺は慌てて奴の口を塞いだ。指をくすぐるように彼の唇がもごもごと言葉を発した。 「ご主人様が無理ならこうして時々会いに来てくれるだけでもいいんだ……できればさっきみたいに触れられたら嬉しいけど、あなたはこんな僕のことを軽蔑しただろうし」 「軽蔑なんてそんな……するはずないじゃないですか」  俺は彼から手を離してうなだれた。 「俺は遠山さんとは同じ気持ちにはなれない。いや、人としては好きだし変態な部分以外は尊敬もしてるけど……そもそも、俺は元々、女の子が好きだし」 「今は彼女いないんでしょう?なら構いません」 「いや、構うでしょう。自分で言うのもなんだけど、俺って結構ほだされやすいし、このままあんたとズルズルああいうことをしてしまいそうだし……」 「えっ?してもいいの?」 「喜ぶな!最後まで話聞け!もし好きな女の子ができたら俺、きっとそっちに行ってしまいますよ?そしたら傷つくのはあなた自身で……」  動かしていた手をいきなり掴まれてはっとなった。俺は話しながら、叱られた大型犬みたいな表情の遠山さんの髪や頬を撫で回していたのだった。 「でも、僕に対して欲求は感じるんですよね?」 「ーー言い方!」 「僕はそこまで弱い人間じゃありませんよ」 「……」  その時の遠山の目はどう見ても捕食者のそれだった。俺が女子だったらこのまま押し倒されて抱かれたかったくらいの。って……え、あれ……? 「恒星。玉子を割らなきゃ、オムレツは作れないよ」 「それ、……ことわざ?」 「ええ。日本では何て言うんだっけ」 「ええっと……」  彼の綺麗な顔が近づいて、唇と舌を絡めてきたのでそれ以上答えられなかった。  短気だけど竹を割ったような性格で、裏も表もなくて、歴代の元カノ含めた女の子には「いい人ね」で終わらされがちの非モテ系だけど、いたって陽キャのノーマル。  これまでそんな自己認識とセルフキャッチフレーズを背負って生きてきた。30手前にして今さら、自分でも知らない自分への扉なんてわざわざ開けたくはない。  でも、世の中にはそれを蹴破って飛び込んで来る大馬鹿野郎がいるーーそんな事をこの歳で知ってしまった。広い地球上で数限りなく起こる偶然の中、よりによってそいつと出会ってしまった。  それもある種の運命なのかもしれない。  渡世ってままならないよな。

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