30 / 85

恒星:ホムパと玄英と愉快な仲間たち 2

 一度奴の「城」が見てみたくてD's Theoryにわざわざ行ってみたことがあるーー俺の業務内容上、直接訪れる必要はないから本当に「わざわざ」だ。 「近くに来たから(はぁと)」なんて恋人ヅラして乗り込む度胸も趣味もないから本当に外観を「見て」帰っただけだけども。  郊外の緑の多い住宅地にある現代アートの個人美術館風の社屋はーー後で聞いたら元は個人の趣味満載の一般住宅だった建物を改築したんだそうだーーうちの会社の典型的な平成建立のビル社屋とも日本人の抱く平均的な「会社」のイメージともまるで違っていた。  中で働く社員達もまた然り。多国籍の少数精鋭エリート集団の彼ら&彼女らは肌や髪の色もカジュアルファッションの傾向もばらばら、ピアスもドレッドも上等!って感じの、ラボの研究員もアルバイトも、ついでにパートナーやら家族やらひっくるめた総勢二十人ちょい。社長の家を訪問するためにスーツを着ている人なんか一人もいない。  一人一人に紹介され、歓迎されたのは光栄だが、社用語が英語だなんて聞いていない(汗)  玄英に通訳してもらえばいいのだが、公私の別なくひっついてるのもしゃくだし、奴は奴で忙しい。  バーカウンターに立ち、単館アート系洋画の登場人物よろしく個性豊かな部下達とオサレで知的な会話(めっちゃバイアスかかってるけど多分そう)を楽しみながら、カクテルを絶賛提供中。  取引先(俺の会社)でも全方向に人を魅了しまくりな人気者の玄英だが、いわんやホームをや……って感じ。誰もが彼と会話したがって引っ張りだこだ。  カジュアルな白シャツ姿ながら、プロはだしの手つきでシェイカーを振る玄英は凄まじく男前で圧倒的に絵になる。こんな内装の店に行って、こんな店員に出会ったら俺も惚れる。 「皆、玄英のパートナーを紹介してもらえると聞いて、楽しみにしてたんですよ」  玄英が俺のためにノンアルのカクテルを作ってくれる間、数少ない日本人社員の一人、古賀さんが嬉しそうにそう言った。この人が通訳を買って出てくれたのと、その気になればブロークンな日本語とカタカナ英単語の羅列(あとは根性)でどうにか意思疎通できるお陰で、俺はかろうじて壁の花にならずに済んでいる。 「ん?パートナー……?」 「彼、仕事では別人なんだ。めちゃくちゃ厳しくてワーカホリックなんだよ。恋してるような気配なんてまるでなかったから、打ち明けられた時はちょっとびっくりはしたけど」  玄英がせっかく作ってくれたカクテルを危うく噴き出しそうになった。 ーー俺がひた隠しにしている間にそっちはとっくにカミングアウト済みかよっ!職場、オープン過ぎんだろっ! 「恒星、カッコいいでしょう」  呑気にノロケてんな、馬鹿。 「あああ、あの、古賀さんすみません、ここ以外ではどうか内密に……特に俺の会社には」 「わかってます。うちの社員は同性婚も事実婚も普通にいるけど、日本の企業ではまだ色々難しそうですもんね」  上司のプライベートなんて俺なら「へえー」くらいの感覚だけど……こういうのも文化の違いってやつなんだろうか。  業界にもうすぐ革命を起こす新素材を世に出した、少数精鋭のスーパーエリート集団なんてどんな自我の強い人達だろうと思っていたが、思った以上にアットホームな職場みたいだ。玄英が良いリーダーである証拠だろう。  それにしても俺の場違い感よ……初対面で余所者の俺にとてもフレンドリーなのは嬉しいが、サービスのつもりで披露してくれるジョークの笑いどころがわからない。周りに合わせてつられ笑いするしかない。  せめて学生時代に英語もうちょっと頑張っておけばよかった。  どうしてこんな「平凡」とか「十人並み」の代名詞みたいな中肉中背の……美青年でも可愛い系でもない、啖呵切りだけが取り柄の元ヤン寄りの地黒のアラサー現地人がうちのボスのパートナーなんだろうなんて、みんな思ってないかな。むしろこっちが聞きたいわ。  ホスト(ホステス?)役の仕事は玄英に比べたら楽だ。テーブルはおなじみのチキンから初めて見るエスニック風の料理まで、こちらも多国籍級のにぎやかさだ。

ともだちにシェアしよう!